第2話【ルゥネのパンチは魔王印】2
「……んん」
ルゥネの魔王印のパンチをモロに食らい、気を失っていたハルトは、空がオレンジ色に染まる頃、ベッドの上で目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
ベッドの隣に置いていた椅子に座っていたミーレイ。
ハルトが気絶から目を覚ましたことに気付くと、優しく微笑みながらそう聞いてきた。
「ああ、うん。ちょっとダメージが残ってる気がするけど、平気だよ」
そう言って、ルゥネ渾身の”魔王の一撃”を食らった脇腹を摩るハルト。
(痛みがほとんど残ってないってことは、気を失っている間に、ミーレイがヒールをかけてくれたんだろうな)
かつて魔王討伐の旅に出ていたときに、何度も助けられたミーレイの回復魔法。
流石は聖女なだけあって、その効果は抜群だった。
「まだ痛むようでしたら、ヒールをかけ直しますけど、どうします?」
口角を緩ませながら前のめりになり、そう聞いてくるミーレイ。
心なしか、息遣いが荒くなっていた。
――ハルトは知っている。
(ミーレイって見た目とか話し方は聖女って感じで、一見、欠点なんてなさそうだけど……ヒールジャンキーなんだよなぁ)
ミルミナード聖国の聖女――ミルミナード・ミーレイ。
彼女は、ヒールすることに快楽を覚えるという、ちょっと――いや、かなり変わった癖を裏の顔に秘めている人物だった。
「いや、大丈夫。本当にもう大丈夫。それより……ルゥネは?」
面倒な流れになる前に話題を変えるハルト。
普段なら四六時中、ハルトかミーレイの傍にいるルゥネ。
しかし、今はその姿はどこにもなくて……。
ハルトはキョロキョロと部屋を見渡す。
すると――
「ルゥネちゃんは……反省中です」
そう言って、困ったような表情を浮かべるミーレイ。
ハルトはその表情と、反省中という言葉から、ルゥネがどこで何をしているのか……それをなんとなく察した。
「もしかして、物置?」
「はい。物置の奥に引きこもっちゃってます」
「そっか。原因は――」
ハルトは自分の脇腹に視線を落とす。
ミーレイは頷いた。
「焚きつけた私が言うのもなんですが、まさか”魔王の一撃”を発動させるとは思いませんでした……」
反省しているのだろう。
その表情には少しばかりの影が差していた。
「”魔王の一撃”……ね」
――【魔王の一撃】。
それは、魔王の血を引く者だけが使える強力なスキルである。
歯向かうもの全てを破壊する絶対の一撃であり、ハルトやミーレイと戦った魔王が”最後の切り札”として使った技だった。
……まさか魔王も思うまい。
劣勢の場面、『これを受けて、立っていた者はこれまで一人としていない……』なんて意味深に言っていた技を、自分の娘が、野菜を食べないことを注意するためだけに発動させたなんて――
(俺なら恥ずかしくて死にたくなる……)
つい、魔王に同情してしまうハルト。
(魔王、強かったんだけどなぁ)
鮮明に記憶に残っている魔王との壮絶な戦い。
それはまさしく、勇者と魔王の戦いだった。
だからこそ、そのギャップが――”魔王の一撃”を放つときに魔王が浮かべていた不敵な笑みがチラつく度に……顔を覆いたくなるほどの恥ずかしさがハルトを襲った。
「ルゥネちゃん、いくら魔王の娘だからって……あんなに小さいのに、”魔王の一撃”を覚えていたなんて……」
真剣な表情でそう言うミーレイ。
ミーレイはハルトと共に魔王を討伐した英雄の一人である。
彼女は”魔王の一撃”がどんな技なのかを知っている。
その圧倒的な威力も、それを向けられたときに感じた恐怖も――彼女は知っている。
知ってるからこそ、ミーレイは真剣な表情を浮かべるのだ。
しかし――
「そ、そうだな。子供のルゥネが……魔王のき……切り札を……なんか意味深なことを言いながら使った……スキルを……」
震える声。
もう限界だった。
真剣であればあるほど――そのギャップにやられてしまう。
ハルトの記憶に確かに残っている、人類を恐怖に陥れた魔王の姿。
それが、”勇者が野菜を食べないことに怒った娘に、簡単に切り札を使われた男”というふうに上書きされると、
「ブフッ……!」
吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、ハルトは顔を伏せた。
そして、それからしばらくして、笑いの波が落ち着くと、ハルトはベッドからゆっくり立ち上がる。
「よし……ルゥネを迎えに行くか」
軽く伸びをして、身体の痛みがすでに癒えていることを確かめたハルトは、ミーレイと目を合わせる。
すると、
「そうですね。もうそろそろ夕食の時間ですし」
彼女は優しく微笑みながら頷いた。
魔王の切り札である”魔王の一撃”をハルトに放ってしまったルゥネ。
彼女は今も物置の奥で膝を抱えて、自分のやったことを後悔し、反省しているのだろう。
ハルトとミーレイは、家の隣にある物置へと足を向けると、一人孤独にしょんぼりしているであろうルゥネを迎えに行くのだった。
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