「滅!」だよ!

西藤りょう

第1話【ルゥネのパンチは魔王印】1


 飯島遥斗いいじまはると――この世界では、ハルトフォードと名乗っている彼は、日本から異世界に召喚された勇者である。


 18歳で異世界に転移し、そこから4年。

 壮絶な戦いが続いた旅の末に魔王討伐という偉業を成し遂げたハルトは、人類の救世主となった。


 そして現在――


 彼は数年前、旅の途中で立ち寄った、”アルディネア王国”と”魔族領”の間にある小さな村――”リューゼット村”にて、その余生を送っていた。


「おっちゃん、先月に比べて野菜……値上りしてないか?」


「ここはアルディネアの中でも特に辺境に位置してる村だからな。物があんまり入ってこねーんだよ」


「そっか。それにしたって高過ぎるような気がするけど……まぁ、仕方ないか」


 ハルトは腰にぶら下げていた袋から数枚の銅貨を手渡すと、根野菜と葉野菜を受け取る。

 勇者×野菜。

 なんともアンバランスな光景である。


「俺、畑とか興味あるんだけど、素人でもできるかな?」


「若造が。あんま農業舐めんなよ。そんなホイホイできたら、農家は苦労してないっての」


「そうだよなぁ……俺の家、畑を作れるくらいのスペースはあるんだけど、雑草だらけで持て余しててさ」


「はんっ! この村はそんな家ばっかだよ。それを言うなら、俺の家の庭は豪邸が作れるくらいスペースがあり余ってるわ」


 おっちゃんは大きな笑い声をあげ、そう言うと、のどかな風景が広がるリューゼット村を見渡した。

 

「……お前さんがこの村に来て、二ヶ月は経ったか?」


「うん。大体それくらいは経ったと思うけど」


「そうかい。この村に住んでると時間の感覚がなくなるからいけねーや」


「それは同感。俺も……この村に来てから、一日の感覚がこれまでと全然違ってて――」


 この世界に召喚されて四年。

 長らく戦いの日々を過ごしていた魔王討伐の英雄――ハルトフォード。

 ハルトはおっちゃんに続くように、その風景に目を向けた。


(ようやく手にした平和だ。これからは……穏やかでのんびりとした時間を過ごすんだ……)


 ハルトはそんなことを心の中で思うと、


「この村、いいな」


 小さく独り言を吐くように呟いた。


「だろ? 数年前に越してきた、よそ者が言うのもなんだけどよ――」


 ニカっとした笑みを浮かべるおっちゃん。

 ハルトを見つめると、こう言葉を続けるのだった。


「ようこそ、リューゼット村へ」


 ――と。



 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「ただいま~」


 リューゼット村の中心地から、少し外れた場所にある小さな家。

 野菜を抱えたハルトはそう言いながらドアを開けると、二つの顔がこちらを見る。


「おかえりなさい」


 そう言って優しげな微笑みを浮かべ、ハルトを迎えたのは――ミルミナード・ミーレイ。


 ミーレイはハルトと共に魔王討伐の旅に出た英雄の一人であり、エルフの国――ミルミナード聖国の”聖女”である。

 エルフの国出身ということで、種族は当然エルフ。


 人間ではまず見ない銀の髪に長い耳。

 全体的に細身でありながら、出るところは出ているという理想的なプロポーション。

 整った顔立ちも相まって、彼女は民衆から絶大な人気を誇っていた。

 支援と回復を中心とした魔法を自在に操るその姿は、まさに“聖女”の名にふさわしい存在だった。


「ハルト帰ってきた!」


 そしてもう一人。

 ハルトがドアを開けるやいやな、足にギュッと抱きついてくる小さな女の子――ルゥネ・ヴァルト・ラグネリア。


 魔族の特徴である、長く伸びた黒髪と漆黒の瞳を持つ彼女の外見は、日本人であるハルトと見た目がよく似ており、一見すると、二人はまるで親子のようにも見えるが、ルゥネはハルトの娘ではない。

 

 ルゥネの正体――それは、ハルトやミーレイが討伐した”魔王の娘”だった。


「ハルト、なに買ってきたの!?」


 ワクワクを隠すことなく、そう聞いてくるルゥネ。

 ハルトは野菜をキッチンに置くと、ルゥネを抱っこして、手作りのソファーに腰を下ろす。


「今日の夜ご飯だよ」


「ふぅーん。今日食べるご飯はなぁに?」


 首を傾げて、ハルトの顔を上目遣いで見上げるルゥネ。

 

「魔物肉と野菜を煮込んだシチューだよ」 


 ルゥネの頭を撫でながら、笑みを作るハルト。

 こうして見ると、ハルトとルゥネは親子そのものだが……。

 

 異世界から召喚された勇者――ハルトフォード。

 人類の敵だった魔王の娘――ルゥネ。


 その立場は敵同士と言っても過言ではない。

 しかし――


「たべる! お肉たべる!」


「そっか、そっか。それじゃあ、ミーレイにご飯を作ってもらおうか」


「うん! 作ってもらう!」


 なんとも穏やかで平和的な空気がその場に広がっていた。



「野菜もちゃんと食べるんだぞ?」


「……お野菜、!」


 プイっと顔を背けるルゥネ。

 

「そんなこと言ってると、大きくなれないぞ?」


「なるもん! ルゥネ、ハルトとかミーレイみたいに大きくなるもん!」


「じゃあ、野菜食べないとな」


「……!」


 ハルトは困ったような表情を浮かべると、チラリとミーレイに目を向ける。

 すると――


「ルゥネちゃんにそう言うわりに――ハルトさんもお野菜、残しがちですよね~」


 声色こそ優しいが、どこか責めるような言い方をするミーレイ。

 ハルトは目をスっと逸らした。


「ハルトも、お野菜残すの?」


 そう言って、ジっと見つめてくるルゥネ。

 

(し、視線が……痛い)


 共に旅をした仲間であるミーレイ。

 そして、幼い子供であるルゥネ。

 二人からの視線がハルトに刺さる。


 気まずいなんてものじゃなかった。


「……俺はもう大人だからな。でも、ルゥネはまだ子供だから、肉だけじゃなくて、野菜も食べないとダメだぞ」


「ハルトはよくて、ルゥネは”ダメめっ”?」


 ルゥネはミーレイを見る。

 するとミーレイは、


「そんなことないですよ。お野菜はみんな食べないとダメです」


 優しげな笑みをルゥネに向けた。

 

「ルゥネもお野菜、食べないといけない?」


 ルゥネのどこか悲しそうな表情。

 ミーレイは変わらず、その顔に笑みを浮かべると、


「そうですね。ルゥネちゃんも、ハルトさんも、もちろん私も。お野菜を食べないと、元気が出ませんから。――ね、ハルトさん?」


 声色、纏うオーラ、そして、その視線。

 そのすべてに圧があった。

 ハルトはそんな圧に負けると、頷いて見せる。

 

「あ、ああ。そうだな。野菜は……大事だ」


 異世界から召喚された強力な力を持つ勇者の敗北宣言。

 ミルミナード聖国の聖女は伊達ではなかった。


「そうですよ~。お野菜を残すと”悪い子”になっちゃいますからね」


 ハルトの言葉を聞いたミーレイは、満足そうな表情を浮かべた。


 そんな中、”悪い子”というワードを聞いたルゥネ。

 つい先ほどまで、野菜を拒絶していたところから一転、

 

「――ルゥネ、”悪い子”になりたくない!!!」


 そう、焦ったような声を出す。

 ミーレイはルゥネに視線を合わせるように屈むと、安心させるように、その頭を撫でた。


「大丈夫ですよ。お野菜をちゃんと食べる子は”悪い子”にはなりませんから」


「……本当?」


「本当ですよ~。ね? ハルトさん?」


「そ、そうだな」


 ミーレイの圧に負けたハルトは、言葉に詰まりながらも、同意を頷きという形で見せる。

 しかし、その煮え切らない態度がダメだったのだろう。

 

「……ルゥネちゃん。ハルトさんは野菜を残す”悪い子”みたいです」


 ボソっと告げ口するようにミーレイは小声で呟く。

 ハルトの野菜嫌いは、日本にいた頃からの続いており、魔王討伐の旅の最中も、そして今も――ミーレイは、野菜を一切取らないハルトにうんざりしていた。


「お野菜たべないのは”ダメめっ”? 食べないと、ハルトも”悪い子”になっちゃう?」


 どこか心配するような表情を浮かべるルゥネ。

 直後、魔王討伐の旅で培ったハルトの危機察知能力が、全力で逃げろと警告してきた。


「ルゥネ!? 俺、ちゃんと野菜食べるから――」


 そんなハルトの声も虚しく……ルゥネの右手に禍々しい紫の光が灯る。

 次の瞬間――


「ハルト、悪い子になっちゃ”ダメめっ”! お野菜残すの――めっ!」


 スキル――【魔王の一撃】が発動。

 その右手が、ハルトの脇腹を正確に捉えると、その体は派手にぶっ飛んだ。


「ぐはっ!」


 ゴロゴロと床を転がり、壁に体を叩きつけられるハルト。


 魔王の娘であるルゥネ。

 彼女のパンチは、まさに”魔王印”。

 その一撃は、【魔王の一撃】というスキルの名にふさわしい破壊力だった。

 


 ――これは、異世界から召喚された勇者と、エルフの聖女、そして魔王の娘。

 そんな三人による疑似家族が、辺境の村でスローライフを送る……そんな物語である。

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