第13話 プロトコル・オメガ


『……処理します』


 冷たく響き渡ったマザーの殺意の宣告。


 それと同時に、サーバー室は紅蓮の地獄へと変貌した。

 赤く染まったガーディアンの単眼レンズから、無数のレーザーが、まるで赤い豪雨のように降り注ぐ。

 サーバーラックが穿うがたれ、ケーブルが焼き切られ、火花と黒煙が部屋中に充満した。


せろォォッ!」


 鬼塚の怒声が、パニックに陥っていた生徒たちの鼓膜を叩いた。

 零士たちは、反射的に巨大なサーバーラックの影へと身を隠す。 レーザーがすぐ側を通り過ぎ、壁に黒い焦げ跡を残した。

 遅れていれば、身体に風穴が開いていたところだ。


「ぐわっ!」


 短い悲鳴……蛇沼の手下の一人が、逃げ遅れてレーザーの直撃を足に受け床に倒れ込んだ。


「たっ、助けて……蛇沼さ……」


 助けを求める彼の目の前で、ガーディアンは容赦なく二射目を放つ。彼の言葉は、そこで途切れた。


「ひぃ……!」


 仲間が目の前で「処理」される光景を目の当たりにし、蛇沼は恐怖に顔を引きつらせた。

 マザーは、もはや自分たちの味方ではない。

 等しく排除すべき「不良サンプル」としか見ていない。 その事実が、蛇沼の歪んだ自尊心を粉々に打ち砕いた。


「蛇沼! このままじゃ全員ここで丸焼きだぞ! てめえらも戦え!」


 零士が、ラックの影から叫んだ。


「……ちくしょうが……! ちくしょうがァッ!」


 蛇沼は、プライドも支配者の威厳もかなぐり捨て、ただ生き残りたいという本能のままに近くに落ちていた鉄の板を拾い上げた。


「やるしかねえんだよ! やらないと殺されるぞ!」


 これまで敵対していた者同士が、共通の「死」を前にいびつな共闘関係を結んだ瞬間だった。


 鬼塚が咆哮を上げて飛び出し、ガーディアンの一体に鉄パイプを叩きつける。


 終里は、壁の消火装置を作動させ濃密なガスを噴射させて敵の視界を眩ませた。


 蛇沼と生き残った彼の手下も瓦礫を投げつけるなどして、必死にガーディアンの注意を引こうとしている。


 だが、敵の数は多すぎた。


 次々と天井から降下してくるガーディアンを前に、彼らの抵抗は嵐の前のちりに等しかった。


「怜! 何かないのか!」

 零士は、コンソールに向かう怜の背中に叫んだ。


「探しているわ! でも、このプロトコル・オメガは、システムの全てをロックしている……!」

 怜の指が、焦りからか僅かに震えている。


 その時、零士は気づいた。 怜が見ているメインモニターとは別の隅にあるサブモニター。

 そこに、あのセーラー服の少女の映像がノイズ混じりに、しかしはっきりと映し出されている。


「怜! あのモニターだ! あいつ、何か伝えようとしてる!」


 零士の言葉に、怜はすぐさま視線を移した。

 少女は、何も語らない。 だが、彼女の映像の背景に断片的に、いくつかの情報が映り込んでは消えていく。

 それは、特定のコマンドプロンプトの画面、サーバー室の設計図の一部分、そして、『緊急時物理アクセス』と書かれた古いマニュアルの表紙。


「……これは、正規の記録データじゃない。システム深層部にゴーストのように残留した誰かの『遺志』……!」


 怜は、少女が示す断片的な情報をパズルのピースを組み合わせるように、猛烈な速度で解読していく。


「見つけた……! 緊急時の物理ダクト開放コマンド……!」


「……させるかよ!」


 怜がコマンドを見つけ出したのと、蛇沼の手下たちが次々とレーザーに倒されたのは、ほぼ同時だった。


 生き残ったのは、零士、怜、鬼塚、終里、そして、恐怖で腰を抜かした蛇沼だけ。


 追い詰められた鬼塚の前に、三体のガーディアンが迫る。


「行けェェェッ!」


 鬼塚は、破壊されたサーバーラックの分厚い扉を盾のように構え、ガーディアンの前に仁王立ちになった。


「お前らがやらなきゃ、全員ここで終わりなんだよ!」


 彼の巨躯が、仲間を守るための最後の壁となっていた。

 怜が祈るように、最後のコマンドを打ち込み、エンターキーを叩きつけた。

 直後、サーバー室全体に低い駆動音が響き渡る。


『緊急排熱ダクト、手動ロック解除を確認』


 マザーのものではない、無機質なシステム音声。

 部屋の隅の床が、大きな音を立ててスライドし、下へと続く漆黒の縦穴が現れた。

 ゴミ処理用のダストシュートか、あるいは、もっと別の……。


「行け! 早く飛び込め! 」


 鬼塚が叫ぶ。 彼の構える盾は、度重なるレーザー攻撃で赤く熱せられ溶け落ちかけていた。


 終里が怜の腕を掴んで、ためらいなくダクトへと飛び込む。


 零士も続こうとして、鬼塚の方を振り返った。

 その足元には、恐怖で完全に動けなくなった蛇沼が赤ん坊のようにへたり込んでいる。


「鬼塚! お前も早く!」


 鬼塚は、集中攻撃を受け満身創痍だった。

 だが、その口元には不思議と穏やかな不敵な笑みが浮かんでいた。


「先に行け零士。ここは俺が引き受けた」


 鬼塚は熱で溶け落ちた盾を投げ捨てると、両腕を大きく広げた。


「……ったく、王様ってのも楽じゃねえな」


 それが、零死が聞いた鬼塚蛮の最後の言葉だった。


 次の瞬間、鬼塚は残された最後の力を振り絞り、目の前の三体のガーディアンに真正面から組み付いた。


「俺と一緒に地獄に付き合えや……鉄クズどもがァァッ!!」


 鬼塚は、ガーディアンのエネルギーコアを、その素手で無理やり引きちぎる。

 直後、凄まじい閃光と轟音が、サーバー室を包み込んだ。


「鬼塚ァァァッ!!」


 零士は叫んだ。 だが、その身体は凄まじい爆風に煽られ、なすすべもなく暗いダクトの中へと吹き飛ばされていった。


 落下していく。


 意識が、急速に遠のいていく。


 脳裏に仲間を守るために笑った鬼塚の最後の顔と、全てを見届けたかのように静かに微笑んで消えていった、モニターの中の少女の顔が、ゆっくりと交錯した。


 闇の中へ……ただ、ひたすらに。


 零士の意識は、そこで完全に途切れた……


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