お好み焼き屋にて(令和7年6月)
平日、18時半過ぎ。
古びたお好み焼き屋の座卓に私は座っている。
中央に鉄板を備えた木製の座卓は本日の天気のせいか、長年の油が蓄積した結果か、なんとも言えないべたつきをしている。
私の向かいには高校からの付き合いのKがふとましい腹をたたえて座っている。
いつの間にか知り合ってから10年を優に超える時が過ぎたと気付き、正確な年数を数えようとしてその残酷さに思考を中断した。
あの頃の彼はすらっとした高身長で、よもや将来自分の腹が臨月と揶揄されるほど立派に育つとは考えていなかっただろう。
と、自分の体型を限界まで棚に上げて考える。
時の流れとはなんとも残酷だ。
両面印刷したA4用紙をそのままラミネートしただけの簡素なメニュー表をKが手に取る。
「値上がりしてる。」
今までに数え切れないほど来店したこの店において、メニューの内容を今更確認したりはしない。
「時代だなぁ。」
高校の頃から私たちの空腹を満たしてきたこの店は、値上がりしてもしかしまだ安い。
「焼きそば食う?」
「そうね。 あとはミックスの大盛りかなぁ。」
ほぼ悩むことなく注文が決まり、Kが店員を呼ぶ。
学生アルバイトだろう若い店員さんが古びた店内にあってまぶしすぎる笑顔で注文を取りに来る。
「焼きそばの大盛りを一つと、ミックスの大盛りを二つ。」
「焼きそば大盛り一つと、ミックス大盛り二つですね。」
注文の復唱を聞きながら、そういえばこの店はなぜだか学生アルバイトがいつもいるなんてどうでもいいことを考えていた。
店の規模感から言えば、学生アルバイトよりもベテランのパートさんが居そうなものだが、そんな記憶はない。
きっと、先輩が後輩を紹介するような伝統が脈々と受け継がれているのだろう。
注文を待つ間、気の置けない沈黙が流れる。
ふと、スマホから顔を上げると窓の外に天使のはしごが架かっていた。
「晴れてるぞ。」
とは、店に入るときに急に強くなった雨を受けての言葉。
「マジか、おまえのせいだな。」
「いや、お前だろ。」
とは、Kが雨男だという文脈を受けてのやり取り。
付き合いが長くなるといくつもの文脈が会話を省略させる。
第一、前日に私の送ったメッセージからして「明日、夜、ボドゲ、Y宅、晩飯も」なのだ。
その返信がこの店の名前で、あとは迎えの時間だけ。
なんて気安いのだろう。
そうこうしている内に大盛りの焼きそばが鉄板の上に運ばれてくる。
特に示し合わせるわけでもなく、遠慮するわけでもなく、自分の皿にそれぞれが取って食べ始める。
少し薄味な、食べ慣れた味。
焼きそばが半分ほど減った頃に大盛りのお好み焼きが二つ、鉄板に並ぶ。
イカと豚肉だけがトッピングされたシンプルなお好み焼きだが、なによりソースが美味い。
「結局ミックスなんだよな。」
私は円形のお好み焼きを十字に四等分する。
「ベーコンチーズもまぁ美味いけどな。」
Kは円の縁をトリミングするようにして四角いお好み焼きを形成しそれをさらにサイコロ状に切り分けて食べていく。
それぞれの食べ方もこの10年変わっていない。
「モチとか昔は食べてたけど、もう重いんだよなぁ。」
ぼちぼちとそんな話をしながら食べ進める。
常は食べるのが私より早いKだが、熱いものに関しては体温調節の観点からかなりゆっくりと進む。
早々に食べ終えた私は、次第に暮れゆく街並みをぼんやりと眺める。
あの頃と変わらないようで、確かに変わっていく景色。
地元で生き続けることを選んだ夕景は、まぁ悪くないものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます