第12幕 抱え続ける思いの話
「まってたよ」
放課後、
その声に保坂は、びくりと肩を震わせて足を止めると、ゆっくりと振り返る。
「……なに?」
そう
「へぇ、あんたでも落ち込む事あるんだ……」
そう言って、嘲笑するように口角を上げて羽田は笑う。
「……どういう意味?」
その不気味な笑に怯える事も無く、保坂は顔を歪めて聞き返す。
「どうって、ついさっきあんなに酷い事しておいて、平気な顔で授業をうけてたんだろ? そんな図太い性格なのに、そんな暗い顔もできるんだなって思ってさ」
羽田は上げた口角を下ろして、淡々とした口調で保坂を無表情で見つめる。
「……ああ、あの時の男子ね……あの子の知り合い」
合点がいったのか、保坂はやっと羽田の顔を思い出したようで、安堵の表情を見せた。
「ああ、クラスメイトだよ……」
「そうなんだ……あの子の事を好きなの?」
静かに呟く羽田に、今度は保坂の方が馬鹿にしたような笑みを浮かべて質問を口にした。
「いや全くそれは無いね」
その質問に羽田は間髪入れずに、感情の籠らない声で答える。
「ふーん。それなのになんであんなに必死になったの?」
保坂は、あの時の飛び込んで来た羽田の姿を思いだすようかのように、口元に手をやって暫く考えると、不思議そうな顔でそう返した。
「まぁね、流石に僕の役に立ってくれたのに、見殺しは無いかなって思ってさ」
羽田は、余裕そうな保坂を見ながら、自分のスマートフォンを取り出して、音声を再生させた。
『どうしたの? なんで避けるの? あなたがいなくなれば
そのスマートフォンから聞こえて来た声が、自分のものだと気がついたのか、保坂は顔を真っ青に変える。
「なに……どういう事? 盗聴でもしてたの? 趣味悪いわね」
引き攣った顔を必死に抑えるように、震える声で保坂はそう言い返した。
「いや、部屋の前についてすぐに、録音にして中に投げ込んでおいただけだよ」
「盗聴じゃない。 それに、だとしたらあの子がひどい目に合うのを、傍観してたんだ……ひどい人ね」
羽田は、保坂のその物言いにぴくりと眉を動かす。
「そうなんだ……ひどい事してる自覚はあったんだね」
その羽田の言葉に、保坂は眉を顰めた。
「だったらなに? 警察にでも言うの? 私は構わないわよ……警察でも何処にでもそれを出したらいいじゃない」
それでも、怯むことなさそうに答える保坂は、羽田に強気の笑みを浮かべて笑う。
「いや? そんな勿体ないことしないよ……神大先輩に聞いてもらうだけだよ」
そう言われて、保坂はギョッとした顔になって、それまでの余裕を無くしたように必死の形相で羽田のスマートフォンに手を伸ばすが、羽田は簡単にそれを避ける。
「だめだよ、大事な証拠だからね」
キッと羽田を睨みつけて、保坂は唇を噛みしめた。
「脅し? 何が目的なの?」
噛みしめすぎて、唇から血が流れるのも気にすることなく、保坂は羽田の目を見ながらそう言う。
「目的ね……ねぇこの子覚えてる?」
羽田はそう言うと、生徒手帳から一枚の写真を取り出して保坂に見せた。
「……女の子?、だれ?」
保坂は、それをよく見ようと目を細めて見つめると、全くわからないと言った顔で、そう疑問を口にする。
その保坂の態度に、羽田はイラつくように歯を喰いしばる。
「
保坂は、そう言われてちらりと羽田の目を見てから、もう一度写真に目を向けると、暫く考え込んでからやっと思い出したと言った声を上げた。
「ああ、あの泥棒猫ね! それがどうかしたの?」
思い出してスッキリしたのか、笑顔でそう羽田に保坂は問う。
「否定はしないんだね……覚えてる? あんたがどんな事をこの子にしたか?」
羽田の答えに、なんとなく事情を察した保坂は、羽田にニヤニヤとした笑顔を浮かべて馬鹿にした声を出した。
「あんた、そこのことを好きだったんだ? もしかして復讐とか? いまさらバカみたい」
そんな保坂に、羽田は冷静に重ねて問う。
「もう一度聞くけど、あんたはこの子にどんな事したんだ?」
そんな羽田を見上げるような仕草で、保坂は笑みを浮かべた。
「そうね……あまり覚えてないけど、トイレで水をかけたり、靴を隠したり、机に落書きをしたりとかしたかな?」
羽田は、保坂の言葉を無表情のまま黙って聞く。
「他には?」
「他に? ……ああ、思い出した! あの子の大事にしてたマスコット人形! アレを焼却炉に捨てて上げたわね! あの時のあの子の顔は凄く面白かったわ!」
羽田は、天を見上げるように上を向いて右手で顔を覆うような仕草をして笑いだす。
「よかったよ、教えてくれて! 誰も教えてくれなかったから、証拠が無くてどうしようかずーっと悩んでた! でもこれで躊躇する理由が無くなったよ」
そういって、顔を下げて保坂を見る羽田の顔は愉悦に歪んでいた。
「な、なによ?」
その顔に、恐怖を覚えた保坂は一歩足を下げる。
「あはははは、安心して。 僕は何もしない。 ただこの録音を神大先輩に聞かせるだけだから」
「お、お願い! それだけはやめて!」
そう言って、保坂は焦った顔で羽田の持っているスマートフォンを奪おうとして、必死に手を伸ばすが、身長差も体格差もある羽田から、奪い取る事は出来ずに息を切らせて、その場にうずくまった。
「うれしいなぁ……ずっと僕は、あんたがそんな顔をする所を見たかったんだ」
羽田はそう言うと、息を切らせる保坂を見下ろしなが、不気味な笑顔を浮かべた。
「なぁ、あんた今日、佳那子ちゃんを呼び出した時さ、一人だったよな?」
「はぁはぁ、それが、はぁはぁ、なによ……」
息を整えながら保坂は、羽田を見上げてそう答えると、羽田は嬉しそうに笑った。
「いつもの二人を誘ったけど断られたんだろ?」
「……」
保坂は、無言で羽田を睨む。
「一人ぼっちだね……この音声聞いた神大先輩だって、保坂先輩とは二度と会ってくれないだろうね?」
恐怖で目を見開いて、保坂は小刻みに震えて、自分の肩を抱くように縮こまる。
「あなたはさ……これからずっと、一生一人ぼっちだよ……」
羽田は、そこまで言うとがたがたと震える保坂を残して、満足そうな顔でその場から姿を消した。
「いやだ……一人はいや……」
残された保坂は、暫くの間、その場から立ち上がることすら出来なかった。
◇
『佳那子、大丈夫? あの保坂って先輩って昨日、ビルの上から身を投げたって』
「え? なんで?」
『それは知らないけど、でもこれで佳那子も安心だね……無視したりしてごめんね』
「ううん、そんな事ないよ。 私も同じ……ごめんね」
『じゃぁ、お互い様って事で! 仲直りだね?』
「うん……仲直りだね」
『それじゃ、しっかり休んで、また学校で会おうね!』
「うん、また学校でね」
佳那子は、翌日のお昼ごろに日花里からの電話を、病室で受けて久しぶりに長く話をした。
そこで、保坂先輩の事を聞き、強いショックを受けて放心状態のまま、枕に顔を埋める。
日花里は良かったって言ったが、佳那子そうは思えずに枕に顔をこすりつけるようにして呻く。
「保坂先輩……なんで飛び降りなんかしたの……私、親にも先生にも何も言って無いのに」
その時、再び佳那子のスマートフォンが鳴った。
「
その音がSNSの着信を示すものだと気がついた佳那子は、スマートフォンをのぞき込む。
「先輩!」
そこには、神大からのメッセージが届いた事が知らされており、慌てアプリを開くと、やはり神大からのメッセージが届いていた。
『佳那子ちゃん、今大丈夫?』
『はい、大丈夫です!どうされましたか?』
『怪我したって聞いたんだけど……どんな感じ?』
『ああ、たいした事無いです。頭だったので血が多く出ただけで傷はそんなに深くないそうです』
『そう!それはよかった!あ、でもその傷跡残ったりしないの?』
『それも大丈夫です。髪の毛で隠れる場所なので問題ないです』
『そうなんだ、それなら一安心だね』
『はい!それで先輩はどうして急に連絡を?』
『まぁ単純に怪我したって聞いて心配になったからね』
『そうなんですね!連絡頂けて嬉しいです!』
佳那子は、神大とのやり取りで、嬉しさのあまりに病室のベッドの上で転がり回る。
自分が神大の事を、どれだけ好きなのかを、あらためて自覚したことで悶え苦しむように呻き声を上げながら、顔をにやけさせた。
『それでさ……保坂の事なんだけど、何か聞いてる?』
『ええ、先程友達の電話で聞きました』
『そうか……じゃぁ細かい事は良いか……』
『あの、保坂先輩の事は……なんと言っていいか……幼馴染でしたよね』
急に不穏な話になって、佳那子は冷静になって転がり回るのを止めた。
そして、自分で入力した幼馴染と言うキーワードで、ふと隆志の顔を思い浮かべて、暫く会っていないなと、変な気持ちになる。
佳那子のこれまでの人生で、こんなにも長い期間、隆志の顔を見なかった事は初めてで、不思議な寂しさを感じたが、それは直ぐに消えて行った。
『いいよ、別に俺個人としては、そんなに仲が良かったわけじゃないし』
『そうなんですね……』
『まぁ、それはそうと、佳那子に相談があって』
『相談?なんでしょう?』
神大からの初めての相談と言う事で、身構えるように布団の中で姿勢を正す。
『暫くは、佳那子との間に時間を置きたいんだ』
『え?』
『俺から言ったのに、悪いとは思ってる』
『何がですか?』
『関係を解消したい……』
「え?」
佳那子はメッセージではなく、自分の口から驚きの声を漏らすと、ベッドの上で飛び起きるように、上半身を起こす。
そして何度もスマートフォンの画面をみて、心臓からバクバクと音をさせながら、神大の言葉を違う別の意味に読み取ろうと努力して、何度も何度も読み返す。
それでも結局、は意味が理解出来なくて聞き返した。
『どういう意味ですか?』
『別れてほしい』
『何故ですか!私なにか先輩に失礼な事でもしましたか?』
『違う、悪いのは俺だ』
『そんな!私なにも先輩が悪い事したって思ってませんよ!』
『そうじゃないんだ……気持ちの整理がつかないんだ……』
『なんで!先輩ってもしかして保坂先輩が好きだったんですか?』
『違う!それはない!好きなのは今でも佳那子だけだ』
『それならなんで?』
『……わかんないんだよ、どうしていいか。心の整理がつかないんだ』
『そんな!そんな事、私が一緒に考えます!』
『それでも……ごめん、今は一人で考えたいから……そろそろ授業が始まるからまたね』
『そんな!先輩?!』
その後、佳那子が何度メッセージを書き込んでも、既読になる事が無くて、夕方以降になれば何度か電話をかけたが、それにも一度とすら神大は出る事は無かった。
その夜、佳那子はベッドの上で枕に顔を埋める様にして、慟哭し続けた。
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