第21話 ロザーラの計画

 朝の第三離宮で草むしりをしながら、私は昨日の慰撫の話をエレーヌさんたちにしていた。


 エレーヌさんが目を見開いて私に告げる。


「まさか……一緒に作業をするなんて。

 クレルフロー王国では、王女も大工仕事をするの?」


 私は笑顔で草をむしりながら答える。


「違うわよ? お姉様はしてらっしゃらなかったわ。

 私がお願いして大工仕事を教わっていたの」


 ラシェルが感心したようにため息をついた。


「カミーユったら、なんでもできるのね」


 私は明るい声で笑いながら答える。


「なんでもはできないわ。でも、できることは多い方が、人生お得でしょう?」


 遠くでドミニクさんが小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「大工仕事をする王女だなんて、クレルフロー王国は蛮族かしら」


「あら、それなら王女が草むしりをするモンフィス王国も蛮族の仲間入りね?」


 私が微笑みながら答えると、ドミニクさんは顔をしかめて睨んできた。


 ニコニコとした私の笑みを見て、ドミニクさんが視線を逸らす。


「無理やりやらされているのと、自分からやるのでは意味が違うわ!」


「そうよ? 自分からやるから尊いの。こんな風に労役としてやる作業に、価値なんてないわ。

 それが分からないなんて、レアンドラ様ったら何も知らないのかしら」


 周囲の侍姫じきたちがざわつき、エレーヌさんが青い顔で私に告げる。


「駄目よ、カミーユ! そんな言葉が伝わったら、貴女の命が危ないわ!」


 私は微笑みながら草をむしり続ける。


「それで私を殺すなら、なおさらレアンドラ様の器が知れるわ。

 まさかその程度も分からないとは思わないけど、一応は気を付けるわね?」


 ラシェルがあきれ顔で私を見つめて来た。


「……カミーユって、強すぎない?」


「そうかしら? 普通だと思うけど」


 私はざわつく侍姫じきたちの視線を受けながら、朝の草むしりを終えた。





****


 朝食の後、私は玄関でジルベール陛下を迎えた。


 ジルベール陛下が真顔で私に告げる。


「今日も付き合え」


「いいわよ? また歩くのね」


 二人で並んで離宮を出て、周囲をゆっくりと歩いていく。


 ジルベール陛下が私に告げる。


「昨日は帰りが遅かったそうだな。なぜだ?」


 私はきょとんとして、ジルベール陛下を見上げた。


「なぜって……働いていたからよ?

 慰撫として公共事業をしてるって、言わなかったっけ?」


 ジルベール陛下が苛立ったように顔をしかめた。


「民と一緒に作業をしていたと聞いた。俺の妃が貧民と共に作業など、していいと思ったか」


 私は白い目を向けながら、ジルベール陛下に告げる。


「貧しくとも民は民よ。自国の民を蔑む真似を皇帝がするのは止めなさい。

 国の頂点が蔑めば、それが許されると勘違いされるわ。

 民を真に思うなら、貧富の差で差別する心から正しなさい」


「――しかし!」


「『しかし』も『かかし』もないの!

 王族――いえ、皇族たるもの、貧しい民も等しく救うべきでしょう?!

 救うべき民を蔑んでは、彼らの心が立ち上がれないわ!

 強い国にしたいなら、等しく民を愛しなさい!

 それでこそ、民は自分の足で立ち上がれるのよ!」


 私の剣幕に、ジルベール陛下が叱られた子犬の顔になって黙り込んだ。


 しばらく足を止めて睨みつけていると、ジルベール陛下が真顔になって私に頭を下げる。


「……カミーユの言う通りだな。私の心掛けが甘かった。

 皇帝たるもの、皆の手本にならなければならない。

 私も、お前のようになれるだろうか」


 私は腰に手を当ててジルベール陛下に答える。


「『なれるか』じゃないわ。『なる』のよ。

 ルシオン帝国の皇帝はもう貴方なの。

 なってしまった以上、今からでも理想を追いかけなさい!」


 ジルベール陛下が姿勢を正して頷いた。


「……そうだな。その通りだ。

 私は理想の皇帝になりたかった。お前のように、強く正しい皇帝にな」


 私はきょとんとしながらジルベール陛下に尋ねる。


「私は皇帝じゃないわ。何を言っているの?」


 ジルベール陛下がフッと笑みを浮かべて私に答える。


「本人は自覚がないか。ヴァンサンの言う通りだな。

 だが今日も英気をもらった。俺は、必ず追い付いてみせる」


 私は小首を傾げながらジルベール陛下に答える。


「よくわからないけど、頑張ってね?」


「ああ、必ず成し遂げてみせるとも」


 力強い言葉と共に、ジルベール陛下が歩き出す。


 私はその隣を歩きながら、朝の空気を胸に吸い込んだ。





****


 カミーユを載せた馬車が、宮廷から貧民区画に出発していく。


 その姿を確認した宮廷騎士ロバンソンが、第二寵姫ちょうきロザーラの元へ急いだ。



「ロザーラ殿下、カミーユ殿下が出発しました」


 ニタリと微笑んだロザーラが、ロバンソンに告げる。


「私もすぐにお父様の元へ出発するわ。ロバンソンも支度をなさい」


 ――今日こそ格の違い、思い知らせてやるわ!


 真っ赤なドレスを纏ったロザーラが、ロバンソンを連れて部屋を出ていく。


 準備は整っている。後は実行するだけだ。


 皇族用の馬車に乗り込んだロザーラが、窓の外を見る。


 騎馬兵たちが護衛し、使用人たちを乗せた馬車が難題も続いていく。


 みすぼらしいカミーユ一行と比べると、雲泥の差だ。


 ロザーラは勝利を確信し、背もたれに体を預けた。





****


 私はドゥニさんたちと貧民区画の入り口で合流すると、すぐに中に入って人を集めていった。


 昨日よりも人が多い。もう百人近いのかな。


 ドゥニさんが声を張り上げる。


「手近な家から修理するぞ! 板材を打ち付けろ!

 漆喰は手で塗り込んでいけ!」


 大工たちの指示を受けて、男性たちが作業を開始する。


 女性たちは昼食の準備を開始し、私は男性たちの混じって作業をしていった。


 ドゥニさんと連携して資材の分配を行いつつ、手近な家に板材を打ち付けていく。


 隣で作業をする男性が、私に尋ねる。


「カミーユ殿下、本当に作業をするんですね」


「当たり前じゃない? せっかく昨日習ったのよ?

 習った技術を使わないで、どうするというの?」


 私が微笑むと、男性が苦笑を浮かべて作業に集中しだした。


 板木を打ち付けた後、欠けた漆喰に新しい漆喰を手で塗っていく。


 周りの男性たちも私を真似ながら、大工の指示に従い補修を進めていく。


 大人数なので、あっというまに数件の家が補修されていった。


 少しずつ移動しながら、補修する範囲を広げていく。


 気が付くと、兵士たち五人も近くで補修工事に参加していた。


「あら、警備はしなくていいの?」


「食材の周りには女性たちが三十名おります。

 もう我々が見張る必要はありません」


 私は兵士に頷くと、穴の開いた壁に板材を釘打ちしていく。


 ふわりと風に乗って美味しい匂いが漂い始め――あれ? 持ち込んだ食材と違う匂い?


 振り返ると、私たちのテントの傍に、五十人近い兵士たちが群れていた。


 その奥では召し使いの女性たちが、大釜で料理をしているみたいだ。


 ヴァンサンがそちらを見ながら私に告げる。


「あれはロザーラ殿下の兵士ですね。

 ご実家、フィニョン侯爵家の兵士です」


 へー、さすが宮廷騎士ね。兵士を見ただけで分かるのか。


「何をしに来たのかしら」


「炊き出しをしているようです。

 ロザーラ殿下の姿が見えませんが、どこかにおられるのでしょう」


 私たちの横で炊き出しって……別の場所でやればいいのに。


 なんで隣でやろうとおもったんだろう?


 廃教会の隣に設営したテントからも、美味しそうな匂いが漂ってくる。


 私は立ち上がって周囲に告げる。


「そろそろ食事よ! 午前の作業を切り上げましょう!」


 頷くみんなと一緒に、私は井戸に向かって歩いていった。

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