第22話 ご相伴

 私が井戸からテントに戻っていくと、隣の炊き出しには行列ができていた。


 机の向こうでは、真っ赤なドレスの女性が一人。


 ヴァンサンが私の隣で告げる。


「第二寵姫ちょうき、ロザーラ様です。炊き出しをしておられるようですね」


 お肉の匂いがここまで届いてくる……え? 炊き出しにお肉?!


 私は唖然としながらヴァンサンに告げる。


「今って食材が高騰してるんじゃなかったの?」


 ヴァンサンも戸惑うように答える。


「間違いなく、高騰しています。

 肉も庶民が買いづらい値段になっています。

 普通の炊き出しより、上等な肉を用意してますね、この匂いは」


 おっと? ヴァンサンは案外、食通かな? 匂いだけでお肉の格が分かるのか。


 私は微笑みながらヴァンサンに告げる。


「あちらは予算が潤沢みたいね。それならそれで、問題がないわ」


 ヴァンサンがきょとんとした顔で私を見つめた。


「よろしいんですか? 殿下の慰撫を邪魔されてるんですよ?」


「邪魔って何のこと? 貧民区画の住民が助かるなら、手は多い方がいいわ。

 炊き出しが複数あって困ることはないもの」


 私がテントに行くと、女性たちも困惑した表情を浮かべていた。


 男性たちも、美味しそうなお肉の匂いが気になるようだ。


 私は笑顔でみんなに告げる。


「構うことはないわ。あちらに並びたい人は、ロザーラ様の炊き出しで食事をしてきて。

 並びたくない人は、こちらで食事をして頂戴。

 一人でも多くの胃袋を満たせれば、私は満足よ?」


 私の言葉にうなずき、二割くらいの男性たちがロザーラ様の炊き出しの列に並んでいく。


 残った男性たちに私は尋ねる。


「貴方たちは行かなくていいの?」


 男性がニヤリと微笑んで答える。


「一緒に作業をした殿下と食べる飯の方が、美味いに決まってます」


 私は微笑みながら男性にスープのお皿を渡した。


「あらそう? 物好きな人ね。

 あちらに比べたら質素だけど、きっと美味しいわよ?」


 女性たちも気を取り直したのか、私と一緒に炊き出しを続けていく。


 働いていた男性たち以外にも、貧民区画の住民が集まってきて、それぞれの列に並んでいった。


 人の集まりは、圧倒的にロザーラ様の炊き出しが多い。


 だけど人の列が中々減っていかない。


 疑問に思って隣のヴァンサンに尋ねる。


「あっちは、なんで時間がかかってるのかしら」


 ヴァンサンがロザーラ様を眺めながら私に答える。


「……給仕をロザーラ様お一人で行っておられるようです。

 下女を後ろに下がらせてますね」


 え、なにそれ? 食事を配るのが目的なのに、なんて非効率な。


 私は呆れため息をついた。


「何がしたいのか、分からない人ね」


「むしろ、あのやり方が従来の炊き出しですよ。

 施しを与えている印象を強めるために、一人で給仕するんです。

 そうやって皇族の心証を上げていくのが定石です」


「馬鹿らしいわ。目的と手段をはき違えすぎよ。

 大事なのは貧しい民衆に食事を提供することよ。

 『誰がそれをやったのか』なんて、小さなことだわ」


 ふと風が私の鼻をくすぐり、思わず『風』を見た。


 ――これ、降るな。


 私はすぐに周囲の民衆に声を上げる。


「にわか雨が来るわ! みんな、食事を持って雨宿りできる場所へ移動して!

 ――ヴァンサン、ここをお願い!」


「どこへ行かれるんですか?!」


 私は駆け出しながら答える。


「ロザーラ様へ忠告してくるわ!」


 私はヴァンサンを振り切り、隣の炊き出しへと向かった。





****


 ロザーラ様へ近づこうとする私の前を、兵士たちが遮った。


侍姫じきが近寄るな! 汚らわしい!」


 おっと、近寄らせてももらえないか。


「じゃあロザーラ様へ伝言をお願い。

 すぐに、にわか雨が降るわ。今のうちに民衆を非難させて。

 ロザーラ様も、雨宿りできる場所へ移動した方がいいわよ?」


 兵士が空を見た後、私を蔑む目で笑った。


「馬鹿なことを。まだ風は湿ってないぞ」


「風向きがすぐに変わるのよ。もうすぐそこまで、雨が来てるわ」


 兵士が顔をしかめながら私の肩をつき飛ばした。


「そうやってロザーラ殿下の邪魔をする気か!

 いいからとっとと失せろ!」


 私は体勢を立て直しながら、兵士に告げる。


「忠告はしたわよ? 後悔しても遅いからね?」


 そのままきびすを返し、自分のテントへ戻っていった。





****


 私の炊き出しに並んでいた人たちは、全員が雨宿りできる軒下などへ避難していた。


 私はテントの中で先に女性たちと食事を進めていく。


 女性の一人が空を見ながら私に尋ねる。


「本当に降るんですか?」


「降るわよ? もう風が変わるわ――ほら来た!」


 突然、桶をひっくり返したような雨が辺りを襲った。


 すでに避難していた人たちは、雨宿りをしながら食事を続けていた。


 レイモンさんが驚いた顔で辺りを見回していた。


「よく察知できましたね。地元民でも分からなかったのに」


「今日の風は『巻いていた』ものね。分かりづらくても仕方ないわ」


 隣のロザーラ様の方を見ると、あちらの住民たちは慌てて家に逃げ帰っているようだった。


 ロザーラ様も雨に濡れながら、後ろも振り返らず貧民区の入口へと駆けだしていく。


 彼女が連れていた使用人たちも、その後を追いかけていた。


 無人になった炊き出しの跡を、大粒の雨が濡らしていた。


 視界が煙ってよく見えないけど、もしかして食材が余ってる?


 すぐに雨脚が弱まり、小雨になっていた。


 私は食事を食べ終わると、『風』を見ながら告げる。


「もう止むわ。少ししたら作業を再開するわよ」


 テントの中に居たドゥニさんが、楽し気な笑い声を上げた。


「嬢ちゃんの天気予報はすげぇな! 百発百中じゃないか!」


 私はニコリと微笑んで答える。


「故郷に居た頃から、なんとなく天気が読めるの。

 小さい頃から不思議がられてたから、生まれつきなんでしょうね」


「お得な体質だな!」


「ええ、ほんとうにね?」


 私はドゥニさんたちと笑い合いながら、食器を片付けていった。





****


 馬車に戻ったロザーラが、不機嫌を隠さずに告げる。


「帰るわ! ドレスが台無しじゃない!」


 ロバンソンが窓から貧民区画の様子を伺いながら告げる。


「では、騎士を数名お貸し願えますか」


 ロザーラが眉をひそめてロバンソンに尋ねる。


「何をする気?」


 ロバンソンがロザーラの目を真剣な目で見つめた。


 しばらく見つめ合ったロザーラが、フッと笑みを浮かべて答える。


「……いいわ。好きにしなさい」


「はい、ありがとうございます」


 馬車から降りたロバンソンが、近くの騎士二名に声をかけた。


 それ以外の人間を載せ、ロザーラを載せた馬車の一行が宮廷に戻っていく。


 ロバンソンは騎士二名を連れ、辺りを伺いながら貧民区画へと戻っていった。





****


 夕暮れになり、美味しそうな匂いが辺りを包んだ。


 私は立ち上がって周囲に告げる。


「今日の作業は終了よ! 食事にしましょう!」


 男性たちから声が上がり、私たちは井戸に手を洗いに向かう。


 手を洗い終えた私は、放置されているロザーラ様の炊き出しを見つめた。


 まだ食材は残りっぱなし。雨でダメになったけど、鍋にも食材は入ってる。


 私は女性たちに声を上げる。


「何人か、手伝って頂戴! 隣の食材をもらいましょう!」


 ヴァンサンが目を見開いて私に尋ねる。


「ロザーラ様の私物ですよ?!」


「でも、放棄したなら誰の物でもないわ。

 取りに戻ってくる様子もないし、今夜を過ぎたら傷んで駄目になる。

 それなら有効活用するために、食材を救い出しましょう?」


 女性が恐る恐る私に尋ねる。


「そんなことをして、無事に済むでしょうか」


 私は胸を叩いて女性に答える。


「大丈夫よ! 責任は全て私がとるわ!

 何かあったら、『私に命令された』って言えばいいのよ!」


 女性たちがおずおずと頷き、鍋の中から食材を救い出していく。


 水で洗い流した後、こちらの鍋に投入していく。


「んー、未調理の食材が多いわね。これも調理しちゃいましょうか。

 余ったら、家に持ち帰るといいわ。食べられそうなら、食べちゃいましょう」


 ドゥニさんが大笑いしながら声を上げる。


「こりゃあ、今夜は宴会だな!

 ――てめぇら、薪を用意しろ! 焚火を起こせ!」


 大工たちが頷いて、廃教会の中へ入って行く。


 あっという間に大きなかがり火が作られ、辺りを照らし出した。


 女性たちは忙しそうに新しく料理を作っていく。


 周囲からも人が集まり、みんなが炊き出しを受け取っていった。


 日が落ちてからも、かがり火の周りには人が集まり、楽し気に言葉を交わしていた。


 その様子を微笑みながら眺めていると、私は誰かにスカートを引っ張られた。


 振り返ると、十歳ぐらいの男の子が私に告げる。


「あっちで呼んでる人がいるよ?」


 私はしゃがみ込み、男の子に微笑んで答える。


「あらそう? ありがとう。

 ――ヴァンサン、ちょっと行ってくるわね!」


 ヴァンサンが慌てて食器を近くのテーブルに置いて答える。


「お一人で行動しないでください!」


 私は微笑みながら、男の子の後を追いかけつつ声を上げる。


「すぐそこよ! 大丈夫だってば!」


 ヴァンサンは諦めたようで、付いてくる気配はない。


 男の子は廃教会の裏手を指さして私に告げる。


「あそこー」


「ありがとう、坊や」


 男の子にお礼を言って、私は廃教会の裏に向かった。

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