第20話 夕食の味わい
雨が降る中、私たちは食材の入った麻袋と一緒にテントの下で雨宿りをしていた。
女性の一人が私にタオルをおずおずと差し出してくる。
「あの……これでよろしければ」
私はニコリと微笑んで答える。
「あら、ありがとう。借りるわね」
私は濡れた髪をタオルで拭きながら、女性に告げる。
「あと一時間もしないで雨は止むわ。
そうしたらすぐに炊き出しの準備よ。
貴方に指示を任せてもいいかしら?」
女性が目を見開いて私を見つめて来た。
「私が出すか?! 無理ですよ?!」
私はニコリと微笑んで答える。
「無理なわけがないわ。食事の用意なんて、みんないつもしてることでしょう?
みんなと協力して、人数分の食事を用意するだけ。
料理は煮込み料理しかできないけど、細かい味付けは任せていいかしら?」
女性が眉をひそめて呟く。
「私にそんなこと、できるかしら」
私は笑顔で女性に告げる。
「大丈夫よ! みんなで協力すれば、『いつもの仕事』よ!
ちょっと大変だけど、今日は炊き出しだけで終わるわ。
今日のうちに連携して炊き出しをすることを覚えてほしいの」
おずおずと頷く女性に微笑んだ後、大工のドゥニさんに告げる。
「ドゥニさん! 雨が止んだら、男性たちを集めるわよ!
明日からの修繕作業に必要な技術を教えていくの!
簡単な作業しかできないでしょうけど、住民が自分でできるように指南してあげて!」
ドゥニさんがニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
「おぅ、構わねーよ? だが道具はどうする?
さすがに、これだけの人間に渡るだけの道具はないぞ?
素手で釘打ちなんて、無理がある」
私はきょとんとしながらドゥニさんに答える。
「板材の一部を細かく切ればいいじゃない。
板切れで釘を打てば、充分に作業ができるわ。
一か月使うだけなら、それで持つんじゃない?」
ドゥニさんが楽し気に笑い声を上げた。
「それでいいなら構わんが、重労働だぞ?」
「知ってるわ。やったことがあるもの。
でも案外、まっすぐ打ち込めれば軽い板切れでも釘は打てるわよ」
ドゥニさんは楽し気に笑いながら、大工たちに指示を飛ばす。
「てめぇら! 簡易の
頷いた大工たちが、さっそくノコギリを手にして板材を切断していく。
私は紙を拭き終わると、タオルを女性に手渡した。
「タオルをありがとう。洗って返せなくてごめんなさい」
女性が微笑みながら首を横に振った。
「それはかまいませんが、服は乾かさなくてよろしいのですか?」
私は肩をすくめて答える。
「このくらい、たいしたことじゃないわ。
帰って着替えれば済む話よ」
近くの男性が楽し気に私に告げる。
「カミーユ殿下、ドレスが惜しくないんですか?
濡れたままでは傷みますよ?」
私はニコリと微笑んで答える。
「作業をしてたら汚れて当然でしょ?
当然、汚れてもいいドレスを着てきてるわ。
本当は作業着が良かったんだけど、周りが許してくれなかったのよ」
私の周りで明るい笑い声が広がっていく。
そのまま私は民衆たちと、会話をしながら雨が止むのを待った。
****
雨が止むと女性たちは炊き出しの準備を、男性たちはドゥニさんたちから釘打ちを教わっていた。
私も男性たちに混ざり、釘打ちの仕方を思い出していく。
練習用の板材に釘を打ち込む私を見て、ドゥニさんが感心したように声を上げた。
「嬢ちゃん、器用なもんだな」
私は釘打ちに集中しながら答える。
「クレルフロー王国に居た頃、大工から習ってみたの。
覚えて置くものよね、こういう技術も役に立つわ」
周囲を見てみると、民衆は初めての釘打ちに苦戦してるみたいだった。
それを大工たちがアドバイスしながら、みんなで釘打ちを練習していく。
風に乗って美味しそうな香りが鼻に届くころ、私は立ち上がってみんなに告げる。
「さぁ、そろそろ食事の時間よ! みんなで食べましょう!」
ドゥニさんも手を打ち鳴らして声を上げる。
「てめぇら! 後片付けを忘れるなよ! 飯の時間だ!」
私も道具を片付けながら、手を洗いに井戸に向かった。
****
炊き出しの給仕の列に加わり、みんなに食事を手渡していく。
スープとパンを受け取った男性たちは、私を見て驚いていた。
「あんた、まだ働く気なのか」
「あら、女性たちはずっと働きっぱなしよ?
力仕事をしていた人たちは、先に食べても構わないわ」
雨水でぬかるむ中、住民たちが立って食事をしていく。
私も給仕を終えると、テントの下で女性たちと同じ食事を口にする。
ヴァンサンもパンにかぶりつきながら、私に告げる。
「殿下、こんな粗末な食事で大丈夫ですか?」
私は白い目をヴァンサンに向けながら声を上げる。
「ちょっとヴァンサン!
せっかく料理を作ってくれた女性を侮辱する発言は許さないわよ?!
それに、ちゃんと美味しいじゃないの!」
近くの女性たちが楽し気な笑い声を上げた。
「こんな質素なスープを美味しいと言ってくれるなんて、嘘みたいね」
「材料も調味料も、きちんと持ち込んできたわ。
家庭的で素朴な味わいよ? 故郷の料理を思い出すわね」
女性がおずおずと私に尋ねる。
「カミーユ殿下は、故郷から離れて暮らしてなさるの?」
私は微笑みながら答える。
「そうよ? クレルフロー王国が攻め落とされたから、虜囚として連れてこられたの。
ジルベール陛下の妃になっちゃったから、もう故郷には戻れないわね。
私が小さく肩をすくめると、ヴァンサンが苦笑を浮かべて告げる。
「殿下、正直に話しすぎですよ。
そんな内情を暴露したら、民衆に侮られます」
私は小首を傾げてヴァンサンに答える。
「あら、それで侮るような人たちに見えるの?
ヴァンサンったら案外、人を見る目がないのね?」
周囲の女性たちから小さな笑い声が上がり、私と微笑みを交わしていく。
ヴァンサンがため息をついて告げる。
「殿下にはかないません。本日は何度言ったかわかりませんな」
「三回目よ? きちんとカウントしてるから、覚悟してなさいね?」
「――おっと、怖い怖い」
首をすくめたヴァンサンとも笑みを交わし、食事を進めていく。
食べ終わった器を集めると、女性たちと一緒に井戸で洗っていった。
男性が一人近づいてきて、私に尋ねる。
「あの……日当をもらえるという話は……」
私は顔を上げて男性に答える。
「ああ、それなら――ヴァンサン! レイモンさんに日当を配るように伝えてくれる?」
ヴァンサンが眉をひそめて答える。
「私は殿下の傍を離れられません」
「こんな近く、目と鼻の先よ? 何を怖がっているの?
ここに居る人たちが危害を加えるように見えるの?」
ヴァンサンが周囲に目を走らせた後、ため息をついた。
「……わかりました。すぐ戻ります」
ヴァンサンが歩き出すと、その後ろを男性も付いて行く。
私は女性たちと一緒に、器を洗い流していった。
****
女性たちにも日当を払い終わり、その場は解散となった。
民衆たちが家へ帰る姿を見送る私に、ドゥニさんが楽し気に告げる。
「嬢ちゃん、あんたは奥様に負けない器をお持ちだな」
私は微笑んでドゥニさんに答える。
「クレール夫人に負けないだなんて、とんだ過大評価よ。
あの方はもっと大きな責任を背負って生きてきた人。
ドゥニさんが高らかに笑い声を上げた。
「嬢ちゃんなら、必ずなれるさ! ――なぁてめぇら! そう思うだろう?!」
大工たちが声を揃えて返事をした。
きょとんとする私に、ドゥニさんが告げる。
「もう暗い。子供は早く家に帰れ。後片付けはやっておく」
私は唇を尖らせて答える。
「子ども扱いしないで? これでも既婚者よ?
――でも、あとは任せたわね!」
私はレイモンさんたちや兵士たちにも声をかけ、馬車に戻るために貧民区画の入口へ向かった。
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