第19話 にわか雨

 ある程度、住民に声をかけ終わると、私は廃教会の方に向かった。


 大工のドゥニさんが指示を出し、廃教会の中へ資材を運び込ませている。


「ドゥニさん! 大き目のテントを一つ借りられるかしら。

 その下で炊き出しをしようと思うの」


 ドゥニさんが私に振り向いて眉をひそめた。


「テントを? それくらいは構わんが、なんで今からテントを張るんだ?」


 私は空の『風』を見ながら答える。


「あと二時間くらいで雨が降るわ。すぐに止むけど、雨にも備えておかないと」


 ドゥニさんが空を見上げながら答える。


「んー、まぁ確かに怪しい空模様だな。わかった。

 資材を運び込ませたら、すぐに設営に入ろう。

 炊き出しを配るテーブルはどうするんだ?」


「それは持ち込んであるわ。荷馬車に積んであるから、それを運んでくるわね」


 私が貧民区画の入り口に向かおうとすると、ドゥニさんが驚いたように声を上げる。


「ちょっと待て嬢ちゃん! あんた、自分で運び込むつもりか?!」


 私はドゥニさんに振り向いて微笑んだ。


「当たり前じゃない。ここに来た以上、私も人手の一人よ?

 指示だけ出して立ってるだけなんて、居るだけ無駄じゃない?」


 呆気に取られるドゥニさんに手を振り、私は貧民区画の入り口を目指す。


 後ろから付いてくるヴァンサンが私に告げる。


「殿下、本当に力仕事をするつもりですか? 兵士に命じた方がいいんじゃ……」


「だから言ったでしょ? 兵士たちは食材の護衛任務があるわ。

 民衆に罪を犯させないためにも、きちんと食材を守っていて欲しいの。

 すぐに人手も集まってくるし、そうしたら楽になるわよ」


 ヴァンサンが呆れたようにため息をついた。


「わかりました。私もお手伝いします」


「もちろん、期待してるわよ?」


 わたしがクスリと笑みをこぼすと、ヴァンサンも応じるように笑いだした。


「殿下にはかないませんな!」


「それはどういう意味かしら?」


「そのままの意味ですよ!」


 私たちは笑い合いながら、入り口に止めてある馬車に向かって歩いていった。





****


 ヴァンサンと折り畳み式のテーブルを廃教会傍に運び込んでいく。


 大工たちがテントを設営し始め、その傍にテーブルを立てかける。


 貧民区画の住民たちも、徐々に集まり始めてるようだ。


 私は民衆に向かって笑顔で告げる。


「炊き出しの準備をするわ! 荷物を運ぶ手伝いをしてもらえないかしら!」


 男性や女性たちがおずおずと頷き、私と一緒に貧民区画の入口へと向かって歩く。


 ヴァンサンは少しピリピリとした空気を纏い、周囲の民衆たちに目を走らせていた。


 私はため息をついてヴァンサンに告げる。


「そんな目をしてたら、信頼なんて得られないわ。

 相手に信頼して欲しかったら、まずはこちらから信頼するのよ」


「しかし殿下、腹を減らした貧民の傍を歩くのは危険すぎます」


 いつになく真剣なヴァンサンの声に、私はため息で答えた。


「ヴァンサン? 聞いていなかったの?

 貴方はこの人たちが私に害を及ぼすように見える?

 それってとっても失礼なことだと思うんだけど」


 ヴァンサンが困惑しながら私に答える。


「殿下は恐ろしくはないんですか?」


 私は微笑みながらヴァンサンに答える。


「まったく怖くないわね。

 この人たちは善良な人たちよ。

 きちんと働いて食事を得ようとする、まっとうな帝都の住民。

 蔑む発言も態度も、私は許さないわ」


 周囲の民衆たちが、私の発言に驚いたように顔を向けていた。


 ヴァンサンが周囲を見回し、小さく息をつく。


「……わかりました。殿下の仰る通りにします」


「わかってくれたなら、それでいいわ。

 ――さぁ! どんどんテーブルを運び込んで!

 鍋や食材も、慎重に扱ってね!」


 私は馬車の傍で民衆たちにテーブルや食材の入った麻袋を渡していく。


「先に食べてしまわないでね。みんなで食べる食事の方が、きっと美味しいわよ?」


 私が微笑むと、麻袋を手渡された女性がおずおずと頷いた。


 今度は兵士たちに告げる。


「二人ほど、中で食材の警備に当たって!

 一人はここで民衆に指示を出して!」


 兵士の一人が私に戸惑いながら尋ねる。


「指示と言われましても……」


「私の真似をすればいいのよ! それじゃあお願いね!」


 ヴァンサンと一緒に、私も食材の入った麻袋を運び込んでいく。


 そんな私の姿を、兵士たちは茫然と見守っているようだった。





****


 次々と大量の食材を運び出していくカミーユを見て、兵士の一人が告げる。


「カミーユ殿下、なんでご自分で動かれるのだろう……」


 隣の兵士が困惑しながら答える。


「俺たちに命じれば、それで済むのにな」


 民衆に指示を出していた兵士が答える。


「お前たち、何も気付かないのか?

 殿下はああして、働く姿を示していなさるんだ。

 ――ああ、お前はこの麻袋を中へ! 廃教会近くへ運び込め!」


 食材の半数以上が運び出されて行き、二人の兵士が顔を見合わせた。


「……もう警備は一人でも構わないんじゃないか?」


「そうだな。じゃあどっちが作業に参加する?」


 ニヤリと微笑み合う兵士たちが、コインを一枚取り出した。


「俺は表!」


「俺は裏だ! じゃあ行くぞ!」


 コインが指で宙に弾かれ、笑顔の兵士が空中でキャッチし手の甲に押し付けた。


 兵士の手が退き、結果を見た兵士が楽し気に声を上げる。


「――よし、裏だな! お前が留守番だ!」


「てめぇ?! 狙ってキャッチしただろう?!」


 微笑む兵士が鍋を抱え、民衆と共に貧民区画へと運び込んでいく。


 残された兵士はため息をついて、地面をつま先で蹴った。





****


 食材を運び込んでいる私に、ドゥニさんが告げる。


「嬢ちゃん、テントの設営が終わったぜ」


 私は『風』を見上げ、ドゥニさんに答える。


「それじゃあテントに机を配置してもらえる?

 あと三十分くらいで雨が降るわ。食材もなるだけ濡らさないようにしないと」


 ドゥニさんが頷いて大工たちに指示を飛ばしだす。


「てめぇら! 机を組み立てて並べろ! 急げ、雨が来る!」


 大工たちが机をテントの下に設置していく。


 私は近くの民衆たちに告げる。


「みんな! 食材はテントの下に運び込んで! 雨が来るわ!」


 民衆体も暗くなってきた空を見上げて頷いた。


 私はヴァンサンと一緒に、再び入口の馬車へ向かって駆け出す。


 ヴァンサンが私に向かって声を上げる。


「殿下! 空模様が怪しい! 殿下はテントの下へ!」


「馬鹿言わないで! なおさら急いで食材を運び込むわよ!」


 私は民衆たちや、いつの間にか混じり始めた兵士や役人たちと一緒に食材を運び込んでいった。





****


 麻袋をかける私の頬に、水滴が当たる。


 あっという間に雨脚が強まってきて、民衆たちも駆け足で食材を運んでいく。


 私もテントの下に麻袋を置くと、再び入口へ引き返――そうとしたら、ヴァンサンが前を遮った。


「いけません! 雨が降ってるんですよ?!」


 私はきょとんとしながらヴァンサンに答える。


「だから何? 民衆たちは、雨の中で作業をしているわ。

 私が同じ作業をしてはいけない理由があるの?」


 ヴァンサンが呆れたような顔で口を開けていた。


 傍で話を聞いていたドゥニさんが高らかに笑い声を上げる。


「見上げた根性だ! ――てめぇら、食材を運ぶ手伝いをしろ! 急げ!」


 私はヴァンサンを迂回するように走り出し、大工たちと入り口を目指す。


 足早に麻袋を抱えていく民衆たちとすれ違うと、彼らは驚いたように私に振り返っていた。


 馬車に辿り着くと、兵士も私に驚いていた。


「――殿下?! なぜ雨の中に出られたのですか?!」


 私はニコリと微笑んで答える。


「食材を雨から守るためよ? もう残り少ないし、貴方も参加して!」


 兵士がニヤリと微笑んで頷き、麻袋を抱えだした。


 ヴァンサンがため息をついて告げる。


「まったく、殿下にはかないませんな」


「何のことかしら? ――走るわよ、ヴァンサン!」


 私たちは小雨が降りしきる中、麻袋を抱えて廃教会へと向かった。

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