【青空文庫】ホラー短編文学選出集

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第1話


「読書メーター」(自分の読んだ本を登録することで読書記録ができるサービス)で自分が読んだ青空文庫の登録数が少ないことを残念に思い、認知度が低いならおすすめしてみようと一念発起し書いてみた。こういった類の文は初めて書くので若干ドキドキしている。

注意点は以下の通り。

私は横文字の羅列を画面で見るのが苦手なため選出した話は尽く短い。そしてなるべくマイナーな作品を心がけた。読書メーターで似たような感想を見かけたら、それは恐らく同一人物である。

タイトルには「ホラー」とあるが、怪異・不思議・奇妙とホラーをかなり拡大解釈しているのでご了承願いたい。

青空文庫縛りなので同じ著者が多いが、なるべく同じ味付けの話が続かないよう並べたつもりで、「ホラーの手まり寿司」を目指した。気負わず食べられますように。





★H. P. ラヴクラフト ダゴン

https://www.aozora.gr.jp/cards/001699/files/57443_58144.html

珍しいものをと言ったそばから初っ端に有名どころを取り上げてしまった。どうしても最初に突き落とされてもらいたくて……。

私は絵で表現された旧支配者を見たことが無く、この魚神ダゴンも己のイメージに頼るしか無かったのだが、それで良かったと思う。ぬめぬめ、じっとりとした不気味さに包まれてほしい。



★ダグラス・ハイド 首なし

https://www.aozora.gr.jp/cards/001299/files/60878_73631.html

二日続けて稼いだ金を全て賭け事に使ってしまったため家を追い出されたドーナルは、裕福な旦那から宿として城を借りる。城はアイルランドらしく幽霊が出るわ出るわで、一緒に泊まる貧しい男は怯えるばかり。一方ドーナルは売上を全部摩って兄に「二十と四人ぶんも呪われてしまえ」ときつく叱られた次の日に同じことをやらかすだけあり図太く、堪えた様子はない。とうとうラスボス「首なし」とも対面する。

幽霊が割とひょうきんな奴らばかりなので、当事者はともかく読んでいる分には親しみを感じる。

海幸山幸の話(へまをやらかした方が何故か優遇され、トラブルを起こさなかった方が謝る)にいい感情を抱かない人にはおすすめしない。



★井上円了 甲州郡内妖怪事件取り調べ報告

https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/files/49268_42258.html

タイトル通り、山梨の村で起きた不思議な事件のレポート。

青空文庫で怪異の話を読み漁ると、警察等にきちんと調査される筋が多く時代の違いに驚く(田中貢太郎「室の中を歩く石」など)。

今回の話は、「質問に答えてくれる怪声」の解明を試みるケース。どうにも声が聞こえる条件に一人の女の存在があるようだが、彼女が狐狸に憑かれている様子は無い。

「妖怪博士」と呼ばれた著者が出した解答とは?



★田中貢太郎 女の怪異

https://www.aozora.gr.jp/cards/000154/files/52283_47291.html

こちらも怪異の正体を明らかにしてくれる作品だが、井上円了の作品とは全くベクトルが異なる。いい感じにお灸は据えられたのではないだろうか。

箸休めの短編。



★海野十三 最小人間の怪 ――人類のあとを継ぐもの――

https://www.aozora.gr.jp/cards/000160/files/43632_17447.html

N博士がとある怪異に出会った。それは、二、三センチほどの人間だった。

人語を解す小人と研究者らしく対話を重ねる博士。生半可でない知識を有する小人は、進化論を出しつつ自分たちこそ現代人類滅亡後最高の知的生命体として地球を支配するのだと大真面目に言い張る。

博士が小人の集落に行ったところまでは「河童」(芥川龍之介)に似た好奇心と警戒心が綯い交ぜの感じだが、集落から逃げ果せたあとの再会シーンでは打って変わって別物の気味の悪さが加わる。



★ジョナサン・スウィフト 穏健なる提案

https://www.aozora.gr.jp/cards/000912/card4268.html

あなたは政治家です。国民は貧困に喘いでいます。さて、どんな政策を推進しますか?

増税? 減税? 資源や人手を求めて戦争をしたり、移民を受け入れたりする?

そんな大層なことをせずとも、もっと素晴らしい方法があると「私」は提言する。この案を採用すれば貧困や財政難は解決し、異教徒は排除でき、結婚率が上がり、新たな産業が生まれ良いことずくめ間違い無し。

「私」と同じ愛国士であるなら、あなたはきっとこの「穏健なる提案」を採用するだろう。

余談だが長い題名をつけることで有名なスウィフトらしく、正式なタイトルは「アイルランドにおける貧民の子女が、その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案」等に訳される。ラノベ作家もびっくりのロングスタイル。



★森於菟 死体置場への招待

https://www.aozora.gr.jp/cards/001977/files/60931_77984.html

整形なんて目じゃない! ベテラン解剖医がお嬢さんだけに教える唯一無二の美を保つ方法、ここに公開。これが無料だなんて、本当にいいんですか!?



★田中貢太郎 前妻の怪異

https://www.aozora.gr.jp/cards/000154/files/45533_41074.html

難産で子供と引き換えに愛する妻を失った竹田は、友人の後押しもあり後妻を娶った。継母はとにかく意地悪で……なんてことはなく、気立てが良く血の繋がらない子供の面倒もちゃんと見てくれる。

悲しみに暮れる竹田にも心安らぐ時間が訪れるが、この幸せを許せない者が一人いた。

個人的には「後味の悪さ」を適量摂取できる良作だが、適量は人それぞれ。毒となるか薬となるかは、読者に判断を任せたい。



★国枝史郎 物凄き人喰い花の怪

https://www.aozora.gr.jp/cards/000255/files/47434_53186.html

スペインはマドリードで幽霊の噂が流れた。幽霊というからには死んでいるのだろうが、何分幽霊ことバルビューは死体が見つかっていないため実際は行方不明扱い。真相を探るため彼と彼の父・コックニー博士が運営していた工場に赴いた調査班は思わぬ発見をする。

さあ、あなたも今宵この秘密の花園へ……とネタバレ無しのあらすじを書いてもタイトルが全てである。幽霊は高名な心霊学者がちゃんと否定してくれるので、ホラーが苦手な人も是非(そういう問題では無いかもしれないが)。



★田中貢太郎 妖蛸

https://www.aozora.gr.jp/cards/000154/files/45542_41099.html

この文量で二度三度猛スピードの急転直下を経験できる、ジェットコースターのような一編。

刺激的で因果がきちんと巡るスッキリ加減はサイダーのよう。疲れたときにいかが。



★小川未明 灰色の姉と桃色の妹

https://www.aozora.gr.jp/cards/001475/files/51030_51605.html

ピンクの服を着て快活で可愛い妹と、グレーの服を着て陰気で地味な姉。妹はとにかく一方的に姉を毛嫌いし、どうにかして別れたがっている。

と、ここまで書くとまるでぶりっこで腹黒な妹が邪魔な姉を追い払おうとする最近のラノベのようだが、実際はそんな甘っちょろいものではない。

妹への異常な執着、妹を追い詰められる場面で見逃してやる寛容さ、道中披露される謎の能力、その全てが底知れない。小川らしい童話の範疇に収まりながら、妹に「戻れ」と「逃げろ」のどちらが適切な助言なのかも分からない不気味さが漂う。

この姉妹の正体は一体なんなのだろう。ぜひ考察してみて。



★小酒井不木 血友病https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/48080_38521.html

医者の村尾が診察したのは、異様な老婆だった。

彼女の家系は代々みな同じ奇病で死に二十歳の頃にはほぼ一家全滅といった体で、一人娘を救うべく彼女の母はキリスト教に改宗した。その甲斐あって彼女は延命し三十、四十、五十と年を重ねなんと今では――――。

科学と宗教、ありがちな勘違い、一種の「病は気から」を支える精神論が混ざった闇鍋のよう。私は美味しく頂いた。



★牧野富太郎 火の玉を見たこと

https://www.aozora.gr.jp/cards/001266/files/47235_29253.html

植物学者の牧野富太郎による火の玉の報告。学者らしく詳細な筆致である。

驚くべきはその回数。なんと牧野は三回も火の玉を目撃している。その場所も見た目も違うと言うから興味をそそられる。私は一度も見たことがないというのに、この差は時代か素質か。こちらの報告も欲しいところ。

科学者が怪異について書き記した文章が好きな人もきっと少なくないはずと推察する。

そういう人は人工雪を開発した中谷宇吉郎の「空飛ぶ円盤」「雪男」「心霊現象と科学」なんかはいかがだろう。



★佐藤垢石 東京湾怪物譚

https://www.aozora.gr.jp/cards/001248/files/46564_39450.html

魚の楽園こと東京湾に住まうちょっと変わった海の生き物について。実在が確実な生物は勿論、不確実な生物もピックアップされているのが味わい深い。

本当にいたのかも、もしかしたら今もいるのかも……そんなロマンが加速する。



★グリム 子どもたちが屠殺ごっこをした話

https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/60029_74607.html

タイトルが全てその2。グロ耐性無い人は注意(とはいえグリムなのでマイルドなはず……)。



★田中貢太郎 月光の下

https://www.aozora.gr.jp/cards/000154/files/45583_41065.html

幽霊は確かに出る。が、それでホラーと呼ぶには余りにも惜しい叙情。

津波で行方不明となった妻を一心に待つ男の話で、日本人なら覚えのある悲痛がありありと蘇るだろう。

大切な人を亡くしてからその人の幻を見ることを悲嘆反応(幻覚)と言う。

例えば東日本大震災後幽霊の目撃情報が相次いだが、見たのが被災者なら「それは脳のこれこれこういう機能がこうなった結果生まれた幻です」と診断できるのかもしれない。

けれど、果たして被災地の幽霊は脳の皺の隙間にしかいないような薄っぺらい存在なのだろうか。

巷では恐怖の対象を科学で説明する話題が何度も盛り上がる。海坊主は鯨の死体、目目連は錯覚etc. 私もその手の話題を楽しみ、楽しむたびに思った。分かるものが分かっただけで、分からないものはたくさんある、と。

そして科学と不思議のあわいに救われる人がいる限り、怪異を取り扱った話は尽きないのだろうとも。

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