WEB限定SS 幸せを探す王子さま
ここまでお付き合いくださった皆さまに感謝の気持ちを込めて。
可愛いフェリオスの真剣なお悩み。
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ぼくが1歳のとき、父と母は亡くなったと聞いた。いま、父となっている人は、本当は叔父で、自分に高等な教育を受けさせるために養子縁組をしたのだと。そのことに感謝しなさいと、祖母は言った。
「わかりました、おばあさま」
そう言うと、彼女はレースの扇子をパタンと閉じた。
「辺境伯代理とお呼びなさい」
「……はい、へんきょうはくだいり」
祖母は厳しい人で、ぼくは彼女のことが少し苦手だった。
記憶の中に、父と母はいない。廊下の一角に飾られた肖像画の中でだけ、彼らに会うことができる。
(おとうさま、おかあさま。どんなこえですか。どんなにおいですか。あいたいです)
心の中で問いかけても、返ってくるのは静寂のみ。涙でぼやける視界の中、彼らは優しく微笑んでいる。
叔父は、親切な人だった。
ぼくの好きな絵本をたくさん買ってくれた。剣の持ち方を教えてくれた。辺境伯代理の前で泣きそうになっていると、なにかしら理由をつけて庇ってくれた。
「いつもありがとうございます。お、おとう、さま……」
お父さま、と呼ぶべきなのだろうか。でも、実の父は星になって空から見守っているらしい。裏切り者だと思われないだろうか。
叔父は、笑っているのに泣きそうな顔で、自分を抱き上げてこう言った。
「無理をする必要はない。お父さまとお母さまにあげる、お花を摘みに行こうか」
大きな体に包まれて、話をするのは楽しい。ぼくは、叔父が好きだ。
でも、彼は留守の時が多い。戦争をするために出かけているのだそうだ。戦争というのがが何なのかはよくわからないけど、使用人たちは、それがぼくの父母を奪ったのだと言った。
叔父は、独身だった。いつも同じ人といっしょにいるけれど、結婚ができない間柄なのだそうだ。
世の中には「事実婚」というものがあると知り、だったら、その人は事実上ぼくの母となるはずだ。
なので、いっしょに城壁の上を散歩したとき、
「おかあさまとよんでいいですか?」
と訊いてみた。
その人は、キレイな笑顔で、でも悲しそうにぼくに謝った。
「すみません、私はあなたの母になることはできません。これまでのように、アースと呼んでください」
風の香りを感じながら、手をつないでゆっくり歩いて、終わりが近づいたころ、その人はそっと遠慮がちに背中を抱いてくれた。
「フェリオスさま。あなたのために、私がしてあげられることは多くありません。でも、私はあなたを大切に思っていますよ」
その言葉が嘘でないことは知っている。つないだ手がとても温かいから。
でも、アースクレイルがぼくと仲良くしてくれるのは、人目のないところだけ。特に祖母がいるときは、必要なことしか話さない。祖母は、アースクレイルにとても冷たくて、見ているぼくまで寒くなってしまう。
この城で一番偉いのは叔父で、二番目に偉いのが祖母なんだそう。
でも、一番影響力が強いのは、祖母だと思う。使用人も、騎士も、叔父でさえ。祖母の顔色を気にしながら暮らしている。
中には、祖母が苦手という人もいると思う。ぼくだってそのひとりだ。でも声に出すのは怖い。どこで祖母が聞いているか分からないから。聞かれたらきっと、あの扇子をぴしゃりと閉じてこう言うのだろう。「伯爵家にふさわしい品格を身に着けなさい」と。
品格というのも、ぼくにはよく分からない言葉で、でもなんとなく窮屈なものだと感じていた。
絵本を読んでいるときだけ、ぼくは自由になれた。
青い空の下を旅して、葉っぱの屋根の下で眠り、鳥や犬や熊や、出会った動物たちとお話する。彼らといっしょにピンチを乗り越えると、ぼくは少し大人に近づいた気持ちになれるのだ。
そんなぼくの秘密を、共有してくれる人が現れた。
叔父の婚約者の、ロアーナお嬢さん。
いっしょに絵本を読みながら、彼女は夢見るようにうっとりと話してくれた。
「絵本の世界は素敵ですね。勇者になることもお姫さまになることもできます。そんな物語が、外国にもたくさんあって、私は外国の絵本の中を旅することもできるのですよ」
「すごいですね。ぼくも、がいこくのえほんをよんでみたいです」
いつかきっとできますよ、そう言いながらぼくの頭を撫でてくれる手は、ちょっとひんやりしているけど温かい。
彼女は、どうしてか叔父にもひんやりとした対応で、それなのに見ているぼくは全然寒くない。周りで見ている人たちが笑顔だからかな。
婚約者というのは、いつか結婚する人、という意味らしいので、ぼくはロアーナお嬢さんに尋ねてみた。
「あの、おばさまとよんでもいいですか?」
ロアーナお嬢さんは、目をパチクリさせている。叔父の妻なのだから、叔母で合っているはずだけど、違うのかな。
「えっと、じゃあ、おかあさま……?」
あれ、返事をしてくれない。ぼくは、また何か間違えたのだろうか。好きな人の悲しい顔は見たくないのに。
ぼくが慌てていると、叔父が大きな声で笑った。行儀悪く、ソファの上で転がってジタバタしている。
「ははは、いいじゃないか、おばさま。今度から、俺もそう呼ぼう。なぁ、ロアおばさま?」
「クマは黙っていてください。
フェリオスさま、私のことはロアと呼んでください。そして今後、あの男のことはクマおじさまと呼ぶことにしましょう」
えぇと、後半はひとまず置いておいて。
「ロア……?」
「はい、フェリオスさま」
ロアは、とっても素敵な笑顔で微笑んでくれた。ぼくは嬉しくなって、その手を握る。
「あのね、ロア。ぼく、とてもけしきのいいひみつのばしょをしってるの。あんないしてあげる」
「まぁ、光栄ですわ。ではお礼に、たくさんおやつをご用意しますね。美味しいものを食べながら、素敵な景色を見ましょう」
叔父が、羨ましそうに言った。
「いいな、秘密の場所、俺にも教えてくれよ」
「ご遠慮ください、クマおじさん。景観が台無しになるではありませんか」
ロアは、叔父をひんやりした目で見下ろしている。
「景観侮辱罪で逮捕ですね!」
「俺はそこまでひどいか……? ちょっと自信をなくしてしまうぜ」
ロアの連れてきた侍女は、新しい言葉を作って遊ぶのが好きなんだそう。なにが面白いのかぼくにはよく分からないのだけど、アースクレイルが口元を押さえて笑っているのが、ぼくにはとても嬉しい。彼の明るい笑顔は珍しいから。
ロアと手をつないで、城壁の散歩コースに行こうとしたら、祖母に出くわした。
なにも悪いことはしてないはずなのに、ぼくはどうしても体が硬くなってしまう。
(どうしよう、ロアが冷たくされたら、ぼくが守ってあげなくちゃいけないのに!)
でも、そんな心配は必要なかったみたい。
「令嬢、フェリオスはまだお勉強の時間のはずですが?」
ロアはにっこり微笑む。この笑顔は、ぼくや叔父に向けるものとは違って、キレイなのに強い。
「はい、お勉強の時間です。外へ出て、兵士たちの生の声を聞くのです。将来の城主たるもの、部下を掌握せねばなりませんから」
「……」
失礼します、とロアは軽やかに祖母に背を向けた。ぼくも慌ててお辞儀をして、ロアについて行く。
「ねぇ、ロア。どこにもいかないでね。ずっと、ぼくとおじさまのそばにいてね」
城壁の上には、冬の冷たい風がびゅうびゅう吹いていたけど、つないだ手はほかほか温かい。みんなが笑顔でいることを思うと、体の中まで温かい。
「フェリオスさま、実は、私からヴィサルティスさまにプロポーズしたのです。あなたと、あの方のそばにいることを、先に選んだのは私なんですよ。だから、ずっとそばにいます」
ロアはぼくを抱きしめて、耳元にそっと囁いた。クマおじさまが調子に乗るから今のは内緒ですよ、と。
ぼくは、ロアの細い背中をぎゅうっと抱きしめ返した。約束するよ、と返事を添えて。
冬のある日。
ロアが来た日から、ぼくの自由は、絵本の外の世界にも広がった。
絵本の王子さまは、色んな動物たちに「幸せとは何か?」と尋ねて旅をしていたけれど、ぼくはそんなことをする必要がない。
暖かい部屋でロアといっしょに絵本を読んで、眠いなと思ったら叔父の大きな手がぼくを抱き上げてベッドに運んでくれる。それを見て、嬉しそうに微笑むアースクレイルや、新しい使用人たち。
そういうのが幸せだということを、ぼくはちゃんと知っている。
星になったお父さま、お母さま。ぼくが会いに行く日まで、どうか寂しがらないで、ぼくたちのことを見守ってください。
おわり
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せ、切ない˚‧º·(˚ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥ )‧º·˚
でも書いてよかった。
そうか、フェリオスはそんな風に思っていたんだ。
5歳は、けっこう色々大人の話が分かる年齢だと思います。
フェリオスのアダルトチルドレンの分類は、たぶん「3.ロストワン」ですね。なるべく周囲と関わらず静かに過ごそうというタイプ。
シャノンとレックには、家族のような村の仲間がいましたが、おそらくのびのびと育ったのはシャノンだけ。レックは、「4.ケアテイカー」というアダルトチルドレンを抱えている気がします。同じ環境で双子として育ちながら、差が出る。その差こそ「個性」であり、ヴィーとロアには、そこを大事にしながら子育てして欲しいなと思います。
↓アダルトチルドレンの概念は、近況ノートでざっと解説しています
https://kakuyomu.jp/users/minoru0302/news/16818093094186400947
呪われ令嬢ロアーナの愛されやり直し譚〜神様は助けてくれないようなので自力で人脈開拓します〜 路地猫みのる @minoru0302
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