逆関ヶ原

第24話 残された豊臣の火種

私の最期は六条河原で迎え、この世を去った。しかし、私の死をもってしても、徳川家康殿の天下は、完全に盤石になったわけではなかった。関ヶ原の戦いで西軍は敗れ、豊臣家の権威は大きく揺らいだものの、依然として豊臣秀頼様は大坂城におられ、その存在は家康殿にとって、決して無視できない「火種」として残り続けた。

私が守り抜こうとした秀頼様は、まだ幼かった。しかし、太閤豊臣秀吉公の遺言により、彼は関白の位にあり、名目上は天下の主であった。大坂城には、太閤が築き上げた莫大な金銀財宝が眠っており、その財力は、再び兵を挙げることも不可能ではないと思わせるほどだった。また、秀頼様には、淀殿という、武勇に優れた女性が母として寄り添っていた。淀殿は、太閤の奥方であり、秀頼様の母として、豊臣家の存続に並々ならぬ執念を燃やしていた。

家康殿は、関ヶ原の戦後、豊臣家への直接的な攻撃を避け、巧みな策略でその勢力を削ごうとした。彼は、秀頼様と、自身の孫娘である千姫との婚姻を推し進め、両家の融和を演出しようとした。これは、表向きは和解の証であったが、その実、豊頼家の血筋に徳川の血を混ぜ、将来的には豊臣家を吸収しようとする、家康殿の遠大な計画の一部であった。

しかし、淀殿は、その策略を承知の上で、千姫を迎え入れた。彼女は、秀頼様の身の安全を第一に考え、家康殿との表面的な協調を保とうとした。しかし、その内では、決して家康殿に膝を屈することなく、豊臣家の再興を虎視眈々と狙っていたのだ。

大坂城には、関ヶ原で敗れたものの、依然として豊臣家への忠義を貫く者たちが集まり始めていた。彼らは、私と同じく家康殿の天下を認めず、いつか再び豊臣の旗を掲げ、家康殿に反旗を翻すことを夢見ていた。彼らは、世間からは「浪人」と呼ばれ、職を失いながらも、大坂城に身を寄せ、秀頼様の成長と、その日を待ち続けていた。

家康殿は、そうした豊臣家の動きを警戒し、常に監視下に置いていた。彼は、豊臣家の財力を削ぐために、各地の普請を命じ、その費用を豊臣家に負担させた。また、京都の方広寺大仏殿の再建を命じ、そこに刻まれた鐘銘の文言を問題視し、豊臣家に言いがかりをつけた。これは、豊臣家を挑発し、戦の口実を作ろうとする、家康殿の周到な策略であった。

私は、もし生きていたならば、家康殿のそうした策略を読み解き、豊臣家への助言を行ったであろう。しかし、もはや私はこの世にいない。私の魂は、遠くから、大坂城の動向を見守ることしかできなかった。

家康殿は、関ヶ原の戦いの勝利によって、天下人としての地位を確立した。しかし、彼の心の中には、常に豊臣家の存在が、大きな影を落としていたに違いない。秀頼様という、正統な豊臣の血を引く者が存在し続ける限り、家康殿の天下は、真の意味で盤石とは言えなかったのだ。

そして、私が死んでから十四年後、その火種は、ついに大きな炎となって燃え上がることになる。

慶長十九年（1614年）、大坂冬の陣が勃発した。家康殿は、豊臣家を完全に滅ぼすべく、大軍を率いて大坂城を包囲した。淀殿と秀頼様は、籠城し、浪人衆と共に、家康殿に最後の抵抗を試みた。

その戦いは、凄まじいものであったろう。私が生きていれば、必ずや大坂城に駆けつけ、秀頼様のために、最後の最後まで戦い抜いたであろう。私の魂は、遠くから、その激戦を見守っていた。

そして、翌慶長二十年（1615年）、大坂夏の陣によって、豊臣家はついに滅亡した。秀頼様と淀殿は、大坂城と共に炎の中に消え、太閤が築き上げた豊臣家は、完全に滅び去った。

私の死後、十四年の時を経て、私が最も恐れていた現実が、ついに訪れてしまったのだ。私が守りたかった豊臣家は、滅び去った。しかし、私の戦いは、決して無駄ではなかったと信じている。私は、太閤秀吉公への忠義を貫き、最後まで正義のために戦った。私の信念は、たとえ肉体が滅びようとも、決して揺らぐことはなかった。

私の存在は、関ヶ原の戦いを語る上で、決して欠かせないものとなるだろう。私は、石田三成。私は、豊臣秀吉公に忠義を尽くし、天下泰平の世を願い、徳川家康殿の天下統一を阻止しようと、最後まで戦い抜いた。私の人生は、確かに悲劇に終わった。しかし、私の魂は、豊臣の旗の下に、永遠に生き続けるだろう。

私の物語は、ここで本当に終わりを告げる。しかし、この歴史が、未来を生きる人々に、何かを伝えることができたならば、これ以上の喜びはない。