第4話 七将襲撃事件

慶長四年、風はますます不穏な匂いを帯びていた。徳川家康殿による露骨な政権掌握の動きは、日増しにその勢いを増し、もはや隠しようのないところまで来ていた。太閤秀吉公の御逝去から一年足らずで、天下の様相はここまで変わってしまうのかと、私は日夜、深い憂慮を抱えていた。


この頃、家康殿は、伏見城から大坂城へとその拠点を移していた。これは、表向きは幼き秀頼様の成長を見守るためと称していたが、その実、豊臣家の本拠地を自らの支配下に置こうとする、巧妙な策略であったことは明白だった。大坂城には、五奉行である私も詰めていたが、家康殿の意図は、私を常に監視下に置き、その行動を制限しようというものだったろう。


私は、この状況に危機感を募らせた。家康殿の専横を許せば、豊臣家の未来はない。私は、小西行長殿、大谷吉継殿といった、私に理解を示す同志たちと共に、家康殿に対抗するための策を練り始めた。私たちは、密かに連絡を取り合い、家康殿の権力拡大を阻止するための方策を模索した。


しかし、家康殿の調略は、我々の想像をはるかに超えていた。彼は、私と武断派の間の深い溝を巧みに利用し、両者の対立を煽り立てた。特に、朝鮮出兵以来、私に対して強い恨みを抱いていた加藤清正や福島正則といった面々は、家康殿の甘言に乗り、私への敵意を一層露わにしていった。


彼らは、私が「算盤奉行」として彼らの武功を軽んじ、厳しく統制したことを、ことあるごとに非難した。彼らの口から出る言葉は、私への個人的な憎悪に満ちており、理性では到底理解し合えないものだった。彼らは、家康殿を「太閤の遺志を継ぐ正統な後継者」と持ち上げ、私を「天下の乱臣」とまで言い募るようになった。


そして、その不満と憎悪が、ついに具体的な行動となって現れる時が来た。慶長四年三月、衝撃的な事件が勃発した。「七将襲撃事件」である。


その日、私は大坂城の自邸で、政務の書類に目を通していた。夜も更け、静寂に包まれた屋敷に、突如として激しい物音が響き渡った。異変を察知し、私が庭に目をやると、篝火の炎が闇夜を照らし、武装した武士たちが屋敷を取り囲んでいるのが見えた。彼らの旗印は、加藤清正、福島正則、黒田長政、細川忠興、浅野幸長、池田輝政、そして蜂須賀家政の七将のものだった。


彼らは、私の屋敷に乱入し、私を捕らえようとした。私は、彼らの突然の行動に驚きはしたが、恐れはしなかった。来るべき時が来たのだ、と直感した。しかし、彼らの目的は、単に私を捕らえることではなかった。彼らの目には、私への底知れぬ殺意が宿っていた。


屋敷の者たちが懸命に応戦したが、多勢に無勢。私は、一刻も早くこの場を離れなければ、命が危ないことを悟った。私は、わずかな供を連れて、屋敷の裏口から脱出した。夜闇に紛れ、私は大坂城内を駆け抜けた。背後からは、七将たちの追撃の足音が迫ってくる。


私は、必死に逃げ惑った。途中、小西行長殿の屋敷に駆け込み、助けを求めた。行長殿は、私を快く迎え入れ、一時的に身を隠させてくれた。しかし、行長殿の屋敷もまた、七将たちの監視下に置かれていることは明らかだった。ここに長く留まることはできない。


私は、次に、佐和山城を目指すことを決意した。佐和山城は、私の本拠であり、何よりも信頼できる家臣たちがいる。しかし、大坂から佐和山までは遠い。家康殿の勢力圏を通り抜ける危険な道程であった。


行長殿の助けを借りて、私は密かに大坂を脱出した。道中、私は、幾度となく七将たちの追っ手と遭遇した。命からがら逃げ延びる日々が続いた。野宿を強いられる夜もあり、疲労困憊の状態であったが、私の心には、豊臣の天下を守るという強い使命感が燃え上がっていた。


ようやく辿り着いた佐和山城で、私は家臣たちの温かい出迎えを受けた。彼らの顔を見て、私は安堵の息を漏らした。だが、安堵は束の間であった。この事件は、私と武断派、そしてその背後にいる家康殿との間の対立を、決定的なものにしたのだ。


この事件は、家康殿の巧妙な策謀を肌で感じさせるものであった。彼は、直接私に手を下すことなく、武断派の私怨を利用して私を追い落とそうとしたのだ。私の命を狙った七将の行動は、家康殿の指示によるものであることは、疑いの余地がなかった。彼は、太閤亡き後の混乱に乗じて、豊臣家臣団を分断し、自らの天下を確立しようと目論んでいるのだ。


私は、佐和山城で静養しつつ、今後の策を練った。このままでは、家康殿の野望を阻止することはできない。私は、家康殿に対抗するための、より強力な勢力を結集する必要があることを痛感した。私の心中には、もはや家康殿との共存はありえないという、確固たる決意が芽生えていた。


この七将襲撃事件は、私にとって大きな転機となった。私は、私を追い落とそうとする家康殿の脅威を肌で感じ、彼との全面対決を覚悟した。来るべき戦の狼煙は、もうすぐそこまで迫っている。私は、この事件を乗り越え、豊臣の天下を守るために、すべてを賭けることを誓った。

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