第10話 小さな探偵と、失くした宝物
リオンが村を去ってから、数日が過ぎた。
ハーモニア村は、またいつもの穏やかな日常を取り戻している。
私も、こむぎ亭のマスコットとして、すっかりこの生活に馴染んでいた。
そんなある日の朝。
エリアの様子が、いつもと違うことに気がついた。
パン作りに身が入らず、ため息ばかりついている。
その顔は、今にも泣き出しそうに曇っていた。
「どうしたの、エリア?」
私が心配そうに「きゅん?」と鳴くと、エリアは力なく微笑んだ。
「ごめんね、ルナ。心配かけちゃって……。実は、大切な髪飾りをなくしちゃったみたいなの」
彼女が指さしたのは、いつも髪を結んでいたリボンが置かれている、小さな小物入れだった。
そこには、彼女が亡くなった祖母から貰ったという、小さな花の形をした銀の髪飾りが、いつもは収められているはずだった。
しかし、今日、そこには何もない。
「祖母の、たった一つの形見だったに……」
エリアの声は、震えていた。
彼女にとって、それがどれだけ大切なものだったのか、痛いほど伝わってくる。
(形見、か……)
前世の私には、そんな風に大切に思えるものなんて、何もなかった。
仕事の資料と、着古した服。
それくらいしか、私の部屋にはなかったのだ。
だからこそ、エリアの悲しみが、自分のことのように感じられた。
「大丈夫だよ、きっとすぐに見つかるって!」
エリアは、自分に言い聞かせるようにそう言うと、パン屋を飛び出していった。
私も、慌ててその後を追いかける。
エリアは、村中を必死に探し回った。
昨日歩いた道、立ち寄った店、村の広場。
思い当たる場所を、片っ端から探していく。
村の人たちも、エリアの事情を知ると、みんなで一緒に探し始めてくれた。
ガルムさんはぶっきらぼうに「どこに落としたんだ、そそっかしいな」と言いながらも、誰より真剣に地面を見つめていたし、セレナさんも図書館の蔵書から「失くし物を見つける魔法」がないか調べてくれている。
(本当に、いい人たちだな……)
私は、そんな村人たちの優しさに、胸が熱くなるのを感じた。
しかし、いくら探しても、髪飾りは見つからない。
時間は無情にも過ぎていき、空はだんだんと夕焼け色に染まり始めていた。
「うぅ……どこにも、ない……」
ついに、エリアは村の広場のベンチに、へなへなと座り込んでしまった。
その瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
もう、諦めかけているのかもしれない。
そんな彼女の姿を見て、私は決意した。
(私が、見つけてあげる)
このまま、エリアが悲しんでいるのを見ているなんて、絶対に嫌だ。
彼女の笑顔を取り戻したい。
その一心で、私は自分の内に眠る、規格外の力に意識を集中させた。
(見つけたい。エリアの大切なものを、見つけたい)
そう、強く、強く念じる。
すると、私の頭の中に、またあのシステム音声が響いた。
《スキル【探索】を発動します。対象を特定してください》
(対象は、エリアのお母さんの、銀の髪飾り)
そう念じた瞬間、私の視界が一変した。
世界から色が消え、モノクロームの風景が広がる。
その中で、一本だけ、きらきらと輝く光の糸が見えた。
それは、エリアの足元から伸びて、村の外れにある森の方へと続いている。
微かだが、確かにそこに存在する、優しい光の軌跡。
(これは……エリアの魔力の残り香?)
この世界の人々は、誰もが微量の魔力を持っているという。
エリアがいつも身につけていた髪飾りには、彼女の魔力が染み付いているのだろう。
スキル【探索】は、その残り香を可視化してくれたのだ。
これなら、見つけられる。
私は確信した。
「きゅん! きゅん!」
私は、俯いているエリアの服の裾を、前足でくんくんと引っ張った。
そして、こっちだよ、とでも言うように、光の糸が続く方へと走り出す。
「え、ルナ? どうしたの?」
エリアは、不思議そうな顔をしながらも、私の後をついてきてくれた。
私は、時々振り返りながら、エリアを導くようにして、光の糸を辿っていく。
光の糸は、村の外れにある、小さな茂みへと続いていた。
茂みの手前で、光の軌跡はぷつりと途絶えている。
きっと、この中だ。
私は、茂みの中を指し示すように、「きゅん!」と力強く鳴いた。
エリアは、私の意図を察してくれたのか、おそるおそる茂みの中に手を入れる。
ガサガサ、と葉っぱが揺れる音。
そして。
「……あった!」
エリアの、歓喜の声が響いた。
彼女が茂みから取り出した手の中には、紛れもなく、あの銀の髪飾りが握られていた。
夕日を浴びて、きらりと優しく輝いている。
「よかった……本当によかった……!」
エリアは、髪飾りを胸に抱きしめて、その場に泣き崩れた。
それは、先ほどまでの悲しみの涙とは違う、安堵と喜びに満ちた、温かい涙だった。
涙が落ち着くと、エリアは私の方に向き直った。
そして、何も言わずに、私をぎゅっと、強く、強く抱きしめてくれる。
「ありがとう、ルナ……。本当に、ありがとう……。あなたが、見つけてくれたんだね」
その腕は、とても温かくて、優しかった。
私は、エリアの胸に顔をうずめながら、心からの満足感に包まれていた。
私の力が、また、大切な人の役に立った。
破壊や支配のためじゃない。
ただ、愛する人の笑顔を守るために、この力は存在するのかもしれない。
私は、この日、Lv.999の本当の使い道を、ほんの少しだけ、見つけられたような気がしたのだった。
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