第9話 商人は美味しいものを知っている

図書館で、賢者のようなエルフのセレナさんと出会った数日後のこと。

村の広場が、いつもより活気に満ちていることに気がついた。


エリアに抱っこされながら広場へ向かうと、そこには大きなテントが張られ、たくさんの村人が集まり、楽しそうな声を上げていた。


「あ、リオンさんが来たんだね!」


エリアが嬉しそうに声を上げる。

月に一度、この村にやってくるという行商人のリオンさん。


テントの前には、村では見かけない珍しい布地や、きらきら光る装飾品、不思議な形をした道具などがずらりと並べられていた。


(へえ、行商人か……)


前世で言えば、移動式のデパートといったところだろうか。

村人たちも、この日を心待ちにしていたのだろう。誰もが楽しそうに商品を眺め、店主と談笑している。


その光景は、見ているだけで心がほっこりした。

平和な日常、万歳である。



「やあ、エリアちゃん! 今日も相変わらず可愛いね!」


テントの中から、快活な声が響いた。

声の主は、狐のような耳と、ふさふさの尻尾を持つ、獣人の青年だった。


人懐っこい笑顔が印象的な、

なかなかの好青年である。


彼が、この店の主であるリオンらしい。


「リオンさん、こんにちは! 今日はどんな面白いものを持ってきたの?」

「ふっふっふ、エリアちゃんが好きそうな、綺麗な髪飾りを仕入れてきたよ!」


リオンはそう言うと、手際よく商品を並べながら、村人たちと会話を交わしていく。

その商売手腕は、なかなかのものだ。


彼は、ただ商品を売るだけではない。外の世界のニュースや、流行りの話といった「情報」も一緒に運んでくるのだ。


(なるほど、この村にとっては貴重な情報源でもあるわけか)


辺境にあるこの村では、外の世界との交流は限られているのだろう。

リオンのような商人の存在は、村の活気を保つ上で、とても重要な役割を担っているのだ。


彼のレベルは25。割と高い方だが、その力をひけらかすようなことはしない。

あくまで商人として、対等に村人たちと接している。そういうところには、好感が持てた。


私がそんな風にリオンを観察していると、ふと、ある商品に目が釘付けになった。

それは、山のように積まれた、真っ赤な木の実だった。


つやつやと輝いていて、見ているだけで唾液が湧いてくる。

何より、その木の実からは、これまで嗅いだことのないような、甘くて芳醇な香りが漂っていた。


(な、なんだあれは……すごく、美味しそう……)


こむぎ亭のパンも最高だが、あの木の実は、また別次元の魅力を放っている。


私は、エリアの腕の中から身を乗り出して、その木の実をじっと見つめた。

その熱い視線に気づいたのか、リオンがにやりと笑いかける。


「おや? その白いモフモフは、この『太陽の実』が気になるのかい?」


リオンは、こともなげに木の実を一つ手に取ると、私の目の前にひょいと差し出した。


「こいつは、南国でしか採れない特別な果実でね。蜂蜜よりも甘いと評判なんだ。どうだい、一つ味見してみるかい?」


(え、いいんですか!?)


私は、目をきらきらさせながら、リオンと木の実を交互に見る。 


エリアは「こら、ルナ。がっついちゃダメだよ」と私をたしなめるが、リオンは「いいってことよ」とウィンクしてみせた。


「こんなに可愛いお客さんへの、特別サービスさ」


そう言って、彼は木の実を私の口元へそっと運んでくれる。

私は、おずおずと、その実に小さな口でかじりついた。


(……っ! おいしいっ!!)


口の中に広がったのは、衝撃的な甘さだった。

濃厚で、でもしつこくなくて、後味はすっきりと爽やか。


果汁がじゅわっと溢れ出し、私の全身を幸福感が包み込む。

こんなに美味しい果物が、この世に存在したなんて。


私は、夢中になって、その太陽の実をもしゃもしゃと食べた。

小さな口で一生懸命に食べる私の姿が面白かったのか、リオンは声を上げて笑っている。


「ははは、こいつは傑作だ! 気に入ってくれたみたいだね」


あっという間に木の実を食べ終えた私は、もっと欲しい、と強請るようにリオンを見つめた。

その姿に、リオンはさらに笑みを深める。


「残念だけど、サービスはここまでさ。続きが欲しければ、ちゃんとお金を払ってくれよな、エリアちゃん」


商魂たくましい、というべきか。

でも、そのやり取りが、なんだかとても心地よかった。


リオンは、私を一瞥すると、何かを考えるように顎に手を当てた。

その瞳は、優秀な商人のそれになっている。


「しかし、こんなに愛らしい動物がいるなんて、この村もまだまだ奥が深いな。こいつをモチーフにした商品でも作れば、王都で一儲けできるかもしれない……」


(え、なんか物騒なこと考えてません?)


私は少しだけ身の危険を感じたが、まあ、悪い人ではなさそうだ。

リオンは、商品の片付けを始めながら、エリアに言った。


「じゃあ、俺はそろそろ次の町に向かうよ。また一月後に来るから、それまで元気でな、エリアちゃん。……それと、そこのモフモフも」


彼は、私に向かってひらひらと手を振ると、軽やかな足取りで村を去っていった。

嵐のような男だったが、彼がもたらした外の風は、この穏やかな村に、新しい彩りを添えてくれた気がした。


私は、エリアに抱っこされながら、太陽の実の甘い余韻に浸っていた。

そして、一月後にまたあの美味しいものが食べられることを、今から心待ちにするのであった。

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