05 チャロアイト:魅惑

その日の夕方、美夜の家にて。

ヒナツとエリコとリョウキは既に帰った様子だった。一気に三人も帰ったせいかリビングは静まり返っていた。その静けさを打ち消すのは、キッチンで洗い物をしている水の音と鍋の煮える音だけ。美夜と璃沙は夕御飯の調理をしており、綺瑠は不貞腐れた様子でリビングの椅子に座りながら二人を見ていた。綺瑠はブツブツと呟く。


「僕もお手伝い…」


しかし璃沙は絶対に綺瑠に手伝いをさせたくないのか、言葉強めに言う。


「お前は表の綺瑠と違って料理下手だから駄目。」


すると綺瑠は頬を膨らませ、椅子の上で三角座りをしていじけた様子で言った。


「できるし…僕にだって…!」


璃沙に突っぱねられる綺瑠を案じた美夜は、こんな提案をする。


「えっと…あ!『広也(コウヤ)』くんと『進也(シンヤ)』くんの帰りがまだだわ。綺瑠さん、メールで伝えておいてくれる?」


そう言われると綺瑠は不貞腐れた顔をやめ、無表情のまま席を立った。璃沙と美夜は「何事か」と目を丸くして綺瑠を見ると、綺瑠は言う。


「お父さんが直々に迎えに行く。」


そう言ってスタスタと廊下に出て、玄関の扉を開ける音が聞こえた。どうやら外へ出かけた様で、璃沙はいつもの呆れ顔に不安を混ぜた。


「美夜、あとは私が作っとくから綺瑠の様子を見てきてくれないか?アイツは非常識だから、誰か付いてないと心配だ。」


「あ、はい。行ってきます璃沙さん。」


美夜は着ていたエプロンを脱いで手を拭き、小走りで外へ向かった。


「いってら~」


璃沙は鍋の具をお玉でかき混ぜながらそう言って美夜を見送った。




美夜は小走りで綺瑠を探していると、綺瑠が近くの公園にいるのを発見。しかも公園の地面に、木の棒で何やら大きな円の様な模様を描いていた。綺瑠の周りには、放課後に遊んでいる小学生達がそれを珍しそうに見ている。不思議な光景に美夜は苦笑してしまうと、綺瑠に話しかけた。


「綺瑠さん、何をやっているんですか?」


「ああ美夜。やっぱり広也と進也を誘き寄せるにはね、これが一番だと思うんだよね。」


美夜が頭にハテナを浮かべると、綺瑠はその円を見つめた。


「ミステリーサークル。自称宇宙人のあの子達なら、この円を見たら飛びつくよ。」


「二人が何歳の頃の話をしているんですか…。それに、あの二人がこの公園を通る前提の話の様な…」


と美夜はそこまで言ったが、綺瑠に手を引っ張られて茂みに一緒に隠れる事に。小さな子供が秘密基地と言って隠れそうなこの茂みで、綺瑠は公園の様子を伺っていた。美夜は綺瑠のやっている事に理解ができず冷や汗。


(一体、裏綺瑠さんは何をしたいんだ…!)


綺瑠が両手をポケットに突っ込みながら真剣に見ている姿を見ると、美夜は癒された様子で微笑んだ。


(やっぱり天然さんなんだなぁ…。可愛いから付き合っちゃおう。)


美夜も同じく茂みから覗くと、綺瑠は言う。


「広也達は空から来るかな?それとも歩いて来るかな?」


真面目にそれを言っているのだろうか、それに対して美夜は微妙な反応。


「歩きしかないですよね?」


そして二人の間に沈黙が走り、美夜は様子が気になって綺瑠を横目で見た。綺瑠が真面目に眺める姿に、美夜は頬をピンクにした。


(例え付き合っていても、もうすぐ結婚する相手だとしても、やっぱり近くにいると緊張してきちゃうな…!)


綺瑠は美夜の視線に気づくと、突然にも美夜の肩を掴む。本当に唐突だった為に美夜は驚くと、綺瑠は覗くのをやめて美夜をその場で押し倒した。思わず「えっ…!?」と美夜が驚くと、綺瑠は怪しいくらいにニヤリと笑った。


「さっきさ、僕との子供が欲しいって言ったよね?」


「き、聞いていたんですか!」


紅潮する美夜に綺瑠は顔を近づけた。すると美夜の顔はどんどん赤みを帯びていく。


「嬉しいんだ。僕も美夜と楽しー事たっくさんしながらね…?美夜をもっと愛したい…そう思ってたの…!」


綺瑠に行く手を阻まれ、髪がくすぐったく美夜の頬を掠る。綺瑠の服からは柔軟剤のいい香りがさり気なくし、それが更に相手を意識させた。美夜は状況を処理しきれていないのか、それともこれから起こる事に思いを巡らせているのか目を回していた。


(た、たた、楽しい事って…アレの事だよね…?アレの事だよね??裏綺瑠さん…!)


美夜は綺瑠の笑みを見ながら、更に思う。


(裏綺瑠さんのこの怪しい笑顔…!間違いない、そういう事考えてる顔だ…!)


「あー、ここがお部屋だったらなー…」


綺瑠はそう言うと、美夜にキスをする。綺瑠の立たせた白衣の襟で横からは確認はできないが、二人は熱いキスを交わしていた。子供達の声が公園に響く中、茂みの奥では濃厚な息遣いがヒソヒソと聞こえる。

暫くして綺瑠が離れると、綺瑠は舌を出しながらも人差し指を自分の口元に添えた。綺瑠は恍惚とした表情を浮かべている。


「【彼】のプラトニックラブに、そろそろ飽きてきたところなんだ。」


美夜は頭が真っ白なのか、何も答えられなかった。綺瑠はそんな美夜を見ると興奮するのか、笑みを浮かべて頬に手を添えた。


「可愛い…!可愛いよ美夜…!僕の美夜…!!」


その時だ。茂みの外で声が聞こえた。


「おお!ミステリーサークルっすよ兄貴!」


「まさか オレ様以外にも侵略者が…?」


その声を聴くと、美夜と綺瑠は現実に引き戻される。美夜は言った。


「し、進也くんと広也くんの声だわ…!」


いい所で邪魔された為か綺瑠はつまらないような顔を浮かべる。


「全くあの二人は。お父さんのエキサイティングの邪魔しちゃ駄目ってあれほど言ったんだけどな。」


それを聞いた美夜は苦笑。


(そんな事、今まで一度たりとも言ってません。)


綺瑠はすぐさま無表情に戻ると、美夜から離れてミステリーサークルの方へ向かった。美夜は鼓動が落ち着くまで待っていると、綺瑠は二人組の男子中学生の前に立った。

片方は髪を束ね、常に笑顔を見せている元気な顔をした活発そうな少年。もう片方は髪を下ろし、クールな表情をしている見た目は大人しそうな少年だった。二人は顔がソックリで、ひと目で双子だとわかってしまう。


「綺瑠っす!」


と言ったのは髪を束ねた少年。綺瑠はその少年に言った。


「進也、僕は今とてつもなく機嫌が悪い。」


ただし棒声で言っていた。進也と言われたその髪を束ねた少年は言う。


「機嫌が悪い?お腹でも空いてるんすか?」


「実は美夜とさっきね…」


綺瑠がさっきの出来事をそのまま言おうとすると、美夜はその先を言わせまいと慌てて茂みから飛び出した。


「待った待ったです!!子供にそんな事教えちゃダメです!」


すると、もう片方の少年は言った。


「あん? てかどーでもいいがこのサークル どっかで見た事あると思ったら裏綺瑠の描く下手サークルじゃねぇか」


「ああバレた?」


綺瑠が棒声で即答する。続いて進也は綺瑠の言う事は無視で嬉しそうな笑顔を見せ、腕でジェスチャーまで入れてウキウキを表現していた。


「さっき、兄貴とカラオケ行ってたっすよ!」


「いいね、家族同士愛し合うのはいい事だ。ましてや双子、愛し合って当然。」


綺瑠がさらっと謎の返答を残すと、美夜は微妙な反応。


「えっと綺瑠さん、カラオケ店を何だと思っているんですか?」


進也は意味が理解できずにポカンとしていた。するともう片方は言う。


「テメェ 相変わらず頭沸いてんな」


進也ともう片方の少年は髪型や雰囲気だけではなく、声色も違った。進也は明るい声色で話すが、もう一人は低めの声色で話す。「頭が沸いている」と言われてしまった綺瑠は、なぜか照れた様子を見せた。無表情ではあるが、少し頬をピンクにしている。


「広也、照れるからあまり僕を褒めないで欲しい…。クールな僕のイメージが崩れちゃうでしょ。」


すると広也は若干イラついた様子をそのクールな表情に浮かべた。


「別にテメェはクールじゃねぇよ」


「またまた…」


綺瑠が言うので、広也はこれ以上言うのをやめた。綺瑠はまだ照れた様子なので広也の調子が狂う。広也も璃沙と似たタイプなのか、綺瑠の言葉に翻弄され呆れや疲れた様子を見せていた。


(コイツの思考が全く読めねぇ…!)


そんな広也を見ると、美夜は苦笑しつつも言った。


「璃沙さんが心配するので、帰りましょう。」


すると一瞬にして無表情に戻る綺瑠。


「そうだね、そうしよう。」


「切り替え早ェんだよッ!」


広也がキレの良いツッコミを入れると、綺瑠は頭上にハテナを浮かべる。進也は諸々無視で笑顔で言った。


「今日の晩御飯が楽しみっす~!」


「わかる。」


ただでさえ会話が入り乱れている状態なのに綺瑠が同調を示すと、広也は言う。


「いいからテメェは元の綺瑠に戻れ」


すると綺瑠は広也をジッと見つめた。広也はその視線に気づくが、綺瑠は無言で見つめるだけ。広也は焦れったく思っていると、長く引き伸ばした末に綺瑠は言う。


「…ちょっとだけだからね…?」


控えめにそう言うので、広也は再びキレる。


「ちょっとじゃなくて永遠になッ!」


すると綺瑠は広也に寄って来て、肩同士を何度もぶつける。それはもうバスケットボールが弾むように綺瑠は広也に突進するのだ。


「どうして?あっちのお父さんより、こっちのお父さんの方がいいでしょ?ねえ、お父さんと愛し合おうよ。」


「近づくなッ!」


遂には二人は言い合いを始めてしまう。いつもの事なのか美夜は苦笑してそれを眺めており、進也は無邪気に笑いながら言った。


「相変わらず兄貴も綺瑠も、下らない事で騒ぐっす!」


進也は常に笑顔なのだが、たまに毒を吐くようだ。

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