04 パイライト:潜在意識

綺瑠が多重人格と聞き、驚いてしまうヒナツとリョウキ。美夜は二人の声量に驚いた様子だったが、戸惑った様子で頷いた。すると我に戻ったリョウキは疑った様子で美夜に聞く。


「た、多重人格って…空想上の何かじゃないのか?」


「本当にあるんです…!」


美夜は若干前のめりになりながらも、二人に真実を伝えようと必死だった。そんな美夜を見た綺瑠は美夜の肩に手を乗せた。僅かにそれに反応を示し、美夜は静かに振り返ると綺瑠は微笑む。


「ありがとう美夜。だけど、そんなにムキになって伝えなくてもいいよ。どちらにせよ、僕がやってしまった事には変わりないからね。」


そう言われると、美夜は困った顔。美夜はまた未来の出来事と今を重ねていた。


(でも以前は多重人格の事を言わなかったせいで、綺瑠さんがリョウキさんに暴力されて…。

最終的には璃沙さんが止めたけど、暴力を働いたリョウキさんは捕まって…。本郷さんと綺瑠さんの仲が険悪になってしまったのよ…!)


歩んできた未来を思い出すと、美夜は焦りからか癖で口を強く噤んでしまう。対しリョウキは美夜の肩に触れた綺瑠を怒りの感情で睨んでいたが、ヒナツは綺瑠との過去を思い出しながら顎に手を当てる。そして神妙な面持ちで口を開いた。


「でもわかるかも…。綺瑠は怖くなる時、人が変わった様に振舞うから。」


「そうなの?」


綺瑠がテーブルに淹れたお茶を出しながら聴くと、ヒナツは頷く。ヒナツは冷汗を浮かべていた。


「急に呼び捨てになるし、酒飲みになるし、ネガティブな話が増えるし、興味のないカジノの話をし始めるし、いつもはしつこいくらい喋るのに無口になるし、変な笑い方するし、もっと頭が悪くなるし…!」


綺瑠は苦笑してそれを聞いていた。


「えっとヒナツちゃん?僕の悪口が混ざってない?」


美夜も苦笑してしまうと、ヒナツは綺瑠との過去を思い出して顔が真っ青に。落ち着く為に淹れた紅茶を一口飲むが、それでも頭痛がするのか頭を抱えた。


「最初は酒を飲んでるからだとか思ってた…!でも翌々考えてみるとね、酒を飲んでない時もそうなる時があったわ…!」


しかし綺瑠は覚えがない為に困った顔をし、それから美夜に聞く。


「あっちの僕って、そんなに今の僕と違うの?」


綺瑠の質問に美夜は悩むように右に首を傾げ…左に首を傾げ、じっくり考えても難しい顔をしていた。


「そうね…。本郷さんの印象とはまた別だけど、繊細で悪戯好きな少年って感じがするわ。」


「そんな訳ないじゃない!?」


と言ったのはヒナツ。一体何をされたらそう断言出来るのだろうか。美夜もヒナツの印象とは違うのか目を丸くすると、ヒナツは目を剥いて恐怖を覚えた表情を見せた。


「仮に多重人格だとしたら、その綺瑠は本当に気味悪いのよ…!悪魔よ悪魔…!二度と出てきて欲しくない人格だわ!」


そう言われると綺瑠は胸に謎のつっかえを感じ、胸に手を当てて首を傾げた。


「なんか違和感がする…」


美夜はその言葉に、ある『兆候』を感じたのか焦った様子を見せる。


「裏の綺瑠さんが傷ついているんだわ…!本郷さん、これ以上言ったら裏の綺瑠さんが泣いてしまいます…!」


「泣け泣け!私はあの綺瑠が大っ嫌い!」


ヒナツは構わずブーイングするように言うので、綺瑠は苦笑で流そうと耐えていた。耐えているためか表情筋が地味にヒクヒクと動く。しかし耐え切れなかったのか綺瑠は俯くので、美夜は冷や汗を浮かべた。「やってしまった。」と言わんばかりの表情を浮かべる美夜。


「あ、【ひっくり返る】かも…」


美夜の言葉にヒナツとリョウキは首を傾げ、綺瑠の様子を見守った。綺瑠の様子がなんだか変、二人はそう感じた。

無論、二人の予感は正しかった、穏やかな綺瑠が、急に不穏な声色で笑い始める。


「フフフフ…!」


次に綺瑠は白衣のポケットに手を入れると、天井を見上げて高笑いした。


「アハハハハハッ!いいよヒナツ、もっと言うがいいさ!」


突然の綺瑠の変貌により場は白け、綺瑠の笑いだけがリビングに残る。しかし三人はタイミング良く、綺瑠に対する感想が出た。


「「「は…?」」」


三人の気持ちは要約すると「何を言ってるの?この人。」である。責められたはずなのに「もっと言え」と言っているからだろう。綺瑠は美夜に振り返り、両手で美夜の手を包む。そして無表情ではあったが、瞳の奥を輝かせて綺瑠は言った。


「聞いた美夜…!?僕が「悪魔」だって、「大嫌い」だって。きっと僕が【彼】よりもヒナツに強く想われている、そういう証拠だよね…!」


綺瑠のよくわからない思考に、ヒナツとリョウキの疑問符は更に量を増す。完全に置いてけぼりだ。流石の美夜も苦笑だった。


「えっと…恨まれていてもいいの?」


三人の反応は気にも留めていないのか、綺瑠は強く頷く。


「だって彼より、僕の方が目立ってるって事だもの!僕は彼より上になれたんだ!」


よくわからない事で嬉しそうにする綺瑠に、ヒナツは思い出したように呆れ顔を浮かべた。


「あー、そういう面倒で弄れた所もあったな。」


「意外と目立ちたがりなんです…」


美夜が言うと、ヒナツは浮かない顔で綺瑠を見ていた。ヒナツは綺瑠との過去に悪い思い出があるせいか、美夜の様に笑っていられないようだった。例え苦笑だろうがだ。

するとリョウキは表情を一瞬にして険しくし、席を立って綺瑠に近づいた。綺瑠は動き出したリョウキに気づくと、リョウキは綺瑠の胸ぐらを掴んで顔を近づける。リョウキは歯を食いしばりながらも綺瑠を睨みつけていた。


「お前が姉貴を傷つけた人格か…!」


綺瑠は唐突に胸ぐらを掴まれても無表情で、襟を掴むリョウキの手を見下ろす。そして剥がそうとするが、リョウキが揺すってそれをさせてくれない。すると綺瑠は軽く溜息。


「だから謝罪したじゃない、彼がだけど。」


「アァ!?」


綺瑠の態度にリョウキは強い怒りを覚えたのか、綺瑠の背を思い切りテーブルに叩きつける。綺瑠は筋肉量は一般よりは多く体格はいい方だが、同じく筋肉をつけたリョウキはそんな綺瑠を片腕の力だけでテーブルの上にねじ伏せた。綺瑠が抵抗しなかったのもそうだが、リョウキの力もだいぶ強いだろう。ちなみに胸ぐらは掴んだまま。

叩きつけた衝撃でテーブルの上にあった紅茶がこぼれたが、幸いカップが床に落ちる事はなかった。今にでも暴力はたまた喧嘩が始まりそうな雰囲気に、美夜は顔を真っ青にする。


(ダメ…!以前と似た展開になっていく…!このままじゃリョウキくんが綺瑠さんに暴力を…!)


綺瑠は相変わらず無表情だった。


「物が壊れたらどうするの?彼に僕が暴れたものだと思われるじゃない。」


「関係ねぇッ!舐めた野郎だな…!!」


リョウキは綺瑠に拳を向けて振り下ろそうとするので、美夜は思わず言い放つ。


「やめてリョウキくん!」


しかし怒りに溺れたリョウキは、それが例え好きな相手の声だとしても届かない。そして拳が振り下ろされそうとした瞬間、リビングに璃沙がやってくる。璃沙はリビングの様子を見るなり危険を感じた様子で表情を歪め、二人の方へ小走りする。

そして自分に搭載された機能『スタンガン』を使用、人が気を失う程度の電流を腕に纏うものだ。それをリョウキに浴びせ、感電したリョウキは気を失ったのか倒れた。

大事にならずに済んだ為か、美夜は安心した様子で目を丸くする。


(璃沙さんの登場が以前より早かった…?いや…リョウキくんが綺瑠さんに掴みかかるタイミングが、多重人格の話をしていたせいで遅れたんだわ。)


リョウキは綺瑠に覆い被さるように倒れると、綺瑠は自分の顔の真横に倒れているリョウキを見てキザ風に言う。


「僕と接吻するだなんて…十年早いよ。君はテーブルとするのがお似合いさ。」


「いや!接吻って何の話だよッ!」


璃沙は怒った表情でリョウキを引き剥がすと、綺瑠は解放された為に起き上がった。綺瑠は肩の埃を叩き落としながら、無表情のまま言う。


「ん?倒れる瞬間が、まるで僕に接吻を迫っているように見えてね。」


それを聞いた璃沙は疲れるのか呆れ顔をし、怒りを見せながら頭を抱えた。


「お前は馬鹿かっ…!」


リョウキは感電させられたものの、誰も怪我をせず事が収まり美夜は安心。あまりの安堵に腰を抜かしてしまい、ヒナツは璃沙のスタンガンに驚いたのかリョウキが倒れたのを呆然と見つめていた。それを見兼ねて璃沙は言う。


「安心しろ、気を失っただけだ。」


「え、ええ…」


ヒナツはそう返事をすると俯いた。綺瑠はヒナツの傍にいる少女エリコに気づくと、優しい足取りで近づいた。エリコも気づくと、綺瑠を見上げた。


「久しぶりエリコ、大きくなったね。」


「パ…」


綺瑠がエリコの頭に手を伸ばすと、ヒナツは一瞬にして正気に戻ったのか凄い剣幕で言い放った。


「エリコに触らないでッ!!」


必死な一言に聞こえるが、人によっては怒鳴っているようにも聞こえる。それほど綺瑠に危険を感じているのだろう。ヒナツの声にエリコが驚いてしまう始末だ。リョウキに睨まれてもヒナツに怒鳴られても綺瑠は無表情のままだ。まるで何も感じていない…そう思わせる。

綺瑠は声を挙げたヒナツの方を見ると、エリコに触れるのをやめて下がった。綺瑠はヒナツを見つめたまま言う。


「ごめんねヒナツ、僕は君に悪い事をしてしまった。君を傷つけたのは僕だ。だけど僕を恨んでも、彼の事は恨まないで欲しい。彼は純粋に、君と仲良くしたかった…ただそれだけだから。」


綺瑠の頼みとも言える言葉に、ヒナツは目を逸らすように黙り込んでいた。拳が白くなるほど強く握り、ヒナツの悔しい感情が伝わる。それらを璃沙は黙って見ていたが、やがて綺瑠に言った。


「ほら、リョウキを運ぶのを手伝え綺瑠。」


そう言われると、綺瑠は急に不貞腐れた表情。無表情を貫く綺瑠の人格が、今日初めて見せた表情だろう。


「倒したのは璃沙なのに…」


「いいから手伝え!」


璃沙に叱られると、リョウキを運ぶのを手伝った。二人でリョウキの肩を支え合うと、綺瑠は不貞腐れた表情のまま言う。


「重い、岩石みたい。」


「文句言うな。」


こうしてリビングから退場していく璃沙と綺瑠とリョウキ。美夜はその漫才地味た二人を目を丸くして見ていた。

その頃にはヒナツは落ち着いた様子に戻っており、話題を変えて美夜に笑みを向けた。


「そう言えば白原さん、あの【病気】は完治できたの?」


その言葉に反応する美夜。この話はあまり好きではないのか、美夜は急に浮かない様子になる。


「い、いいえ…。」


ヒナツは一つ頷き、窓の外を眺めながら言った。


「人並みの寿命を得られない代わりに、超能力を得てしまう病気…か。信じられないけれど、生物学者の綺瑠がそう言ってんだから真実でしょうね。」


美夜は話しづらい様子で黙っていると、ヒナツは「ふふっ」と笑った。


「私も欲しかったな、その能力。そしたら、あんな男に引っかからなかったのに。」


「寿命が縮んでも…ですか?」


美夜が浮かない様子になるのは、この理由も大きいだろう。自分の人生が短い事を知るのは、まだ大人になったばかりの美夜には厳しい現実なのかもしれない。眉を困らせながら質問すると、ヒナツは更に笑う。


「ああ、それはちょっと嫌だな。…エリコもいるし。」


ヒナツはエリコを抱いて自分の膝に座らせ、頭を撫でた。エリコは返事をする事もヒナツに戯れる様子もなく、始終大人しくしている。美夜は小さな子供のエリコを見ると前向きになれるのか微笑んだ。


「私もいつか、綺瑠さんとの間に子供が欲しいな。どんな子になるだろう?」


思わず呟いた一言に、ヒナツは意外そうに目を丸くして黙り込む。それから美夜の気持ちを悟ったのか、ヒナツも微笑んだ。


「もう。白原さんは本当に、綺瑠にゾッコンみたいね。」


そう言われると美夜は無邪気に笑い、ヒナツも一緒に笑う。

それらをリビングの前で眺めている綺瑠と璃沙。綺瑠は美夜の言葉に興奮した様子を見せており、頬をピンクに染めていた。そして自身の身体を両腕で包みながらも小声でブツブツと呟く。


「美夜…。美夜を今すぐにでも部屋に連れ込んで×××したいよ××××…!」


ピー音を行使する綺瑠。すると璃沙呆れた様子で、綺瑠の額に軽く拳を置いて言う。


「欲を丸出しにするな、この馬鹿。」


見事璃沙は綺瑠のお目付け役をしていた。

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