03 ミルキクォーツ:寛大さ

「え?」


美夜の口から出た衝撃の真実により、綺瑠は理解が追いつかずに目を丸くした。璃沙も信じられない表情を見せていた。時計の秒針だけが響くほど場が白けると、綺瑠は一度落ち着いてから声を出した。


「毎回元カノに殺されかけてるって…どういう事?」


美夜は冷静に考えてみると、確かに変な内容に思えてくる。考えれば考えるほど、脳は未知なる宇宙へ放り出されたような気にさせる。美夜は思考した末に、遂に頭を抱えた。


「確かに、どんな式場で式を挙げても登場するし、なんだか狂気的だし…三度目は爆弾も使ってきたし…綺瑠さんの元カノって一体何者!?」


錯綜した情報に負けた美夜が口に出すと、璃沙は混乱状態の美夜を放置できず理由を考えてみる。横目で綺瑠を見ると璃沙は閃いたのか、冷静な様子で話を進める。


「綺瑠はよく貢ぐからな。大金渡してるなら爆弾くらいなら仕入れられるんじゃないか?」


綺瑠は一瞬だけ考える仕草を見せたが、すぐに太陽の様に明るい笑顔を向けた。


「元カノ三十人以上いるから誰だか検討もつかないや。」


本当にお気楽なのか思った事がすぐ口に出てしまうのか、綺瑠は思考する二人に対し思考時間が非常に短かった。その上綺瑠の言う話は二人とも好きじゃないのか、場の空気が凍える。綺瑠は気にも留めずに首を傾げると、少しずつ思考を広げて上の空で呟く。


「でもおかしいなぁ。みんな良い子だと思ったんだけど、殺人をするような子達じゃないと僕は思うな。」


綺瑠は次にいつもの笑顔を見せたので、美夜は変に思って言う。


「えっと…。コトネって女性と、マヒルって女性なんですが…。」


美夜が元カノの名前を挙げると、綺瑠は思い出すような仕草も見せずに即答した。


「『朝露(アサツユ) コトネ』ちゃんと、『乙木(オトギ) マヒル』ちゃんだね。両方僕の元カノだ。」


元カノが三十人以上いたとは思えないほど思い出すのが早い綺瑠。それは綺瑠が一人一人の女性に真剣に向き合ってきた証明だろう。


「やっぱり…!」


美夜は顔を真っ青にして言うと、お気楽そうにしていた綺瑠はやっと難しい顔を見せた。しかし綺瑠の中では納得が出来てないのか、不思議に思う表情。


「二人共【付き合ってた頃】は本当に良い子だったよ?」


そう言われると美夜は更なる違和感を覚える。そんな美夜を見かねて璃沙は聞いた。


「えっと…じゃあ別れた後は?」


「マヒルちゃんには怒鳴られて卵投げられちゃった。コトネちゃんはねー…、怒りに任せて包丁で刺されそうになったかな?両親に止められていたから無傷で済んだけど。

二人共、僕の土下座が気に入らなかったみたい!」


綺瑠の笑顔での告白に二人は背筋が凍る。どう元カノ達を扱えば刺されそうになったり、土下座する事態に陥るのか二人には検討もつかない。璃沙と美夜は思っていた。


(何コイツ…元カノに殺されそうになった話を笑顔で話せる神経…。)


(なぜ土下座…?それに、良い子だった人を狂気的に怒らせるって…綺瑠さん一体何を…。)


美夜は確認がてら聞く。


「そ、それで…他の元カノさんから別れた後、何かされました…?」


「マヒルちゃんと似た感じの人が多かったよ。他だと…僕と顔を合わせたら発狂しちゃう子とか。勿論、普通に接してくれた子もいたよ!」


普通に付き合って別れたのならば、そんな経験はしないはずである。綺瑠の思いとは別に、彼は彼女達にロクな事をしていないのだろう。どこからツッコミを入れればいいのやら、思わず美夜はツッコミを入れた。


「いや!何をしでかしたんですか綺瑠さん!」


「ん?それは…」


話はいい所だったが、そこで家のインターホンが鳴る。一同は地下にいるので一階を見上げるようにして音に気づいた。そして一番に動き出したのは綺瑠で、小走りで地下を出る。


「おっと誰だー?」


美夜も気になって一緒に付いていくと、綺瑠は玄関の扉を開く。

するとそこには一人の青年と、小学生低学年くらいの女の子と手を繋いだ女性の計三名。女性は綺瑠を見ると、手を振って笑顔。


「綺瑠じゃない、今日は仕事かと思ってた。」


気をしっかりと持っていそうな声をした女性。綺瑠はヒナツの笑顔を見て不思議そうに目を丸くしたが、次にニッコリ笑顔を見せる。


「『ヒナツ』ちゃん、美夜に逢いに来たの?『エリコ』も連れてさ、小学校の帰りかな?」


するとヒナツと呼ばれた女性は、笑顔のまま眉を困らせた。


「まあそんな感じ。でも会いに来たのは私じゃなくて、弟の方。」


それを聴くと綺瑠は青年の方を見る。綺瑠より身長の高い男性、年齢は十七か八くらいで頬に絆創膏をつけている。男性は綺瑠を非常に警戒しているのか、声色を暗くして眉を釣り上げた。


「姉貴に近づくなよ。」


「『リョウキ』くんも、僕の大事な嫁に近づかないでね?」


綺瑠の笑顔に、リョウキは舌打ちをすると言った。


「お前の様な男が、女を幸せに出来る訳ないだろ!美夜さんは俺が幸せにする!」


「さてどうだろうね?今は僕と一緒にいた方が幸せなんじゃない?」


すると綺瑠とリョウキの間に、火花が飛び散る。どうやら二人は恋のライバルの様だ。綺瑠は満面の笑みで、リョウキは綺瑠を虎の様に睨みつけていた。

それを遠くで苦笑しつつ見ている美夜。ヒナツは廊下に立ち尽くした美夜に気づくと笑顔で手を振った。美夜も微笑んでお辞儀をすると、ヒナツは男二人に言う。


「そこで熱くなってるのはいいけどさ、家に入れてくれない?男は熱っ苦しくてしょうがないわ~。」


美夜はその言葉にクスクスと笑ってしまうと、綺瑠は言った。


「わかりました、上がってどうぞ。」


「ありがと!」


ヒナツは綺瑠を横切って家に入った。ヒナツと一緒にいる少女も家に上がり、ヒナツに大人しく付いていく。リョウキも上がったが、ずっと綺瑠にガンを飛ばしている。当の綺瑠はリョウキに目もくれずにリビングのキッチンへと向かった。

美夜とヒナツは並んでリビングに向かっている。


「まさか『本郷(ホンゴウ)』さんが来るとは思いませんでした。」


「最近弟がさ、『白原(シラハラ)』さんに夢中なのよ。」


それを聞いた美夜は純粋に驚いた顔。


「えっ、私に…!?」


ヒナツは深く頷くと、笑みを浮かべて続けた。


「私的には、あんな男より弟の方がいいと思うわよ?どう?弟と少しお付き合いしてみてよ。」


「あんな男って…綺瑠さんを悪く言わないで欲しいです…。」


美夜は困った顔になると、綺瑠は笑みを見せたまま言った。


「ヒナツちゃん、そういうのやめて欲しいな。」


「なんで?綺瑠と結婚したら白原さん絶対に不幸になっちゃうわ。綺瑠の元カノだった私が保証する。」


どうやらヒナツは綺瑠の三十人以上もいた元カノの一人らしい。ヒナツに言われた綺瑠は焦った様子困った顔をし、軽い弁明を行った。


「あれから僕だいぶ変わったよ!?だから大丈夫だって、信じてヒナツちゃん!」


ヒナツは怪しく思ったのか目を細め、綺瑠を見つめる。綺瑠は緊張した様子で真面目な顔を浮かべ、ヒナツを見つめ返していた。ヒナツは綺瑠を試すつもりなのか、次の様なお願いをした。


「笑ってみて?」


「うん。」


ヒナツの指示に綺瑠は満点の笑顔を見せると、ヒナツはその笑顔が苦手なのか顔を引き攣った。


「うっげ…」


理不尽にもそう言われると、綺瑠は苦笑。


「笑っただけでなによその反応…。」


リビングに到着するとテーブルを囲うようにお客一同は席に着き、綺瑠と美夜がキッチンでお茶を用意する。美夜は何度考えても不思議なのか、綺瑠に聞いた。


「本当に他の元カノさんと言い、ヒナツさんの事と言い…綺瑠さんは一体何をしでかしたんですか?」


すると、それを聞いていたリョウキは言う。


「知らない方が身の為だ。…いいや、この男のドス黒い本性を知る為には知った方がいいかもしれないな。」


「黒くないよ、髪は黒いけど。」


綺瑠の言葉に美夜は苦笑し、ヒナツは微妙な顔をして言う。


「綺瑠との過去はあまり思い出したくないなぁ…」


「じゃあ姉貴は少しの間耳を塞いでいてくれ。」


「別にそこまで気を使わなくてもいいけど…」


ヒナツは口を尖らせて言うと、耳を塞がずにテーブルに寝そべった。美夜は話が気になるのか綺瑠を見つめると、リョウキは咳払いをして一同の注目を集めた。


「この男…『奈江島(ナエジマ) 綺瑠』は、付き合っていた三十人以上の彼女に、聞くも恐ろしいほどの【暴力】を奮っていた。」


それを聞いた瞬間、美夜は心当たりがある様な表情で反応。対し綺瑠は全く覚えのない様子で眉を困らせた。


「暴力…確かに僕はしたのかもしれない。でも僕は覚えてないよ、そんな事。」


それを聴くと、ヒナツは机を叩いて思わず立ち上がった。


「ハァ!?忘れたとは言わせないんだけど!!アンタに付けられた傷跡、六年経った今でも残ってるんだけど!!」


急に声を荒らげたヒナツに美夜やエリコが驚くが、綺瑠にはノーダメージなのか首を傾げた。


「ああ、あの傷?正直な話、いつ付けたか覚えてないんだ。」


ヒナツには綺瑠がシラを切るサイコパスにしか見えないのだろう、鳥肌が立ち恐怖を覚えた顔。美夜は心当たりがある為か、慌てた様子で仲裁する。


「えっと…!綺瑠さんは本当に覚えていないんです!」


美夜がそう言ったので、ヒナツとリョウキは反応した。


「なぜそう言えるんだ?」


リョウキの問いに、美夜は真摯な様子で言った。


「信じられないかもしれないけれど、落ち着いて聞いてくださいね。」


どんな答えが返ってくるのだろうと二人は思いつつ頷くと、美夜は続ける。


「綺瑠さんは、…【多重人格】なんですよ!」


それを聞いた二人は、予想の右斜め上だったのかポカンとしてしまう。綺瑠はそんな二人の様子を瞬乾をして見つめていた。時が止まった様にポカンとする二人、動きがあるのは綺瑠の瞬きとキッチンの電気ケトルから上がる湯気だけだった。

二人はやがて声を上げて驚いた。


「「多重人格!?」」

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