02 ハウライト:平和
美夜が気づくとそこは見知った屋内、ここは美夜の住む家のリビングだ。
ドレスを着ていたはずの美夜は私服を着ており、更には切られたはずの喉も何事も無かったかのように元に戻っていた。容姿は変化したままだったが、それ以外の景色や身なりは大きな変化を見せていた。
美夜はリビングの椅子にちょこんと座っており、テーブルの向かい側では綺瑠が幸せそうな笑顔で話をしていた。綺瑠は白衣を身に纏っており、手元には結婚式場が紹介されている雑誌があった。
「この式場とかどうかな?あ、ここもいいね~!美夜はどれが好み?」
美夜は出来事を整理する為に暫く呆然としていたが、綺瑠の言葉に気づいて返事をする。
「え、えっと…こことか?」
「確かにここもいいね!日本じゃ物足りなかったりするかな?海外で挙げるのもいいかも!
…あ、そうだ!新郎がヒーローみたいにババーンと登場しちゃうとか!サプライズ満載で良くない!?」
ワクワクを抑えきれない綺瑠の無邪気な声。そんな綺瑠の笑顔を眺めつつ、美夜は呆然とした気を抱えたまま胸に手を当てた。
(帰ってきた、『過去』に…。)
美夜の返事がない事に違和感を覚えた綺瑠は、美夜の様子を確認する。美夜の変わった容姿を見ると、その意味を知っているのか目を見開いて思わず席を立った。
「その容姿…。美夜、まさか【能力】を使ったのかい!?」
綺瑠は驚いたのと同時に、どこか憂いの表情を浮かべていた。そう言われても美夜は比較的落ち着いており、苦笑を浮かべる。
(これ、いつもの展開…。この後軽く説教されて、【生命検査】するのよね…。)
何も答えない美夜に、綺瑠は困った顔を見せた。
「駄目だよ美夜、その能力は無限に使えるものじゃないんだから。何度も言うけどね、その能力は使い方を誤れば美夜の寿命が沢山縮んでしまうんだよ。」
事情を知らない綺瑠は美夜を諭したが、深い理由があって能力を使用した美夜は心外に思う。
(仕方ないじゃないですか、そのまま死ぬ訳にもいかないし…。)
綺瑠は美夜の様子を見ると軽く溜息。それは呆れではなく心配の溜息で、その感情を美夜に強くぶつけまいと耐えている溜息だった。それから席を立つと、廊下に向かって歩き出す。
「美夜の寿命が縮んでいないか、これから生命検査をしよう。地下の研究室まで一緒に来て。」
「は、はい。」
美夜もせっせと席を立つと、共にリビングを出た。
廊下は人が横に四人並んでも余るくらいの広さだが、すぐ近くの角を曲がった先の地下への道はひと一人しか通れないほど幅の狭い階段だった。その上に天井も低く薄暗い為、初見で向かうなら怖さを感じる者もいるだろう。そんな階段を二人は降り慣れているのかさっさと降りていく。
その途中、綺瑠は質問した。
「時を巻き戻したの?それとも進めたの?」
「も、戻ってきました…」
申し訳なさそうに美夜が言うと、綺瑠は続ける。
「どのくらいの期間?数分?時間?それとも何日?」
「えっと…半年くらい…」
その言葉を聴くと、綺瑠は理解が追いつかないのか頭を抱えた。
「半年?一体何があったの?」
「それは言いづらいと言いますか…」
「なら深くは聞かないけど。」
地下へ続く狭い階段を降りた先に、天井の白熱球に照らされた扉が一つあった。綺瑠は扉のドアノブに手をかけ、扉の先へと二人で進む。
扉の向こうの部屋は先程の薄暗さとは対照に、LEDのライトの光が電灯が部屋全体を隙間なく照らしていた。部屋は端からは端までシャトルランができるくらいに広く、天井も通常の部屋のひと回りからふた回りほど高い。そんな広い部屋だが、大小様々な謎の機械やら机やらで埋め尽くされている。床には歩く度に踏んづけてしまうくらい、敷き詰めるように紙が散乱してた。
そんな部屋の真ん中で、機械を弄っている金髪の女性がいた。金髪長髪に青い目、耳を覆うほどの大きなイヤホンにはアンテナが付いていた。彼女も白衣を着ており、アソートカラーは緑。
彼女は機械を作るのに夢中だ。それを見た綺瑠はニッコリと笑むと、コッソリ彼女の背へ近づいた。すると女性は振り向く事なく、機械を弄りながらも言う。
「綺瑠、いるのは分かってんだぞ。」
しかし綺瑠は気にも留めず、後ろから抱きつくように飛びついた。
「おはよう【璃沙(リサ)】!」
璃沙と呼ばれた女性は、飛びつかれると一瞬にして顔を真っ赤にする。それを見てしまった美夜は妬けているのか頬を膨らませた。一方璃沙は照れた様に頬が赤くなってはいるが、それに反して綺瑠を剥がす。
「馬鹿!婚約者が目の前にいるのに他の女に飛びつくかよッ!」
怒鳴られてしまったが、綺瑠は反省した様子もなく目を丸くした。
「【家族】に対する挨拶だよ。」
璃沙は呆れて首を左右に振る。
「挨拶で額にキスしたり、人に飛びつくのは普通じゃないからな。」
それでも綺瑠は悪びれずに無邪気な笑顔を見せた。
「普通とか関係ない!僕は僕のスタイルを貫くよ!」
璃沙は相手をするのも疲れるのか、頭を掻いて面倒そうに溜息を吐いた。そんな二人を傍観しつつ、美夜は苦笑する。
(綺瑠さんの家族に対する待遇は…ちょっと妬けちゃうから直して欲しいかな…。)
「【ロボット】の相手してないで、人間の相手しろ。」
そう言って璃沙は二人に背を向け、リモコンの様な機械を出して動作確認をしている。璃沙に言われてしまった綺瑠は首を傾げた。
「璃沙はロボットでも僕のかけ替えのない家族だから、人間じゃなくても沢山相手するよ?」
璃沙はどうやら人間ではなくロボットの様だ。璃沙の表情は無愛想で頬をピンクにしていたが、やがて通常の表情に戻った。
「どうせ今から美夜の生命検査だろ。お前のやる事なんて、電脳璃沙様にかかれば一発でお見通しだ。」
それを聞いた綺瑠は目を輝かせた。その眼差しは、まるで好奇心に満ち溢れた子供の目。
「凄い!どうしてわかったの!?超能力が使えるヒーローだ!」
それに対して、美夜は自身の容姿を見て思う。
(容姿が戻ってないから能力を使った事がバレたんだろうな…。あと数分くらい待ったら戻るかな?と言うか、綺瑠さんは誰にでも『ヒーロー』って言い勝ちだな…口癖なんだろう。)
綺瑠の好奇心の目を見るなり、璃沙は言った。
「ヒーローな訳あるか!この夢見勝ちの大人!」
「あ、ごめん。僕がヒーローだったね!」
そんな綺瑠の花畑とも言える発言に、璃沙は調子が狂うのか頭を抱える。
「お前がヒーローな訳ないだろ!」
「えぇ~。」
綺瑠は不服な様子。続いて璃沙は得意顔で言った。
「ま、美夜の事がわかった理由、教えて欲しけりゃ金寄越せ。」
「うん!何万円!?」
いつもの事なのか、綺瑠は既に財布を出していた。美夜は慌てて綺瑠を止める。
「ちょっと落ち着いてください綺瑠さん!ヒーローはお金なんて渡しませんよ!」
「賄賂系ヒーローだから!」
綺瑠は目を輝かせて言うので、美夜はドン引き。
(それはヒーローのする事じゃない…)
美夜は綺瑠を説得するのを諦め、相手を璃沙に変えた。
「璃沙さんも、綺瑠さんからお金を巻き上げようとしないでください…!」
「いいじゃないコイツ金持ちなんだし。」
間髪も入れずに璃沙が言うと、美夜は微妙な反応。
璃沙は手に持っていたリモコンのスイッチを押すと、奥にある大きな機械のランプが点滅。それと同時に璃沙の青い目も連動するように緑色に一秒ほど点滅した。
「準備出来たから、綺瑠は採血よろしく。」
「はーい。」
綺瑠はそう言うと、奥の棚から颯爽と注射器と止血帯を取り出す。璃沙も大きな機械から別の小型機械を取り出しているのを見て、美夜は苦笑。
(切り替えが早いな…二人共…)
綺瑠は美夜の腕に止血帯を装着し、肌を拭いてから注射で血を抜いた。璃沙は美夜の服の下にその機械を突っ込み、胸辺りに当てて何かを測定している。その間に綺瑠は、採血した血を別の容器に移し替えて大きな機械へかけた。璃沙も測定を終えたのか、その機械を持って綺瑠の隣へ。美夜には理解できない作業や工程を経て、二人は機械の前で何やら話していた。
その間に、美夜の容姿がいつも通りに戻っていく。美夜は素早く検査をする二人を見て、目を丸くしていた。
(二人共、相変わらず慣れた手付きだな。【生物研究所】の研究員さんなのに、採血も出来ちゃうなんてまるでお医者さんみたい。)
美夜は含み笑いをして眺めていると、綺瑠が機械の前で頭を抱えているのが見える。美夜はそれに目を丸くすると、璃沙は美夜を見た。
「美夜は生まれながらに寿命が短いってのに、更に寿命を縮めるとはな…。何が美夜をそこまで動かすのか。」
そう言われると美夜は黙り込み、璃沙は続けた。
「三年だ。検査結果は以前と比べて約三年、美夜の寿命が縮んだと出た。このままだと、今から約五年しか美夜は生きれないぞ。」
予想外の結果だったのか、美夜がそれに驚いてしまうと綺瑠は美夜の様子を見る。綺瑠は柄にもなく切ない表情を浮かべていた。
「美夜…一度のタイムスリップだけで、こんなに寿命が減るとは思えない。何度かタイムスリップを行っているんじゃないの?」
図星なのか美夜は反応をする。
(二度目のタイムスリップは気づかれなかったけど、流石に三度目だから気づかれた…!どうしよう…真実を言うべき…?)
璃沙は美夜が色々考えている事がお見通しなのか眉を潜めてそれを聞いていたが、やがて口を開いた。
「正直に話した方がいい。何度もタイムスリップするって事は、美夜の未来に問題がある証拠だろ?何か問題があるなら、私達も解決に尽力する。
これ以上タイムスリップされて美夜の寿命が縮んだら綺瑠だけじゃない…私だって悲しくなる。」
「璃沙さん…」
美夜は今までの苦労を思うと、俯いた様子で目に涙を溜めた。それから顔を上げ綺瑠の顔を見つめると、綺瑠は切ない表情を浮かべたまま美夜を見つめていた。そして美夜は、三度も殺されてきた綺瑠を思い出す。思い出すと更に涙が溢れ、やがて静かに泣き出した。
「恐ろしい事があったんです…!でも…それを綺瑠さんには言えなくて…!」
その言葉に、綺瑠の美夜に対する心配の感情が溢れた。
「どうして…?どうして僕には言えないの…?」
綺瑠はそう呟くと美夜の両肩を掴んだ。力強く掴むの為、美夜は驚く。
「僕は君を早くに失いたくないよ…!どんな内容でも受け止める…!だからお願い、君を…僕達に助けさせて…?」
あまりに真摯な表情なので、美夜は声が出ずに綺瑠を見つめていた。やがて美夜はその気持ちを受け止めたのか、俯いて呟く。
「綺瑠さんの元カノさん…」
思わぬ言葉に綺瑠は目を丸くした。璃沙も反応を見せると、美夜は顔を上げて言った。
「私と綺瑠さんは三度、綺瑠さんの元カノさん達に殺されかけています…。」
その言葉に璃沙は、衝撃を上回って引いた様子で顔を引き攣る。逆に綺瑠は何も理解できず、目を丸くすると言った。
「え?」
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