少年の記憶
少年が塔に触れてから数日が経ったその日、また塔に触れた者があり、三人は呼び戻された。
「またか」
最初に戻ったルナはそう呟いた。あの時のあの少年だった。
ルナは仕方なく地上に降り、少年の小さな背中を見ながら行く末を見守っていた。
今回は到底窓には届きそうになかったから。
なぜそんなに必死に登ろうとしているのだろうか。
いくら小さい少年でも、無理なことくらいわかっているはずなのに。
「少年」
ルナが声をかけると、驚いて背中から落ちた少年は、ゆっくり立ち上がりルナの方を向いた。
まるでルナを睨んでいるかのようなその目は、死にたい者の目ではなかった。
ただ黙って睨んでいる少年に痺れを切らしたルナは、少年の心の声に耳を傾けた。
『お母さんの所に行きたいのに・・・』
少年の心の声を聞いたルナは、深くため息をつくと、立ち上がり少年に近づき、小さな頭にそっと手を乗せて目を閉じた。
ルナは少年の記憶に触れたかったのだ。
少年の記憶に最初に登場したのは、少年の母親だった。少し前に亡くなったようだ。
若く、美しい母だった。父親はいないが貧しいながらも二人仲良く、幸せに暮らしていたのに、母親は突然、この世を去った。
病に倒れ、幾日も経たないうちに亡くなった母親のことを、周りの大人たちはこう噂をしていた。
「親不孝だから死神に連れて行かれたんだ」
「死神も面倒なことをしてくれたな。ガキも連れて行けばいいのに」
少年はそんな大人たちの話を聞いて、母の元へ行こうとしたのだろう。
「少年、ここに入ってもお母さんには会えないぞ」
「どうして?みんなが言ってたよ。ここに入ればあの世だって」
「あの世は広いからな」
ルナは少年を抱え上げると、空へと飛び立った。
恐怖を感じ固く目を閉じた少年だったが、次に目を開けた時、そこは自分の家のベッドの上だった。
誰もいないはずの小さな家。
いないはずのお母さんが作ってくれたスープの香りが漂っている。
少年は急いでベッドから降りて、いるはずのはい母を探したが、やはりその姿はどこにもなく、代わりに食卓には色々な食材と、大きな黒い羽が一枚置いてあった。
黒い羽を手に取った少年の耳に、どこからともなく声が聞こえた。
少年はその言葉を聞いて、羽を胸に抱き声を出して泣いた。
『生きろ』
ルナはその日深夜になって塔に帰って来た。
ルナを見つけるなり、昼間なにがあったんだとイナが問い詰めたが、ルナが答えることはなかった。
本来、死神は生きている人間に触れてはならない。
ルナはルールを破ったため、イナやタナを巻き込むまいと口を噤んだのだ。
この五百年でルナがルールを破ったのは一度や二度ではない。
恐らくあと数日もすればイゴシスが罰を手にやって来るとルナはわかっていた。
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