第16話 紙から読み取れる、全て

乱歩の眼鏡に、無数の文字が浮かび上がる。

隣で太宰は与謝野に連絡、社長に経過報告を上げていた。


「……なるほど。完全にわかったよ、太宰くん」


その間、ほんの十数秒。

乱歩の推理力であれば、朝飯前といったところか。


太宰「さすがは、名探偵。……トリック、聞かせてもらえます?」

乱歩「まぁそう焦らせないでよ〜この『名探偵』が、推理のできない探偵社に分かりやす〜く教えてあげよう!」


ここからは、乱歩が一番快感を覚える瞬間である。

太宰は、キーボードを打つ手を止め、乱歩を真正面に見る。


乱歩「この事件は、匿名の依頼人によって仕組まれた、“念密な計画”とでも言おうか」

太宰「その、“匿名の依頼人”とは――」

乱歩「『猟犬』だよ、太宰くん」

太宰「やはり……」

乱歩「現場には、異能犯罪組織『ポートマフィア』の構成員、そして依頼先の『武装探偵社』。この構図が、完全におかしいんだよ」


乱歩はラムネ瓶を机に置き、太宰が書いた形の悪いメモを手に取る。

なぐり書きの文字を見つめたまま、乱歩が口を開く。


乱歩「ポートマフィアが、探偵社に匿名で依頼を寄越す――可能性はゼロじゃない。でも、仮にポートマフィアが依頼人だとしたら、そして目的が僕たちを潰すことなら……」

太宰「『探偵社員が負傷』だけでは済まないはず、ですね」

乱歩「まさに、その通り。出動した三人、皆殺しでいいはずなんだ。それが、国木田くんだけ負傷……そこも変だよ。普通、未熟なまりこちゃんから狙わない?」


太宰は深く頷く。

そして、乱歩はラムネの最後の一口を飲み干して、語り続ける。


乱歩「ぷはぁ〜! だいたいさ、匿名の依頼人ってのは、胡散臭さしかないよね。バカなのかなぁ?」

太宰「フッ……乱歩さんから見たら、私たちも同じくバカですねぇ」

乱歩「まぁそれはいいとして。この中途半端な戦局、しかもポートマフィア側は単身だよね。そして僕たち、武装探偵社の介入。さて、誰が一番得をすると思う?」

太宰「軍警……つまり、どちらも『猟犬』のエサにされたってわけですね」

乱歩「そう。ポートマフィアの仕業に見せかければ、効率良く正当に取り締まる理由ができる。武装探偵社も共犯にして、同時に潰せる……自分たちの手を汚さずにね」


太宰はその時、ある“最悪の事態”が脳内を埋め尽くした。

過去、自らの手で封印したはずの烏丸。

今、烏丸が相対している相手は……猫に化ける“未知”の異能力者。

そして、烏丸はかつてポートマフィアの“黒影”と呼ばれた、極めて凶暴な異能力者。


太宰「でも……何故、今、彼が――」

乱歩「ん? どうかした?」


太宰の、キーボードに置いた指先が震え始める。


太宰「いえ……何でもありませんよ。続けてください」

乱歩「そっか。じゃあ、続きね。事件の最大の目的は、それだ。あと、もう一つある」

太宰「もう一つ?」

乱歩「『猟犬』は実行犯じゃない。実行犯は、太宰くんの言う『ポートマフィア構成員』で正解。それなら、実行に移した目的は何か? 団地の住民が失踪したのは何故か?」


乱歩は太宰をじっと見つめて、試すように問う。

彼にとっては、推理はゲームのようなものだ。


太宰「……ポートマフィア構成員の、彼の……異能力……」

乱歩「おー! 今日は、冴えてるねぇ太宰くん! 実行犯の異能力は『異能空間』系だろうね。団地に入ってからGPSの反応が鈍いみたいだし、それでも反応があるってことは、完全な異能空間じゃないんだ。例えば……結界でも張ってるんじゃない?」

太宰「結界……GPSの反応が鈍った位置からして、団地全体がその効果範囲……」

乱歩「せいかーい! 結界を団地全体に張ってる。でも、GPSが反応するくらいの、この紙っぺらのごとく薄くて脆い結界だ。そして、住民は……失踪なんかしていない」


団地の地図を二本の指で摘んで、ペラペラと泳がせて見せる乱歩。

対して、太宰の額には冷や汗が滲む。


太宰「失踪していない……というのは?」

乱歩「結界の中、つまり団地の中の一部の部屋にだけ、もう一つ強力で外部から視認しづらい結界を張って、住民を閉じ込めてるって感じ。だってほら、まりこちゃんの位置が線で繋がらない。点で繋がってて、その間が飛んでるでしょ?」

太宰「……私の知らない、彼の異能だ……覚醒したのか?」


太宰は眉をひそめ、口元にも力が入る。


乱歩「本当に大丈夫? 太宰くん。さっきから君、変だよ? 汗かいてるし、お腹でも下したの〜?」

太宰「たしかに、少し……痛いかもしれないです」


そう言うと、太宰は席を立つ。

何も言わず、トイレとは逆方向へ歩いていく。


乱歩「ちょっと〜! まだ、僕の推理、話し終わってないんだけど!」

太宰「すみません、乱歩さん……」


明らかに苦笑を浮かべて、必死に取り繕う太宰。

しかし、その太宰の変化も『名探偵』はお見通しだ。


「……で、その構成員って、誰?」





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