伍の章:名探偵、烏影の邸へ

第15話 ラムネのビー玉を、如何にして取り出すか

「あ〜あ……暇だなぁ」


『名探偵』江戸川乱歩は、今日も嘆く。

他の探偵社員とは、様々な意味で“一線を画す”存在である。

その頭脳は、『異能力』というより『才能』であるということは、探偵社員全員が理解している。


つい先ほど、国木田・谷崎・まりこの出動班が現場へ発ったばかり。

事務所に残されたのは、事務員のほか、太宰と乱歩のみ。


乱歩「ねぇ太宰くん。僕、暇なんだけど」

太宰「まぁまぁ、乱歩さん。……今に忙しくなりますよ」


ひとり、太宰は机に頬杖をつき、モニターに視線を落とす。

そこに、いつもの『怠惰な自殺願望主義者』は居なかった。


乱歩「ふーん。そういう太宰くんは、まりこちゃんを追ってるの?」

太宰「まぁ、そんなところですよ。監視役を命じられたので、仕方なく」


乱歩はどこか他人事だった。

いや、本当にそうだったのかもしれない。

太宰は軽くため息をついて、両腕を頭の後ろへ回す。


太宰「乱歩さんはもう、分かっているんでしょう? この事件の真相」

乱歩「分からない方が、僕には理解できないね」


乱歩は、握っていたラムネ瓶の中のビー玉を、窓の外の太陽にかざした。

そんな名探偵の言葉の裏を、太宰は敢えて探るようなことはしなかった。


依頼人不明の『団地住民の同時多発的失踪事件』――

乱歩にとって、これほど簡単なトリックは無い。

『超推理』を発動させるまでもないようだ。


すると突然、太宰の携帯電話が鳴る。


太宰「もしもし、谷崎くん?」

谷崎『太宰さん……国木田さんが、腹部を、刺されました……』

太宰「……分かった。与謝野先生には、私から連絡する。敵は――」


『……此れで終いか? 幼き白猫よ』


それは、谷崎とは全く違う、低く怪しい声だった。

太宰は、まだ音の聞こえる電話を机に置く。


太宰「乱歩さん。……仕事の依頼です」

乱歩「んー? 報酬は?」

太宰「私から社長に『まりこちゃんを乱歩さんが救ってくれた』と話します」

乱歩「……しょうがないなぁ。約束、ちゃんと守ってよ?」


不敵な笑みを浮かべる乱歩。

太宰の言う通り、先ほどまでの退屈が裏返ったのだろう。


太宰「私は取引の際、嘘はつかない人間ですよ」

乱歩「分かってるって。で、どれどれ〜?」


太宰の隣、敦の机には既に『超推理』用のごとく、事件の手がかりが並べられていた。

依頼メールのコピー、団地の地図、内部の構造を示す設計図――

そしてそこに、太宰がちぎったノートの切れ端が追加された。

書かれていたのは『ポートマフィア構成員により探偵社員負傷』の文字。

それらを一瞬見て、乱歩は眼鏡をかけた。



「異能力――超推理!!」


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