第14話 烏、闇より出づ

――そして、地下へ来て数年。


「太宰さんが捨てた、というのは貴様か?」


鉄格子の外から、聞き慣れない声がした。

声の主は、電球のつくり出す影の中にいた。


「誰だ……?」


私の問いに、革靴の音がゆっくりと近づく。

冷たいアスファルトに胡座をかいている私に、彼は立ったまま続けた。


やつがれの名は、芥川。太宰さんの部下をしていた」


唐突に出てきた、懐かしい名前。

そして蘇る、太宰さんのあの日の言葉――


烏丸「太宰さんの部下が、私に今更何の用だ?」

芥川「太宰さんは、もうポートマフィアには居ない。僕は、元部下だ。……貴様、名は何という?」

烏丸「……烏丸 九曜だ」

芥川「ポートマフィアに相応しい、良い名だ」

烏丸「何が言いたい?」


すると、芥川は、私の目をしっかり捉えてこう言った。


「かつて黒影と恐れられた男……その異能、再びポートマフィアに捧げる覚悟はあるか?」


ポートマフィアへ戻る――そんな選択肢は本当にあるのか?

それでも、私は全ての感情を捨て、組織の為に死ぬる覚悟は出来ていた。


私の返事を待たずして、さらに芥川は口を開く。


「僕は、貴様に期待などしない。それ故、貴様が裏切られることもなかろう。

――僕の生きる理由は、太宰さんに僕を認めさせることのみ。その為に、僕は貴様を地下ここから連れ出す」


「僕が、貴様に“本当の羽ばたき方”を教えてやろう」


そのとき、私の答えはもう既に決まっていた。

鉄格子の扉が開くと、私は芥川から愛刀を受け取り、腰に差した。



――烏丸は目を開けた。



「……此れでしまいか? 幼き白猫よ」


烏丸は、右眼にかかる長い前髪を垂らしながら、薄ら笑みを浮かべる。


先ほどまで金色に輝いていた白猫の眼光は、次第に灰の色に戻っていく。

それでも、烏丸を鋭く睨み続けるまりこ。

しかし『猫鬼眼』の代償は大きく、荒い呼吸でまりこの身体は不規則に波打つ。

地を踏みしめていたその四肢が崩れ落ちる。


烏丸は刀を手に、静かに間合いを詰めていく。


「猫鬼眼……恐ろしき異能であることは認めよう。だが、恐ろしいから何だと云うのか。此の私に感情など、もはや牙なき獅子に同じ……

――では、我が愛刀にて、としてやろう」


烏が夜空を裂くように、黒く美しい刃が音もなく振り下ろされた。



「……雪……?」


烏丸の眼に、刀身に溶けていく白い結晶が映る。

静かで冷たい雪が、闇によく映える。


「ほら。僕の『細雪ささめゆき』も、美しさでは負けてないでしょ?」


まりこの背後から姿を現したのは、谷崎潤一郎。

柔らかな微笑とは裏腹に、命を燃やすような真っ直ぐな瞳。

一瞬だけ、烏丸は谷崎と視線を交え、動きが止まった。


――深々と降り注ぐ白。


その美しき“静寂”の意味を、烏丸はようやく悟る。


「……彼奴あやつの異能か」


咄嗟に刀を握り直す烏丸。

一歩、その足を踏み出そうと力を込めた瞬間――彼らの姿が、団地の壁に溶けて掻き消えた。


「――剣士の私が、刀で仕留め損なうとは……」


烏丸は刀を構えたまま、呼吸を整え、五感を研ぎ澄ます。

ほんの僅かな空気の揺らぎすら逃すまいと、刃の角度を少しだけ変えて様子を伺う。


――その時。


谷崎「国木田さんっ!!」


間髪を入れず、国木田が動く。

片手で腹の傷を押さえながら、血まみれのもう一方で、懐に忍ばせていた銃を谷崎に投げる。


国木田「分かっている! 受け取れ!」

谷崎「ナイスです、国木田さん!」


空中を刺すように飛ぶ銃を、谷崎が掌でしっかりと受け止める。


国木田「いいから、とっとと撃て! 殺すなよ!?」

谷崎「分かってます! 僕だって探偵社員ですから!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る