第13話 烏と云ふ者

猫鬼眼びょうきがん』――

それは、化け猫の金色の眼と視線を交えた瞬間、“逃れられぬ者”にだけ発動する異能。


その恐ろしく鋭い眼は、相手の最も恐れている記憶を暴き、心の奥底から抉り出す。

もちろん逃げ場は、無い。


???「な、何だ……!? ここは――」


男は、酷く動揺する。

視界に広がるのは、鉛色の空と瓦礫の山。

鳴り止まぬサイレンが、まるで、心の痛みを呼び起こす余興のよう。

そして、鉄のような血の匂い、懐かしい声。



――名は、烏丸からすま 九曜くよう

またの名を、ポートマフィアの“黒影こくえい”。


だが、今その脚は震えていた。


烏丸「……だ、太宰、さん……?」

太宰「どうしたんだい? 烏丸くん。珍しいね、君のそんな顔は」


――何故、太宰さんがここに?

私はたしか……先刻まで、武装探偵社と戦っていたはず……


太宰「さぁ、任務だ。あんまりボーッとしていると、君みたいな子はすぐに死んでしまうよ?」

烏丸「は、はい……」

太宰「敵は、すぐそこだ。……行くよ」


――思い出した。

ポートマフィアへ入って間もない頃。

太宰さんの助手として向かった、初任務――

あれは、私がまだ“誰かを守るための異能”を信じていた時代。


太宰さんは、任務の直前、私に繰り返し同じ言葉を説いた。


『一時の感情に、支配されてはならない。』

『我々ポートマフィアの目的は、ただ一つ。

任務の遂行。それ以外、何も要らない。』

『組織の為に死ぬ覚悟を皆が持っている。

烏丸くんも、それを胸に刻んでくれたまえ。』


私は、その言葉の意味を、自分なりに理解しているつもりでいた――


私たちが敵のアジトに突撃した瞬間、妙な静けさが漂っていたのを、不思議に思った。


その一瞬の隙をついて、背後から数々の銃声が、けたたましく鳴り響く。


「太宰さんが……どうして……」


私は、目の前の彼が、銃弾に撃ち抜かれる姿を見ていることしか出来ずにいた。


赤黒い血が滲んでいく彼のコートを見て、私は、初めて“本当の怒り”を覚えた。


「異能力――烏ノ黒ッ!!」


気がつくと、私の視界をも遮る烏の大群。

たくさんの黒い羽根が宙を舞う中で、私は必死に剣を振るった。


私の刃が誰を傷つけているかなんて、考える余裕は無かった。


「ハァ……ハァ……」


私の着物も羽織りも赤く染まり、顔にまで返り血を浴びている。


辺りを見渡すと、私以外の全員が地に転がっている。


「烏丸くん。――君には、心底失望したよ」


その声にハッとして振り返ると、そこには倒れたはずの太宰さんが立っていた。


「……どうして、止めてくれなかったんですか……太宰さん……」


私は、無意識に太宰さんを責めていた。

守りたかった、ただそれだけなのに。


「だから、何度も忠告しただろう?」


あぁ、そうか。私は何も分かっていなかった。

ポートマフィアの誰も、“守られること”なんて、必要としていなかったんだ。


私がしたことは、“守るという正義感”に支配された結果に過ぎない。


さらに、太宰さんの言葉は私の心を突き刺した。


「もう二度と、我々ポートマフィアに関わらないでくれるかな」



――後日、私は手錠をかけられ、地下へと送られた。

ポートマフィアの“要監視対象”として、闇の中に葬られた。


それ以来、私は“一切の感情を捨てる”と決意した。

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