第17話 彼の心の黒き穴
「……で、その構成員って、誰?」
乱歩がその一言を放った瞬間、太宰の足が止まる。
その背中は、何も言わずに静かに震えていた。
「……乱歩さん」
ぽつり、太宰は呟いた。
乱歩は、その後の太宰の台詞を簡単に推理できた。
「……『それは、個人的な興味ですか?』だね? 太宰くん」
太宰は振り返った。
だが、決して乱歩の言葉に驚いたのではない。
“納得”と“覚悟”の混ざったため息を、大きく吐いて太宰は口を開く。
太宰「さすが……その通りです」
乱歩「もちろん、答えは『イエス』だよ。でもさぁ……」
太宰「彼の存在は、この事件の核……」
乱歩「分かってるなら、最初から教えてよ〜」
太宰「……では、お話ししましょう。彼の、烏丸九曜の過去を――」
太宰は目を閉じ、そのまま壁にもたれかかった。
そして、腕組みをして語り始める。
――あれは、私がポートマフィア幹部をしていた頃。
有能な新人が入ったから、その教育係をしてほしい、と
灰色の着物に黒い羽織、珍しい白と黒の斑髪。
黒刀を腰に差し、隙のない武士のように、静かな佇まい。
鋭い眼をしているが、歳はまだ若い。
私は一目見て、彼の“有能さ”が分かった。
……気がしていた。
マフィアの価値基準は当然『組織の役に立つか否か』である。
私は、当時敵対していた組織の重要任務に、彼を同行させた。
任務中、私は敵の狙撃で死亡したと見せかけて、隙を見て反撃や捕縛を試みる想定だった。
しかし、想定外の出来事が起きてしまった。
私が倒れてすぐ、彼は錯乱状態に陥り、異能は暴走。
敵味方関係なく、その場にいる私以外の人間を全員斬り殺してしまったのだ。
「私は彼の上司として、教育係として、そしてまた個人的にも、彼の“有能さ”を信じていた。
信じていたからこそ、私は彼の“失敗”を目の当たりにして、彼に言ってしまった……
『君には、心底失望したよ』と――」
乱歩は、机の上に置いていた眼鏡を手に取る。
そして、レンズ越しに太宰と目を合わせた。
「それって、太宰くんも、彼に裏切られたってことだよね?」
核心をつく乱歩の一言は、太宰の心の穴をさらに抉った。
「乱歩さん……」
太宰は眉間に皺を寄せ、唇を噛む。
真っ直ぐな乱歩の瞳から、太宰は目を逸らした。
乱歩「僕には、理解できないなぁ。だって、他人に期待するってさ、一番無駄なことだと思わない? 自分だけを信じる方が、よっぽど楽だよ」
太宰「ごもっともです……」
乱歩「でもさ、太宰くんにそれほど期待させるって……彼、相当厄介だね」
太宰は、乱歩の率直な感想で、どこか救われたように顔を緩めた。
太宰「私と彼は……似ていたのかもしれません。冷静に見えて、誰よりも情に厚い。だから期待が膨れ上がった――なんて、今は言い訳にしかならないですけどね」
乱歩「で? 彼はそんな大事件を起こした後、地下牢にでも監禁されてたの?」
全てを見透かす『名探偵』に、太宰は自己嫌悪の鎖から解放されつつあった。
だが、鎖が完全に外れることは無かった。
太宰「……そうです。今日、彼の声を聞くまでは――」
乱歩「そうか。だから、彼は『感情抑制の実験』をする為に、実行犯を名乗り出た、もしくは――」
太宰「もしくは?」
乱歩「ポートマフィアの別の“誰か”に唆されたか、どちらかだね」
太宰は、その後に続く言葉を見い出せずにいた。
乱歩「さ、僕の出番は終わったよ。次は、君の番でしょ?太宰くん」
太宰「……はい」
乱歩は太宰の肩をポンッと叩き、鼻歌を歌いながらどこかへ行ってしまった。
残された太宰は、自分の机のモニターを睨み、力強く呟いた。
「烏丸九曜――どんな実験をしても、君に探偵社は、潰せないよ」
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