第10話 晴れのち曇り

 「スポーツチャンバラ部結成しまーす、是非ご入部くださいー!」


 朝、私こと玉木環たまきたまきが登校して目にしたのは、さっそくスポチャン部の結成呼びかけの勧誘をしている一組の男女の姿と、その周囲に集まる野次馬の姿だった……あれって確か、昨日の「マ〇イの戦士」さんと、その通訳の女子生徒さん?


 女の人の方がメガホン片手に声を上げ、男の方は”来たれスポチャン部”と書かれたカンバンをかかげて佇んでいる。


 うーん、何と言うか……すごい組み合わせだなぁあの2人。


 というのも男子の方は昨日見た通りの黒人男性で、精悍な顔つきと細身に引き締まった肉体がいかにもアフリカの戦士なイメージなんだけど、逆に女子の方は白磁のような白い肌に燃えるような赤毛、瞳の色もグリーンアイという、とことん真逆の人種なイメージしか無い。これじゃあまるで……。


「ネアンデルタール人とホモサピエンスの組み合わせかぁ」

 隣からひょっこり現れたお調子者の幼馴染、村崎紫炎むらさきしえんがそう声をかけてくる。

「ちょ、聞こえたら失礼でしょうが!」

 いや私も漫画とかで見てて心ではそう思ったけど、口に出して言っちゃだめでしょソレ。


「でもタスキにそう書いてるし」

「へ?」

 紫炎の指さす先、彼と彼女の体には一本のタスキが掛けられているんだけど……てっきりスポチャンの文字かと思ってたけどよく見ると「ネアンデルタール人の末裔」「現代に蘇ったホモサピエンス戦士」な文字が記されてるし……なんだアレ。


 よく見ると周囲の野次馬達も、半分はその二人の対照的な見た目やタスキの書き文字に惹かれているみたい。だとすると、自分たちをアピる為にわざわざあんなタスキを?

 うーん、なかなかの世渡り上手なのかもしれないなぁ、さすが特待留学生。


「あ、貴方! 昨日スポチャンの相手から一本取った彼女でしょ! 是非入部してよね、はい入部届け!」

 あ、タスキに気を取られていてるうちに視線に気づかれたみたい、私の方に駆け寄って来ると、嬉々として入部届けを私に差し出してくる。

「是非一緒に、高校の青春をスポチャンに注ぎましょう。あ、私は留学生のルルー、ディー、アンネよ。よろしくね!」


「アハハ、ヤッパリタマキモ声カケラレタネ」

「私も貰ったアルよ」

 脇から現れたステラと林杏が入部届けを掲げてニカッと笑う。二人とも私と同じく昨日はあの舞台でチャンバラしたんだし、そろってアテにされたかなぁ。


「そっちの男子もと是非一緒にスポチャンを」

「ちょ! 私とこいつは別にそんなんじゃないってば!」

 紫炎にも書類を突きつけてあらぬ誤解を招く発言をする彼女に、とりあえず全力で否定しておく。


 ぶんぶんと握手した手を振った後、慌ただしく元の位置に戻って行くルルーさん。


 それにしても彼女、ただでさえ目立つ風貌なのに日本語がえらく流暢なのがさらにインパクトを高めている。しかもコミュ力めっちゃ高そうだし、ある意味ここの国際高校の象徴みたいな娘だなぁ。


 半面、男子の方(確かムンダさんだっけ?)は表情を変えずに、カンバンだけ持って直立不動を崩さないでいる。真面目そうっちゃそうだけど、ルルーさんが頑張って勧誘してるのに比べるといささか愛想ないなぁ。




 結局二人は始業開始ぎりぎりまで校門に居座って勧誘してた。それを教室の窓から眺めながら、私はステラ達と入部について話す。


「私はとりあえず体操部とかけもちの入部許可貰うアルよ」

 昨日から乗り気だった林杏はもう書類に名前まで書き終えている。確かに昨日のあの活躍っぷりに加えて、体操の方で一年間出場停止じゃさすがに勿体ないだろう。


「ワタシハネー……入部ノ予定ハナカッタンダケド……」

 困り笑顔でそう切り出すステラ。なんか心変わりする事あった?

「米国ステイツノ父親ダディニ電話デ『チャンバラ』ダッテ話シタラ、ズイブン乗リ気ナンデスヨ。ゼヒヤレ、ッテ」


 なんかステラのお父さん相当な日本かぶれなんだとか。といってもフジヤマゲイシャニンジャブシハラキリみたいなのが好きそうな、漫画のアメリカ親父みたいなタイプらしい。ま、娘に弓道やらせてる時点でそれっぽいのかもねぇ。


「タマキハ、ドースル?」

 ステラに返されてうーん、と生返事をする。どのみちどっかの部には入らなきゃいけないんだし、入部するのにやぶさかではない。部活の立ち上げもルルーさんがあれだけ熱心なら大きな後押しになるだろう。


「……とりあえず、前向きな方向で」

 私の返事に、ステラと林杏が見合って「ん」と親指を立てる。うーんどうやらこれは、一緒にスポチャンやる流れになりそうだなぁ。ちょっと不安で、やや楽しみだ。



  ◇        ◇        ◇



 放課後、私は1組の教室に向かっていた。今朝会ったルルーさんとムンダさんはともに一組の留学生で、いわばエリートの海外特待生だ。

 彼女が部の立ち上げをするなら、この入部届けも彼女に提出するべきだろう。顧問の先生が誰になるのかまだ分からないから猶更だ。


 ガラッ、と教室の戸を開けて「失礼しまーす」と中に入る。果たして教室の中央にルルーさんとムンダさん、そして数人の生徒がたむろしていた。その中にはちゃっかり見知った顔もいるし……つーかいつここに来た?

「って、紫炎も入るの?」

「まーね、いろいろ面白そうだし」


「あ、あなたが玉木さんね! 待ってたわよ」

 ルルーさんが笑顔で寄って来る。私が書いた入部届けを受け取ると、満面の笑顔で握手を求めてきた。

「改めてよろしくね~、ルルー・D・アンネ。ムンダと同じくケニア出身の留学生です」

玉木環たまきたまきです、よろしく」


 それからしばらくルル-さん達と一緒に話し込んだ。彼女はケニアに移住したイギリス系の移民の子孫で、父親が人材発掘の仕事をしているそうだ。

 ケニアって言うとマラソンなんかの長距離走で世界的な強豪選手が多いけど、そんな選手ももう何人もスカウトしてきたらしい。

 ムンダさんもそんな彼女の親の会社に見出されて日本まで来たそうだ。とはいえ現地に根付いて暮らしている彼には外国へ行くなんて考えられなかったし、まして外国語なんてとても短期間でマスターできそうになかった。そんなわけで同い年で仲の良かった社長令嬢のルルーさんが通訳込みで直々にお供する事になったとか。


「でもさぁ、それだったらスポチャンやんの良くないんじゃね?」

 紫炎のツッコミに確かに、と同意する。彼は槍投げの選手のはずだし、スポチャンするのはいわば横道にそれる事になるんじゃないかなぁ。


「そうなんだけどね……ムンダがどーしてもやるって聞かないから、夕べ国の両親に許可取ったの。で、一年間限定ならってOK出たのよ」

 ムンダさん、昨日の成瀬選手との一戦が実は反則負けだったと知って、是非彼への謝罪とリベンジマッチを成したいそうだ。

 実際、彼は現地の誇り高き狩人で、仲間内の誰もが認める本物の戦士らしい。なのでその彼がどんな勝負にせよ反則をしたというのは、彼の誇りが許さないんだとか。


「じゃあルルーさんはスポチャンやるの?」

「あ、私はマネージャーみたいな立場になれればなぁ、って思ってるのよ。運動苦手だし」

 てへ、と舌を出して笑うルルーさん。


 でもムンダさんのエスコート&通訳として来日してるなら、一年後にムンダさんが部を辞めたら彼女も抜けるのかな?

「それは大丈夫。私も家から『日本で何かを成して見なさい』って言われてるし」

 なるほど、新部活を結成したとなれば、それなりに人材発掘の修業にはなるだろうなぁ。


「じゃ、ルルーさんとムンダさん、俺とたまたま、あとステラと王さん(林杏)で6人か。早くも最低ラインクリアだな」

「たまたま言うなっ!」

 流行らすなと言ってたのに早速それを言う馬鹿にチョップでツッコんでおく(勿論避けられた)。

 まぁ、部活結成には最低5人が必要だし、この分なら部の立ち上げに問題は無さそうだ。



「そいつはどぎゃんかな、そない簡単にはいかんと思ちゅうぜ」

 後ろから割り込んできたのは一人の男子生徒だ。ってこの人も確か昨日……

「お、剣道日本一の黒田 雪之丞くろだ ゆきのじょうさん。そのココロは?」

 そう、彼は剣道全中王者の黒田君だ。この学園の特待生の中でも特に期待されている生徒の一人、いや筆頭クラスと言っていいだろう。

 そして昨日のデモンストレーションでは一番手で出場し、見事先制一本を奪って見せた、流石の猛者だった。


「そうそう兼部かけもちを認めてもらえるとは思えんばい。他の部にもプライドやチームワークっちゅうもんがあるんじゃなかと?」

 その黒田さんの言葉に思わず「うっ」と言葉が詰まる。確かに、いくら大会に一年間出場できない留学生、特待生とはいえ、そうそうふらふらと他の部活に浮気して、いい印象が持たれるはずもない。下手をすれば元の部活で村八分にされかねないだろうし、そもそも顧問の先生とかが掛け持ち入部を認めるとも思えない、特待生ならなおさらだ。

 そしてその言動からして、黒田さん自身もスポチャンをやる気は無さそうだ。


 と、タイミングよくその言葉を肯定するメッセージの着信が、私のスマホから鳴り響く。

「ん? ライン来た。林杏とステラから……、って、えええっ!?」


〝ごめんアル。体操部が掛け持ち入部を許可してくれないアルよ〟

〝ワタシモ……スポチャンヤルナラ、タイブシロ、ダッテ。ザーンネンデス〟


「あっちゃー、アテにしてたんだが、二人ともダメかー」

「こうなるとあと一人、私達で何とかしないとね!」

 嘆く紫炎にルルーさんがそう言って気合を入れる。


 うーん、あと一人かぁ、誰かやってくれそうな人はいないものかなぁ。

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