第9話 最初の戦いのあとで

 夜、玉木家にて。


「うーわ、いまだにあとくっきり!」

 私、玉木環たまきたまきはお風呂で裸になった自分を鏡で見て、胸の谷間から下腹部にまでまっすぐに伸びた赤いアザが未だに消えていないことに思わずそう吐き出した。

 今日の放課後、体育館の舞台で戦った三木さんとの一戦。最後に本気の本気を見せて貰ったその代償がこの斬撃の痕だ。

(漫画とかで、イメージだけで斬られたとかあるけど、ホントに一刀両断にされたんだなぁ)

 もしあれがスポチャンのエアーソフト刃じゃなくて真剣の薙刀なら、今頃私はスイカのように真っ二つだっただろう。

 もしそうならかなーりグロい光景が展開されていたんだろうけど、チャンバラというカテゴリーのお陰で、こうして私は死なずに済んでいた。


(スポチャン、かぁ……)

 思いがけぬ経験。高校生にもなって小学生男子のような「チャンバラ」という遊び。そしてそれはその後で、私にある一つの選択肢を増やしたのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「国分寺国際ハイスクールの皆さん、本日はお付き合い頂き、ありがとうございました」

 私の試合の後、師範の緑山さんは仲間と一緒に礼をしてから、思わぬ提案を持ち掛けてきた。

「私たちはスポチャン普及の為にこうして全国を回っています。なのでぜひこの学園の皆さんもスポチャンに興味を持って頂いて、そしてスポチャン部を設立してもらえれば、これに勝る喜びはございません」

 その言葉に会場がざわっ、となる。この学校は部活動の数が半端なく多く、新たに部を立ち上げるのもそう難しくは無いとか。その反面、名前以外に残っていない長期休部の部活とかもあったりして、もしやりたい人が居るなら復活させるのも自由だそうだ。

 なのでもしスポチャンをやりたいと部を立ち上げるなら、学校側の協力も受けられるだろう。なにせこの学校は全校生徒が必ず何らかの部活に所属する義務があるのだから。


「ちなみに学校側にも話は通しております。もし部を立ち上げるなら設備や備品、顧問の先生なんかも融通してくれることを約束してくれてますよ」


 うっわ、手回しが早い!


「どーりで。いきなり体育館でデモンストレーションできるなんて変だと思ったけど、この学校ってスポチャンの団体に借りでもあるんじゃねーの?」

「部活動自由なウチを狙い撃ちにしたとか?」

「ワールドスクールダカラデショウ、アピールニハウッテツケネ」


 紫炎や私、そしてステラがそれぞれの感想を漏らす。確かに今年から国際化したウチにアピールするのはしたたかな戦略だ。さすがチャンバラ、名軍師でもいるのかな?


 そしてそんな好意的な空気の中、緑山さんがトドメを差すべく爆発宣言を発した!


「ちなみにスポチャンの全国大会はインターハイみたいな年齢限定ではありまっせーん! 老若男女、幼稚園児たちから老人軍団まで、どんな団体でも参加できます。な、の、で!」

 意味ありげに言葉を区切る緑山さんに、全員の視線がぐっ、と集まる。そして――


「留学生だろうが特待生だろうが、どなたでも参加できまーっす! もちろんっ!!」


 ――おおおおおおおっ!?――


 会場にどよめきが沸き起こる。それも当然で、今年一年は留学生や特待生は公式のインターハイや記念大会なんかの公式戦には出られないという規制が出来たばかりで、彼らは一年間を悶々と修行のみに費やさざるを得なかった……ハズだった。


 本命の部活動ではないにしろ本番を経験できるのは美味しいメリットだし、なによりこの日本でを残したい留学生にとってはまさに渡りに船と言えるだろう。

「ねぇねぇ、部活ってかけもち出来るんだっけ?」

「スポチャンの実績を引っ提げて2年で本命のカバティ部デビューってのもありか」

「Quizás debería intentarlo.(やってみてもいいかもな)」

「โรงเรียนจะสนับสนุนSpochanเป็นพิเศษ ก็น่าสนใจมาก(学校はスポチャンを特別にサポートするのか、実に興味深い)」


 あちこちでその勧誘に興味を示す声が聞こえる。それを聞いた林杏がフームと嘆いた後、ぽつりと言葉を続けた。

「どうやらウチの高校、それも知ってて狙い撃ちにされたみたいアルね」

 思慮深いセリフに聞こえはするけど、なんか目がらんらんと輝いてるよ林杏。やる気マンマンじゃないの、この娘。


「ウーン、ワタシハ弓道ダカラ、直接攻撃アタックスルノハチョットチガウカナァ」

「俺はやってみてもいいかもな。俺元剣道部だしカッコはつくだろ」

 ステラと紫炎がそれに続く。他のみんなもそれぞれがこの示された「スポチャン部」というまだ見ぬ存在に惹かれ、あるいは遠慮がちに距離を取る。


 果たして、本校にスポチャンは根付くのだろうか……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「私は、どうすっかなぁ」

 あの三木さんと対決している時、私は正直、みなぎって昂ぶっていた。そう、つまり柄にもなく、かなり燃えていたんだ。

 私と同じく、苗字と名前が同じだなんてふざけた名前を付けられた者同士のシンパシー。そんな彼女が、この世界での日本一を極めているという事。そして、そんな彼女と、仮にも舞台の上で真剣勝負が出来たという事。そして――


 見事に、一刀両断されたという事実。


 かりそめの「死」を経験させられた。でも日本王者がそれだけほど真剣に私と向き合ってくれた。そしてそんな彼女から、仮にも一本を取る事が出来た――


「ま、湯船につかって考えますか」

 洗面器で湯船のお湯を掬ってかけ湯をしながら、ぼんやりとそんな事を考えて……


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ! しみるうぅぅぅぅぅーっ!」


 浴槽の前でのたうつ羽目になった。バカすぎるわ私……。

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