25話 全員で海に行く

 陽馬たちが二年生となってから約一か月が経った。


 この頃にもなるとクラス内も明確なグループ分けがなされ、誰と誰が一緒に居る光景は日常で、アイツが居るのにコイツが居ないのは珍しいな、といった各々の帰属意識が生まれていた。


 陽馬は大抵の場合、太平と二人組だったが、放課後になると女五人を連れてフラフラしているため奇天烈な遊び人のイメージを持たれるようになっていた。学校の中で交わされる風評というものはごく簡単に尾ひれがつき、大きくなって姿を変えるものだ。


 その五人は実にバラエティに富んでおり、先輩後輩はもちろん転校初日の生徒をも手にかけ、あまつさえ妹にすら手を出す色情狂だとか、本当は五人どころか両手に余るくらいの女を抱えているといった話まである。


 吹雪が加わって女子が六人いるところを見た誰かが囃し立てた、というのが元ネタだったが、一度転がり出したら雪だるまのように膨れ上がるのが噂というもので止めようがなかった。


 ちなみに現状について陽馬がわざわざ出向いて訂正して回るようなことはしなかった。素知らぬふりをするのが一番の手だ。


 人の噂も七十五日というので、その内うるさく無くなるだろうと思いつつ、そして実際に男の自分は一人で女生徒五人と関わり合いがあるわけで、丸切りが噓というわけでもないのだった。


 さて、四月から一か月が経ったなら訪れるものがある。


 春の大型連休、その名もゴールデンウイークだ。


 平日の朝は規則正しく起きて支度をする陽馬も、さすがの今日は惰眠をむさぼっていた。前日にゴールデンウイークの前祝と称して太平とゲーム対戦に熱中していたからである。


 今日くらいは自堕落に過ごすのも悪くない、それこそが連休の楽しみ方かも知れない等と二人で盛り上がり夜を更かした。


「ちょっと陽馬! いつまで寝てんの?」


 平日となるといつも陽馬に起こしてもらい駄々をこねている巳月が休日となればこの有様だ。日曜にこそ無駄に早起きして家族を起こして回るのが巳月という人間の奇妙な習性だった。


「起こすなよ巳月……。一人でプリキュアでも見てなよ」


 昨晩の盛り上がりと寝入った時間を考えるとまだまだ寝足りず、陽馬はベッドの上でぐにゃりとしながら布団にもぐった。


「起きろ! 今日はわたしと映画のいっき見する予定でしょ! どうなってんの⁉」


 映画か。そんなことも言っていたかな。寝ぼけた頭では判然としないが、言っていたような気がする。しかし「どうなってんの」の口調が思っていたより強く、そんなに気合いれるほどのイベントだろうか、と不思議になった。


 寝起きで回転の鈍い頭が巳月に揺すられ徐々に覚醒していく。ドタドタと聞こえてくる音は誰かが階段を上がってくる足音だ。父も母もまだ家に居るのか。アクティブな両親なので既に買い物に出かけているかと陽馬は思ったのだが。


「今日はわたしと映画見まくる日だって言ったよね⁉」


 巳月が念押しのように大きい声を出すと、階段を上がり切った者が「違いますよね⁉」と部屋の向こう側からよく通る声を出している。陽馬が「え、えっ?」と事態を飲み込めず急激に目を覚ましていく。


「今日はわたしとピクニック行く予定でしたよね⁉ ハルくん!」


 笑顔で、そしていつもより瞼を見開いた桃花が部屋に押し入りながら言う。


「いやいや、ワタシとプラネタリウムの約束してたと思うんだけどな!」


 巳月や桃花に比べると温厚なはずの新名でさえジトっとした目で睨みつけている。


 古いPCに高負荷をかけた時のように陽馬がカリカリと脳みそを回して記憶を読み込んでいく。映画、ピクニック、プラネタリウム、たしかにそれらの話をしたことは思い出せたが、肝心の日取りの方はちっとも思い出せなかった。思い出したところで現実はブッキングしてしまったので後の祭りなのだが。


「あー……ごめん。全部今日にしちゃってたっけ?」


 起き抜けなので仕方ない部分もあるが半目でそれを言われると三重予約に対する罪の重さにまるで釣り合わないすっとぼけ方に見える。


「「「映画を見クニックのじゅんネタリムでしょ!」」」


 と、三人が同時に怒りながら喋るのでもう収集がつかない。


「映画を見る」「ピクニックの準備」「プラネタリウムでしょ」が混じった奇跡的なリスニングだった。とりあえず謝るしか出来ることがないので何を言われても「ごめんなさい」と答えながら行動開始する陽馬。


 三人が丸被りしてしまったシチュエーションだからこそ余計に怒りの火が強くなってしまったのかも知れない。


 一人の予定をすっぽかしたなら暫く怒られた後、この三人なら「仕方ない」と許してくれた可能性はある。だが三人だ。二人の予定を重ねてしまったとしても修羅場だろうに、三人集ってしまったことで場の空気に引っ張られどんどん加熱されていく。


 歯を磨きながら「ごめんなさい」と言い、顔を洗いながら謝罪し、寝間着から着替える前にも謝ったのだが収まりがつかないらしい。


「あの、着替えるので少しだけ部屋から出て行っ――」


「いいから早く着替えてください」桃花が冷たい声でそう言う。


「いやいや、それはさすがに……」


「なに口応えしてんの?」巳月が加勢する。


 新名に至っては無言で中指を立てていた。


 今日ばかりは辱めを受けなければいけないようだ。観念して眼前で生着替えショーを始めるとギャアギャア言っていた三人がしんと静まり返る。


 そして「ほう」とか「いいねぇ」とぼそぼそ言い始めるので嫌な汗をかく羽目になった。


 さて、ようやく支度が整ったところ、リビングのテーブルで陽馬の向かい側に座った三人が圧迫面接のような雰囲気を醸しながら言う。


「この後どうするの?」


 どうしたら良いだろうか、これについて考えることは喉が干上がるような思いをする陽馬だったが実際に起きてからまだ水も飲んでいないので渇いて当然だ。とにかく簡単に答えを出せる状況ではない。


 いったい誰と先に約束をしたのだろうか。約束をした順番に予定を実行しましょうと提案できれば、溜飲を下げることは出来ないまでもどうにか飲み込んでくれたかも知れない。どうしたって陽馬の体はひとつなので誰か一人を選ぶことしか出来ないのが事実だ。だが、誰が一番初めにゴールデンウイーク初日の日程を抑えたのか、とんと思い出せない。


「誰と先に約束したっけ?」などと聞くのは愚の骨頂。おそらく今度はパンツまで履き替える生着替えショーをやらされるだろう。


 選択の時。


 誰か一人を選ばなければいけない時が来た。


 今日の選択が遥かなる未来の先を決定付けるとまでは言わない。だが、この選択が安くはないことも十分に分かった。


 選ばれた者、選ばれなかった者。その両者の間では明確な溝が出来る。


 ここが未来への分岐点、その第一歩なのかも知れない。


 陽馬の眠たげだった思考が一気にギアを上げていく。答えを出すならせめて納得のいく理由が欲しい。ピンチの時にこそ思い出す自分の座右の銘。


 主人公ならどうするか、という問いかけ。


 陽馬が陽馬に望む主人公足る選択とは、巳月か、桃花か、新名か、そのどれもがしっくりと来ない。残された顔の曇るところが脳裏でちらつく。ただ一人でいい純愛のストーリーならそれで良かった。


 主人公なら、主人公であるならば、竜崎陽馬が真に主人公であるならば、両手に花でもまだ足りないと、そう思わなければならない。それこそが未来で国家元首にして開祖を務めた主人公である自分への答え。


 やま子とすず子が見た竜崎陽馬を超える自分でなければ、主人公に足り得たとは言えない。


「今日は全員で海に行く」


 なぜそうなった、と三人の時間が止まる。


「未来の俺が、桃花ちゃんと新名先輩のどっちと居るのか、どの選択をとるのかは知らないけど、とりあえず今日の俺は、巳月も含めて、全員の手を取るよ」


 なんて清々しい三股宣言だろうか。


 陽馬の中ではそれがベストな回答だった。不満もやむなし。


「三人で海って、映画はどこ行ったわけ⁉」


「ポータブルプレイヤーあっただろ。アレで見よう」


「ピクニックの約束の方はどうするんですか⁉ なんで海!」


「海にピクニックに行く。サンドウィッチ作って持っていこ」


「プラネタリウム……え、海ってもしかして」


「そう、夜の砂浜で本物の星を見る」


 三者の折衷案ということだ。もちろんこの後も非難囂々だったが、陽馬は反論に一切の耳を貸さず出発のために準備を始めてしまう。サンドウィッチ作りのために食パンを用意して挟む具材を調理していると桃花が寄ってきて仕方なしに手伝い始めた。


「じゃあ桃花ちゃんはゆで卵できたら殻むいて潰しといて、俺ちょっとコンビニ行ってくる」


 四人が食べることを考えると食材が足りないので買い出しが必要だった。自転車を漕げば一分もしないところにあるのですぐに帰ってこられる。追加の食パンと他食材も買って戻ってくると、キッチンには三人が並んで立っていたのだった。


「ほんと陽馬って信じらんない」とか「ちょっと素で王様っぽいとこありますよね」だとか「言い出したら聞かないとこあるよね」と言った具合に悪口で盛り上がられている。


 陽馬が「それ分かる~」と会話に参加したら「お前のことだよ!」と巳月に蹴られた。


 出来上がった料理を弁同箱に詰める。サンドウィッチと唐揚げとポテトサラダだ。どう見ても四人分より遥かに多い量を作ってしまったが陽馬の中では規定量だった。砂浜に座る用のレジャーシートを用意し、少しだけ調べ物をしてポータブルDVDプレイヤーと巳月お気に入りの映画を3本持って家を出る。


「まさか今日、海にいくことになるとはね」


 新名が苦笑しながら言う。


「プラネタリウムはまた今度で埋め合わせさせて下さい」


「ハルくんと海いくのは二回目なので、わたしの方は埋め合わせも二倍ですからね?」


「じゃあ川と池か……」


「水場限定じゃなくていいんですけど!」


「ちょっと待った! 陽馬、あんたいつの間に桃花と海なんて行ってたわけ⁉」


「懐かしいですね。春の海でそれはもう熱烈な事が……。ね、ハルくん?」


 懐かしむほど前のことでもないし、そんなに言うほど熱烈でもなかったと思うが、これを聞き捨てられる巳月ではない。陽馬とどこに行って何をしたのか合戦が始まるわけだが、喧噪の中で陽馬だけがほっと息をつく。


 やはり三人一緒の選択をして良かった。誰か一人を選んでいたらこの賑やかさは無かったわけだ。怒られてでもいいから今回のシチュエーションに限り全員と一緒に行動することこそが正解だったと改めて認識する。


 自転車を漕いで駅まで行く途中、桃花と新名に、やま子とすず子も招集をかけるよう伝えた。


「たまにはみんな集めてパーッとやろう。弁当も6人分くらいの量あるし。どうせあの二人ならどっかで監視してるだろ?」


 陽馬の予想通り、二人の合流はすぐのことだった。今日の一部始終も知られていたようで、あきれ顔の二人が駅改札の前で待っている。


「アンタいつか刺されるよ」とはやま子の台詞で「こういう変人じゃないと国のトップは務まらないのかしら」が、すず子の感想だった。今日に関しては「エヘヘ」とバツの悪い顔を見せるしかない陽馬であった。


 電車とバスを乗り継ぎ目的地の海へ着くと、日が天の一番高い所を登り切りっていた。四月に桃花と来た頃と比べれば、今日の砂浜はいくらか人出が多い。五月晴れの陽気は夏本番ほどではないにせよ、砂浜は素足で触れると少し熱いくらい温度があった。


 波がかからない程度に海へ近いところにレジャーシート広げ、さっそく弁当も広げる。一番人気は陽馬自信作の唐揚げだった。クックパッドで調べながら作っただけだったが分量を間違わなければそう失敗することはない。


 食べながら映画鑑賞することになりポータブルプレイヤーを取り出したが、六人で見るには携帯できるサイズのプレイヤーは小さすぎた。ノートPCサイズの画面しかないので本来は一人で視聴する用だろう。


 陽馬はそれでも良かった。海でわざわざ映画を見たことがいつか思い出になるような気がしたからだ。ただ、もしかすると何とかなるかも知れないと思ってすず子を呼んだのだ。案の定、空間に画面を投影できる未来の科学技術のおかげで、砂浜は映画館となる。


 3Ⅾプリンターも使って日よけのパラソルとソファまで生成し完全に寛ぎの空間が出来上がっていた。耐久映画鑑賞なんて家でしか出来ないものだが、まさか外で、それも砂浜で波音を聴きながら開催できるとは思わなかった。


 あまりに快適だったせいか二本続けて上映し、見終わる頃には日が傾き始めていた。海はオレンジ色に染まっている。


 各々が好きに喋り、半ばソファで寝こけている者も居た。日が落ち、空の星がぽつぽつと現れ出したら天体観測の時間だ。


 この頃に見られる星と言えば、月の近くに現れる金星が一番星だ。そのほか暗くなって間もない空に昇る北斗七星を指さす。


 見えることは見えるのだが、いまいち空が明るさを残しており雰囲気に欠ける。陽馬は海なら街灯が少なくて星が見やすいかと思っていたのだが、本来、天体観測の相場は山と決まっている。海は水蒸気が多く見えにくい。


 見上げる地点が高ければ高いほど、星の光が大気を通過する必要がないため観測しやすい。


 科学の次は魔術の出番か、やま子が夜空に光を灯す。星の巡りと星座の位置は魔術との繋がりが深いそうで、目で楽しむ程度の疑似天体を作り出すのは簡単なことらしい。


 宵の刻に、山の上で見られるような満天の星空が瞬いている。


 全員がソファに寝転がって空を見ていたが、ふと体を起こして周りを見る陽馬。


 のらりくらりと、こんな日を続けていきたい。誰かが何かを言い出しても、せっつかれても、無責任でも誠意がなくとも、なんのかんのと理由をつけて誰ひとりとして手放すことなく居られたらいいな、と。陽馬は欲の深いことを考えながらまたソファに寝転がるのであった。

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TIGHT rom-com 帯刀 撫臼 @AkiraTukiyama

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