第17話 ルーマニア語のヒント

ホテルに缶詰状態の私たちにとって、時間は味方であると同時に敵でもあった。

ルーマニア警察の怠慢な捜査は変わらず、日本のメディアの関心も薄れ始めている。

私たちが真実を突き止めなければ、遥の死は「吸血鬼の呪い」として闇に葬られてしまうだろう。


将吾のSNSから得られた情報は、彼が計画的に犯行に及んだことを強く示唆していた。

特に、あの古書に隠された凶器の存在、そして遥のペンダントが彼の手に渡っていたという事実は、彼が単なる衝動的な犯行者ではないことを物語っていた。


私は、将吾がいつも持ち歩いていた古書に描かれた、あの奇妙な図形が気になって仕方なかった。

拓海とのやり取りで、それがブックマークの変形方法を示すものかもしれないという仮説が浮上していたが、それがどんな意味を持つのか、私にはまだ分からなかった。


その時、イアナが私の部屋を訪れた。

彼女は少し疲れているようだったが、その瞳の奥には、確かな光が宿っているように見えた。


「美羽さん、少し気になることがあって…」


イアナは、将吾が事件前に頻繁にルーマニア語で書かれた古書に異常な関心を示していたことを思い出したという。


「彼が特に熱心に尋ねてきたのは、『ストリゴイの血の儀式』に関する記述でした。そして、その儀式には、特定の『紋章』を用いると…」


イアナの言葉に、私は思わず身を乗り出した。

将吾の古書に描かれていたあの奇妙な図形は、もしかしたら「紋章」なのかもしれない。


「ストリゴイの血の儀式…って、何なの?」


私の問いに、イアナは少し躊躇いながらも、話し始めた。


「ストリゴイは、ルーマニアに伝わる悪霊の一種です。彼らは、生きている人間の血を吸い、その魂を支配すると信じられています。そして、『血の儀式』とは、そのストリゴイの力を借りて、他者の精神を支配しようとする、禁断の呪術のこと…」


イアナの説明に、私の背筋が凍った。

将吾の「ドラキュラの末裔」という妄想、そして遥のペンダントを奪っていたという事実。

もし将吾が、この「血の儀式」を行おうとしていたとしたら、彼の狂気は私の想像をはるかに超えている。

彼は、遥の命を奪うだけでなく、その魂までも支配しようとしていたのだ。


「その『紋章』は、どんな形をしているの?」


私が尋ねると、イアナはペンと紙を取り出し、記憶を頼りに、将吾の古書に描かれていた図形を書き写し始めた。

それは、渦巻くような線と、鋭利な角を持つ、幾何学的な模様だった。

まさに、私が将吾の古書の写真で見た、あの奇妙な図形と酷似していた。


「この紋章は、ストリゴイの力を呼び覚ますと伝えられています。そして、その紋章の形は、**『影の牙』**を象徴するとも…」


イアナの言葉に、私は再び息をのんだ。

あのブックマークが変形した凶器。

遥の首筋の二つの穴。

すべてが、「影の牙」というキーワードで繋がっていく。

将吾は、ルーマニアの伝承を歪曲して解釈し、自らの狂気を正当化するための道具として利用していたのだ。


「この紋章は、凶器の操作方法だけじゃなく、将吾の狂気の根源を示しているのかもしれない…」


私は、イアナが書き写してくれた紋章の図形をじっと見つめた。

その複雑な線の中に、将吾の歪んだ心が凝縮されているかのようだった。

拓海にこの紋章の画像を送り、将吾のSNS投稿と照合してもらうことにした。

もしかしたら、将吾がこの紋章を、意識的あるいは無意識的に、どこかの投稿で示唆しているかもしれない。


警察が超常現象として事件を片付けようとする中、私と拓海、そしてイアナは、ルーマニアの古い伝承と現代のSNSという全く異なるツールを駆使して、事件の核心に迫ろうとしていた。

将吾の狂気の背後にある真実、そして彼をそこまで駆り立てた闇の正体とは一体何なのだろうか。

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