第5話 悲劇の前夜

修学旅行最後の夜。生徒たちは、古城ホテルでの自由時間を満喫していた。

ロビーでは談笑の声が響き、土産物店では買い物の袋を抱えた生徒たちが楽しそうに行き交う。

しかし、私の心には、ずっと不吉な影が張り付いていた。


遥は、その夜も将吾をターゲットにした投稿を続けていた。

彼女は、ホテルの豪華なディナーの写真をアップロードした後、その中に将吾の姿を小さく写し込み、こんなキャプションを付けた。


「今日のディナーも最高!将吾くんは相変わらず本読んでたけどね。#ドラキュラにはなれない #ただの中二病」


その投稿を見た瞬間、私の胸が締め付けられた。

遥の無邪気な、しかし容赦のない言葉は、将吾の心を深くえぐっているに違いなかった。


私は将吾の様子が気になり、彼が普段座っているロビーの隅のソファに目を向けた。

案の定、将吾はそこに座り、分厚い古書に視線を落としていた。

しかし、その手は微かに震え、ページの端を強く握りしめているのが見えた。

彼の表情は、暗い感情で覆い尽くされているかのようだった。


その時、将吾のスマホが光った。遥の新しい投稿の通知だろう。彼は一瞬、迷うようにスマホに目を向けたが、すぐに顔を背け、再び古書に視線を戻した。

しかし、彼の握りしめた指の力が強くなり、本の表紙がわずかにたわんだ。

美羽は、まるでその本そのものが、将吾の内に秘められた闇を増幅させているかのように感じた。


「美羽さん、どうかしましたか?」


いつの間にか、イアナが私の隣に立っていた。

彼女の視線は、将吾の背中に向けられている。


「将吾くん、最近本当に様子がおかしいの。遥ちゃんも、ちょっとやりすぎな気がして…」


私がそう言うと、イアナは静かに首を横に振った。


「あの古城ホテルには、古い言い伝えがあります。心が弱っている者が夜を過ごすと、闇に誘われる…と。それは、ただの伝説ではありません。人の心の隙につけ込む、別の何かがあるのです」


イアナの言葉は、まるで私に警告しているかのようだった。

彼女の瞳には、遥かなるルーマニアの歴史と、そこに潜む未知の恐怖が宿っているように見えた。


美羽は、イアナの言葉に背筋が寒くなるのを感じた。

遥の挑発、将吾の常軌を逸した執着、そしてイアナが語る不穏な伝説。

すべてのピースが、最悪のシナリオへと導いているように思えた。


その夜、ホテルの廊下は静まり返り、生徒たちの話し声も聞こえなくなっていた。

私は自分の部屋のベッドに横になったが、一向に眠気が訪れない。

明日は、修学旅行最終日。

無事に日本に帰れるだろうか。そんな不安が、私の心を支配していた。


翌朝、その不安は最悪の形で現実となる。

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