第26話 因果応報

 馬淵が取り出したのは高密度の魔素が結晶化したモノだった。馬淵はビー玉程の結晶を躊躇なく飲み込む。


「うおぉぉぉぉ!」


 馬淵の体内で魔素が暴れる。僕は直ぐに馬淵を殺そうとするが、溢れ出る魔素の奔流で近づく事ができない。魔素の奔流は長谷部達の遺体を吹き飛ばすが、馬淵はそれに気付いた様子は無い。

 膨大な魔素は馬淵の肉体と融合していく。筋肉は膨張と収縮を繰り返し、バキバキと骨が砕ける音がここまで届く。


「ぐ……ぐぉぉぉぉ!」


 馬渕は呻き声を上げながら肉体を変貌させていく。

 徐々に膨張と収縮は収まっていき、元の体より一回り程大きくなった所で落ち着いた。


「あー、スッキリした」


 言葉とは裏腹に、馬淵の表情は険しい。その額からは二本の角が生えている。先程までの魔素の奔流を完全に抑え込み己の力としたようだ。

 馬淵の肉体は魔素と融合し、半魔素体となった。魔素部分を操れないか試してみたが、不可能だった。


「今なら分かるぜ、お前の強さが。どうして実力を隠していたかはわかんねーがな」


 魔素によって活性化した脳が馬淵に冷静さを取り戻させたようだ。馬淵は剣に炎を纏わせ、油断なく構える。


「さっきのが本気じゃねんだろ。本気で来いよ。じゃねーと、死ぬぜ」


 馬淵の体がぶれると、次の瞬間目の前に現れる。これまでとは比べ物にならないスピード。それを完全に制御している。

 袈裟斬りを躱し、脇を斬り付けるが、馬淵は横にステップして躱す。


「あれを躱すのか。お前、ほんとに人間かよ」


 馬淵の身体能力は魔素コントロール30パーセントと同程度。今の僕は魔素コントロール30パーセントでの戦闘は二十分が限界だ。それまでに決着を付けないといけない。


 僕は木に身を隠し、死角から近付き首目掛けてナイフを振る。しかし、馬淵は驚異的な反応で躱すと、嗜虐的な笑みを浮かべ剣を振り下ろす。

 それを前転で回避し、再び木に身を隠す。


 馬淵の剣が纏う炎は纏で防ぐ事ができるので問題は無い。問題は、驚異的な反応速度だ。死角からの攻撃も回避される。それなら、その反応速度すら超える一撃を放つしかない。


「ちっ、面倒だな」


 馬淵の周囲を炎が囲む。その炎を全方位に放った。馬淵を中心に半径10mの草木が一瞬で燃え尽きる。炎はそこから燃え広がる事無く、何事も無かったかのように消え去った。


「出て来いよ、黒月。そろそろ終わらせようぜ」


 僕は馬淵の前に姿を現す。馬淵は口端を吊り上げ、上段に構えた。僕はナイフを構え駆ける。今までと同じ、魔素コントロール30パーセントで。


 ナイフと剣、このままだとリーチの差で馬淵の剣が一瞬早く僕に到達する。馬淵は勝利を確信し笑みを深めた。


 すれ違い、馬淵は剣を振り下ろし、僕はナイフを振り抜いた状態で止まる。

 次の瞬間、馬淵の首から勢い良く血が噴き出し、力なくその場に倒れた。


「お前、今まで本気じゃ無かったのか」


 僕は激痛の中、無理やり纏で体を動かし馬淵の元へと歩み寄る。

 最後の一瞬、僕は魔素コントロールを45パーセントまで引き上げた。以前、ブラッドに躱された事から、肉体を保つ限界である45パーセントまで引き上げた。これを越えると、僕の肉体は負荷に耐え切れず、四肢は千切れ飛ぶ。


「本気だったさ。全力では無かったがな」


 そう言うと馬淵は自嘲気味の笑みを浮かべた。


「そーかよ。お前がこんなバケモノだとは思わなかった」


 弱弱しい笑みを消し、馬淵は真っ直ぐ僕の目を見つめる。


「クラスメイトの誼だ、一個だけ忠告しておいてやる。この世界の人間を信用するな」

「肝に銘じておくよ」


 僕の言葉に満足そうな笑みを浮かべると、馬淵の瞳から光が失われる。僕は血溜まりに膝を付き、馬淵の目を閉じる。


 それを見計らったようにこちらへ近づいて来る者がいた。

 木の影から姿を現したのはクラリスだった。


「魔族に覚醒したマブチを殺すとは見事です」


 クラリスは拍手しながらゆっくりとこちらに歩いて来る。

 クラリスの存在には初めから気付いていた。しかし、クラリス程度なら脅威にはならないと思い、馬淵との戦いで全力を出した。全力を出さなければ勝てなかったというのも事実だが。


 しかし、僕のその考えは甘かった。


「ですが、今の貴方ではこれは躱せないでしょう」


 クラリスは僕まで5mの位置で立ち止まり、懐から拳銃を取り出す。こちらの世界に無い筈の物。カトレア殿下は向こうの世界の兵器はこちらに持ち帰っていない、と言っていた。


「どうしてそれを?」


 クラリスは銃口を僕に向け、薄っすらと笑みを浮かべる。


「マブチに聞いたんですよ。魔素結晶を渡す代わりにね。仕組みさえ分かれば作るのは簡単でしたよ」


 馬淵が拳銃の仕組みを知っていた事は驚きだが、今はそれどころではない。拳銃に魔法が組み合わされているとしたら、その性能は向こうの世界の拳銃以上かもしれない。

 今の僕では対処できない可能性が高い。


「お前の目的は何だ? 一ノ瀬を殺してどうするつもりだった?」

「勿論、魔王への手土産にするんですよ。彼の首で私は魔族軍の幹部となる。そういう契約でした」


 契約? つまり、クラリスは魔王か、少なくとも魔族軍と接触している。それに、生徒達の事も魔族には筒抜けという事か。


「長話をして応援を呼ばれても面倒なので、貴方にはそろそろ死んでもらいます」


 クラリスは躊躇なく引き金を引く。心臓目掛けて飛んで来る弾丸を、僕は体を捻り躱そうとするが、痛みで魔素操作が上手くいかず、弾丸は左肩を貫いた。


「ぐっ……!」


 思わず苦悶の声が漏れる。クラリスは驚きの表情を浮かべている。


「まだ、動けるのですか。しぶといですね。ですが、これで終わりです」


 次は躱せない。僕は死を覚悟する。


 因果応報。馬淵達を殺したんだ。殺されても仕方ないか。

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