第27話 理想の話

 クラリスが引金を引き、弾丸が発射される。


 その直前、僕の前に漆黒のマントが躍り出た。


 キン


 フードが脱げ、燃え盛る炎のような真っ赤な髪が現れる。

 ウォッカは振り抜いた刀を鞘に納めると、振り向き僕の頭に手を置く。


「よく頑張ったな、ナイト。後は俺達に任せろ」


 僕とクラリスの間に割って入ったウォッカは、約2mの距離から放たれた弾丸を刀で叩き斬った。信じられない反応と剣速だ。


 ドン


 鈍い音と共にクラリスの体が吹き飛んだ。


「ガハッ……!」


 クラリスは10m以上後方の木に叩きつけられ吐血する。クラリスを蹴り飛ばした人物、ブラッドは僕の傍に膝を付き、ハンカチを僕の肩に当てる。


「それをやったのはあいつで間違いないな」


 蹴り飛ばした後に聞くのか、と思ったが、余計な事は言わずに頷く。


 ブラッドはそうか、と呟くと立ち上がりクラリスの方へと足を進める。その表情からは一切感情を読み取れない。しかし、ブラッドの周囲の魔素は嵐のように荒れ狂っている。

 馬淵が魔素結晶を飲んだ時とは比にならない魔素のうねりは、魔素を視覚化する程だった。


「やっべ、マジ切れじゃねーか。生け捕りが良かったけど無理だな」


 立ち上がったクラリスはウォッカを見て叫ぶ。


「お前はギル! どうして此処に! この眼帯は何者だ!」

「ありゃ、ばれちまったよ」


 それはそうだろう。髪型を変えただけで正体を隠すのは無理がある。眼帯をしているブラッドはフィアナ王女とばれていないようだが。


 クラリスは拳銃をブラッドに向けると、ブラッドはクラリスと10m程距離を空け立ち止まる。クラリスはブラッドが拳銃を恐れたと思い、笑みを浮かべる。


 パン


 破裂音の後、クラリスの左腕が吹き飛び、血が噴き出す。いつの間にか、ブラッドは拳を振り抜いた体勢になっている。

 恐らくだが、魔素によって圧縮された空気を、音速を越えたブラッドの拳が撃ち抜いた。空気の砲弾はクラリスの腕を吹き飛ばした。それが今起こった事だろう。


 しかし、クラリスは何が起こったのか理解できていない。


「え?」


 このままでは出血死するのも時間の問題だろう。しかし、クラリスは驚きのあまり、止血も忘れて固まっている。


「お前は、私の大切な弟子を傷つけた。その事を後悔しながら死ぬがいい」


 そこで、漸くクラリスは自分が殺されそうになっている事に気付く。


「待って! 取引しよう! 私は魔王と会ってる! 魔王の情報をあげる!」


 クラリスがそう言った瞬間、クラリスの頭から魔素が流れ出る。その魔素は意志を持っているかのように流れて行く。

 その先にはメモリーが居た。目が合うとメモリーはウインクしてきた。それを無視してブラッド達に視線を戻す。


「必要ないな」


 短く答えるブラッドに、クラリスはみっともなく首を垂れる。


「お願いします! 殺さないで下さい! 何でもしますから!」


 ブラッドはフッと笑みを浮かべる。それを了承と取ったクラリスは同じく笑みを浮かべる。しかし。


「裏切り者を許す程我等の主は甘くない」

「待っ」


 クラリスが言い終わる前にブラッドは拳を振り抜き、クラリスの首から上は消し飛んだ。

 ブラッドは残った体を一瞥もせずこちらを振り向き、一瞬で僕の元へと来る。


 ウォッカとメモリーは報告の為、馬淵の遺体と共にカトレア殿下の元へと向かった。


「あの、ブラッド? 歩くくらいできますよ」


 ブラッドは無言で僕を優しく抱き上げる。所謂お姫様抱っこだ。


「ダメだ」


 そのままブラッドは歩き出す。


「服が汚れてしまいますよ」


 肩から流れる血がブラッドの袖を汚す。


「構わない」


 ブラッドは立ち止まると僕の顔を見下ろす。その表情は悲痛なモノだった。


「どうしてそんな無茶をした。あと少し、私達が遅れていれば死んでいた」

「任務ですから」


 僕がそう言うと、ブラッドは更に表情を歪める。

 ブラッドは僕の体に負担がかからないようにゆっくりと歩き出し、語り始める。


「陰は、私以外は全員孤児だ。スラムで死にかけていたウォッカ達を殿下が保護し、城での仕事を与えた。だから、ウォッカ達は殿下に忠誠を誓っている。私は、この金銀妖瞳のせいで生まれて直ぐに殺される予定だった。だが、殿下が、お姉様がそれを止めた。この命はお姉様に救われた。だから、私は忠誠を誓っている。お前は何故だ? どうしてそこまで出来る?」


 真っ直ぐ前を向いたままブラッドは僕に問いかける。


「僕はカトレア殿下に忠誠を誓っている訳ではありません」


 ブラッドは表情を変えず視線だけこちらに向ける。


「では、お前が命を掛けてまで任務を遂行しようとした理由は何だ?」

「それは、僕の理想の為です」

「理想?」


 ブラッドに下ろしてもらい纏で無理やり立つと、ブラッドのサファイアのように美しい瞳を真っ直ぐ見つめる。


「僕は、善人が踏み躙られ、悪人がのさばるのが許せない。そんな世界を変えるにはどうすればいいか。簡単です。悪人を殺せばいい。悪が滅びれば善人が踏み躙られる事は無くなる。元の世界ではそれはできませんでしたが、ここなら、今の僕ならできる」

「悪を殺すお前は悪ではないのか」

「勿論悪です。最後に残った悪、僕が消えればこの世から悪は滅びます」


 僕の歪んだ理想を聞き届け、ブラッドは優しく、悲し気に微笑む。


「馬鹿だな、お前は。悪を滅ぼすなんてできる訳が無いだろう」

「だから、理想なんです」


 僕は自嘲気味の笑みを浮かべる。理想とは考えうる最高のモノ。叶うかどうかではない。僕は、それに向けてただ進むだけ。


「お前は本当に馬鹿だよ」


 ブラッドの左頬を一筋の涙が流れる。穏やかな笑みを湛えながら流れるその涙の意味を、僕は理解できなかった。

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