第25話 魔物の呼び笛
魔物の討伐は順調に進んだ。事前に聞いていた通り、二、三人で対処できるような弱い魔物しかおらず、森に入って三十分程で三体の魔物を狩った。
休憩中、馬淵は徐に立ち上がるとポケットから小さな笛を取り出す。
「お前ら悪いな。ま、こんな雑魚ばっかなら死ぬ事は無いだろ」
馬淵が持つ笛を見て、騎士の一人が慌てた様子で叫ぶ。
「何故お前がそれを持っている!」
騎士は馬淵から笛を奪おうとするが、その前に馬淵は笛を吹いた。
笛の音が森に響き渡る。すると、無数の魔物がこちらに向かうのを感知した。生徒達も異変に気付いたようだ。
騎士は苦い表情で生徒達に説明する。
「あれは魔物の呼び笛だ。直ぐに無数の魔物がやって来る。信号弾を上げろ。君達は円になって救援が来るまで耐えるんだ。大丈夫、この森には弱い魔物しかいない。いくら数が来ても救援が来るまで耐える事はできる」
騎士は生徒達を見回し、馬淵、長谷部、相模の三人が居なくなっている事に気付き舌打ちする。
「くそ、あいつら何が目的なんだ」
どうやら、裏切り者の情報は騎士には伝えられていないようだ。騎士は戸惑いながらも生徒達を落ち着け円陣を組ませる。僕は信号弾を上げ、円陣に加わる。
円陣の完成と同時に、全方向から魔物が飛び出してきた。その迫力に生徒達は気圧されるが、自分が引けば仲間が危険に晒される、と自らを奮い立たせる。
「落ち着けば対処できない相手ではない!」
騎士は円陣の外で魔物を屠りながら生徒達を鼓舞する。
騎士の奮闘もあり、円陣は崩れる事無く魔物を退けていた。しかし、森の奥から膨大な魔素を持った魔物が向かって来るのを感知した。それは直ぐに僕達の前に姿を現した。
「な、何故、あんなモノがこの森に?」
騎士は驚愕に目を見開く。
姿を現したのは、体長3mを越える熊の魔物。その身に宿す魔素はワイバーンに匹敵する。額には他の魔物より二回り程大きな角。
「グオォォォォ!」
熊の魔物の咆哮に生徒達は身を竦ませる。何とか円陣は維持しているが、あの熊の魔物が来れば、崩れるのは一瞬だろう。
「あいつは僕が引き付けるよ」
僕がそう言うと、隣に居た結城がこちらを振り向く。
「何言ってるの?」
結城の言葉には答えず、僕は熊の魔物へと一直線に駆け出す。邪魔な魔物を剣で排除しながら突き進む。結城が何かを叫びながら僕を追おうとしていたが、騎士に止められた。
僕が抜けた穴は騎士が補っている。救援もすぐそこまで来ている。熊の魔物さえどうにかすれば問題は無いだろう。
すれ違いざま熊の足を斬り付けると、熊は僕を睨みそのまま追ってきた。周囲の魔物を屠りながら、十分離れた所で熊に向き直る。
持っていた剣を熊の喉目掛けて投げつける。熊はそれに反応する事すらできず、剣は喉を貫通する。勢いよく地面を転がる熊は既に絶命していた。
僕はその熊に目もくれず、漆黒のマントを羽織りフードを深く被り、目的の場所へと駆け出す。
森の中間地点に到着すると柵が設置されていた。一定間隔でランタンのような物が設置されており、魔物避けの役目を果たしているらしい。その内の一つが破壊されていた。そのせいで熊の魔物がこちらに来たのだろう。周囲に魔物は居なかったのでそれを無視して先に進む。
柵の奥は比べ物にならない程魔素濃度が高かった。強力な魔物が発生するというのも納得だ。恐らく先程のランタンは魔物避けだけでなく、ここの魔素を外に漏らさない結界の役目も担っているのだろう。
暫く森を進むと、目的の場所に到着する。そこには、馬淵、長谷部、相模の三人が待ち構えていた。
「あ? 誰だてめえ。一ノ瀬か?」
僕に気付いた馬淵が怪訝な視線を向ける。
「一ノ瀬ならここには来ないぞ」
僕の言葉に長谷部が過剰に反応する。
「何でお前がそれを知っている! 顔を見せやがれ!」
僕に詰め寄ろうとする長谷部を、馬淵が手を挙げ制する。
「一ノ瀬がここに来ないってのはどういう事だ」
「どうと言われても、そのままの意味だが。お前達が昨日接触したのは一ノ瀬ではなく、僕の仲間だ。あいつは今頃訓練を終えて拠点に戻っている頃だろう」
「あ? 何言ってんだ?」
「こちらからも一応聞いておく。一ノ瀬を呼び出してどうするつもりだ」
僕の問いに馬淵は凶悪な笑みを浮かべる。
「ハッ、決まってんだろ。殺すんだよ。あいつは目障りだからな。その後は榊と皇だ。あいつらさえ消せば後は雑魚だ。俺の奴隷になるってんなら生かしてやってもいいがな」
馬淵を殺す事は決定した。洗脳されている様子は無く、自分の意志で一ノ瀬と榊を害するというのなら容赦はしない。
「後ろの二人も同じか?」
僕の問いに長谷部と相模は下卑た笑みを浮かべながら頷く。
「当たり前だろ」
二人も洗脳されている様子は無い。この瞬間、二人の死も決定した。僕はナイフを抜き、フードを脱ぐ。
「せめてもの慈悲だ。苦しまないように殺してやる」
僕の正体を知った三人は腹を抱えて笑う。
「お前が俺達を殺す? 冗談だろ?」
僕は魔素コントロール20パーセントで長谷部の隣に移動する。三人にはそれに気付かず、まだ笑っている。
ナイフに魔素を纏わせ振り抜く。何の抵抗も無く長谷部の首を両断する。ボトッ、と長谷部の頭が落ちた。
「は?」
馬淵の間抜けな声が響く。長谷部の体が倒れるより早く、同じように相模の首を斬る。
一瞬で仲間を失った馬淵は発狂し叫ぶ。
「何なんだお前は!」
僕が馬淵の首を落とそうとナイフを振るが、紙一重で避けられる。
距離を取った馬淵の口元が歪み、懐から薄緑の結晶を取り出す。僕はそれを警戒し近付く事を躊躇ってしまったが、それは間違いだった。
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