第24話 外界

 明朝、生徒達は城壁の前に集まった。どこか浮ついた雰囲気を感じる。この世界に来て初めて城の外に出るのだ。浮かれてしまうのも仕方ないだろう。


「皆さん、おはようございます」


 見送りと称して、シュガーを引き連れやって来たカトレア殿下が生徒達の注目を集める。


「浮かれてしまう気持ちも分かりますが、これは遠足ではありません。油断していると怪我では済みませんよ」


 カトレア殿下は柔らかい笑顔でそう言う。一部の生徒は気を引き締めるが、殆どは冗談だと思ったのか笑みを浮かべている。


「それでは、皆さん気を付けて行って来て下さい」


 カトレア殿下の意図は図りかねるが、この雰囲気のまま訓練に臨めば、怪我人が出る事は避けられないだろう。各班のリーダーは油断なく気を張っているので大事には至らないと思うが。

 それが目的か? この世界が日本のように平和では無いと生徒達に教える事が。


 カトレア殿下は後ろに下がり、ウォッカに場所を譲る。ウォッカの後ろには八人の騎士が並んでいる。魔素量は少ないが安定している。ウォッカに鍛えられているのか、それなりの実力はあるらしい。


「ここから南の森まで歩いて約三十分だ。森では既に騎士団員が拠点の設営を行っている。拠点で三十分の休憩を取った後訓練を開始する。訓練中何か問題が起こったら拠点に戻って来い。まあ、騎士団の精鋭が二人も付いているから大丈夫だと思うがな」


 ウォッカは振り向き挑発的な笑みを浮かべる。騎士達は引きつった笑みを浮かべているが、大丈夫だろうか。


「森の調査は済んでいる。そこまで心配する事は無いだろう。てことで、出発」


 ウォッカの号令で城門が開き、生徒達は初めて城の外に足を踏み出す。


 馬淵達の様子を伺うが、洗脳されている様子は無い。つまり、これから起こる事は全て馬淵達の意志で行われる、という事だ。


 森への道中、生徒達は和気藹々と談笑しながら歩く。騎士はそれを咎める事も無く、ただ生徒達の後を付いて行く。

 特に何かが起こる事も無く森へと到着した。森の入口には二十人は余裕で入りそうな大きな天幕が三つ立てられていた。その前に十人の騎士が並び、敬礼で生徒達、いや、ウォッカを出迎える。


「ご苦労だったな。お前達は休んでろ」

「はっ」


 十人の騎士達は少し離れた場所にある天幕に入って行く。


「三十分後此処に集合だ。それまでは自由にしていい。右が男子、左が女子の天幕だ。自由に使ってくれ。但し、森に入る事は禁止だ」


 そう言うと、ウォッカと騎士達は、天幕に入って行く。生徒達もそれぞれの天幕に入って行く。


 僕は森の様子を伺う。今の僕は、一方向に集中すれば40mまで魔素感知できる。確認できるのは森の入口程度だが、危険な存在はいないようだ。

 天幕に入ると、人数分の椅子と四つのテーブルが置かれていた。生徒達は班毎に集まっていたので、僕は四班のメンバーが集まっている場所に座る。すると、馬淵の取り巻きAこと長谷部が僕に荷物を放り投げて来る。


「おい、荷物持ち。ちゃんと持ってろよ」


 何が入っているのか、その荷物はかなりの重さがあった。纏があるのでこの程度の重さは無いに等しいが、普通に運ぼうと思ったらかなりの負荷が掛かるだろう。

 その証拠に長谷部の額には薄っすらと汗が滲んでいる。僕に嫌がらせをする為にそこまでするか。


 同じように取り巻きBこと相良も僕に荷物を渡す。その様子を見ていた右京が二人に食って掛かる。


「おい! お前ら自分の荷物くらい自分で持てよ!」

「大丈夫だよ。僕はこれくらいしか役に立てないから」


 そう言うと、馬淵は口端を吊り上げ右京を睥睨する。


「だとよ」


 そう言う馬淵だが、荷物を僕に渡してくる事は無い。右京は苦い表情で僕を見る。


「黒月、嫌なら嫌ってちゃんと言えよ」

「うん。ありがとう、右京君」


 右京は最後に馬淵達を睨むと、一ノ瀬達の元へと戻る。その一ノ瀬は複雑な表情でこちらを見ていたが、何も言ってくる事は無かった。

 険悪な雰囲気を変えるように轟がわざとらしく明るい声を出す。


「それにしても、よく訓練に参加しようと思ったな」


 投げかけられた言葉に、僕は苦笑いを浮かべる。


「僕だけ参加しない訳にはいかないからね。自分の身を守るくらいはできるから、僕の事は気にしなくて良いよ」

「そうか。こっちに来て初めて話したけど、黒月って結構すげー奴なのかもな」


 轟は笑いながらそう言う。轟は良くも悪くも素直だ。思った事をそのまま口にするその性格は好感が持てるが、男子高校生としては正常な欲望もそのまま言葉にしてしまう為、女子からは敬遠されている。


「だな。まあ、なんかあったら俺らが守ってやるよ」


 天馬は轟の言葉に頷き、自信満々に嘯く。二人のおかげで険悪な空気は霧散していった。


 三十分後、生徒達は天幕の前に集まる。


「訓練を開始する。各班魔物を五体狩ってくる事。種類は何でもいい。何か問題があったら此処に戻って来い。それも難しいようだったら信号弾を上げろ。使い方は分かるよな」


 ウォッカは、手に持つ信号弾を掲げる。信号弾は各班に二つずつ配られている。筒形で、空に向けて紐を引っ張るだけの簡単な仕組みだ。

 生徒達が頷くのを確認すると、ウォッカが号令を出す。


「よし、じゃあ、行ってこい」


 生徒達は班毎に森へと入って行く。馬淵率いる四班も森へと足を踏み入れる。

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