第23話 エスパー

 食堂に入ると、四人掛けのテーブルに一人で座る西園寺と目が合った。西園寺は驚いた表情をした後手招きをするので、僕は西園寺の正面の席に座る。


「もしかして、先約がいましたか?」


 僕が少し躊躇した事でそう思ったのだろう。


「いや、そういう訳ではないけど、西園寺さんと二人でいると目立つから」


 そう言うと、西園寺はフフッと小さく笑う。


「その心配は無用です。認識阻害の魔法を使っているので、他の人から私達は認識されません。貴方には効果が無かったようですが」


 西園寺は半目で僕を睨む。西園寺の魔法は完璧だったが、僕には効果が無かったようだ。西園寺は僕の魔素伝導率が原因だと思っているようだが、それは間違いだ。

 西園寺の認識阻害の魔法は人を対象にした魔法では無く、空間を対象にし、その空間を認識できなくするというモノだ。なので、僕にもその空間を認識する事はできない。


 では、何故僕は西園寺と目が合ったのか。僕は魔素の流れで西園寺がそこに居る事を認識していた。その為、僕に対して認識阻害の効果が表れなかった。

 しかし、魔素感知の事は言えないので、勘違いしてくれているのなら好都合だ。


「どうしてそんな魔法を?」


 認識阻害はかなり高度な魔法だ。王宮魔導士でも使えるのはクラリスだけだ、とメモリーが言っていた。


「私は一人が好きなのです」


 それならどうして僕を呼んだんだ。


「なら、どうして自分を呼んだんだ、という顔ですね」


 エスパーか!?


「エスパーではありません。顔にそう書いてあります」


 やはりエスパーではないか。


「僕は表情の変化は乏しいと思っていたんだけど」


 そう言うと、西園寺は呆れたような表情を浮かべる。


「素の貴方はそうかもしれませんが、猫を被っている時の貴方はかなり表情豊かですよ」


 言われてみれば、普段は周りに合わせて表情を変えていたかもしれない。


「そんなことより、貴方を呼んだ理由は聞きたい事があったからです。明日の実践訓練についてどう考えていますか?」

「どうとは?」


 聞き返すと西園寺は眉を寄せ僕を睨む。


「このタイミングで実践訓練をするのは何故か、という事です」


 これ以上とぼけると本気で怒られそうなので真面目に答える。


「普通に考えると魔族に動きがあったんだろう。それで急遽実践訓練をする事になった」

「やはりそうですか」


 西園寺も同じ考えだったらしく、すんなりと受け入れる。ただ、それも間違いでは無いだろうが、恐らく別の目的がある。


「若しくは、裏切り者を炙り出す為」

「裏切り者?」


 その考えは無かったらしく、西園寺が可愛らしく首を傾げる。


「魔族側から見れば生徒達は驚異の筈。だが、碌に戦闘経験の無い今なら簡単に始末できる。裏切り者は動くタイミングを見計らっていただろう。そこで、明日の訓練。生徒以外には騎士団員が二人だけ。絶好のチャンスだ」


 西園寺の顔が青ざめる。どこか楽観視していたのだろう。魔族が動いたとしてもまだ大丈夫だと。明日の訓練では危険は無いと。


「まさか、クラスメイトの中に裏切り者が?」


 西園寺は余裕の無い表情で周囲を見回す。こちらの世界にも慣れてきた生徒達は、各々談笑しながら食事を取っている。

 本当にこの中に裏切り者がいるのか、といった表情だ。始末という言葉で必要以上に恐怖を掻き立ててしまったようだ。


「それは分からない。生徒なのか、王宮の人間なのか。ただ、二班は一番安全だよ。西園寺に危険は無いから安心して」


 二班は女子だけの班だが、榊、大和、神楽坂、そして西園寺と優秀な生徒が揃っている。ワイバーンより弱いという魔物に苦戦する事は無いだろう。

 裏切り者に関しても既に狙いは分かっている。二班が危険に晒される事は無い。


 西園寺は何故か驚いた表情を浮かべている。


「どうした?」

「いえ、随分自信があるのですね。それと、貴方雰囲気が変わり過ぎではありませんか? 普段からそうしていれば良いのに」


 そう言った西園寺だが、少し考える素振りを見せると首を横に振る。


「やはり、それはダメですね。素の貴方を出すのは私の前だけにして下さい」


 いつもの上品な笑みでは無く、妖艶な大人びた笑みを浮かべると、西園寺は食器を持って立ち上がる。西園寺が立ち去ると認識阻害の魔法は解除された。


 夕食を終え、自室で図書館で借りた本を読んでいると、ノックの音が聞こえる。僕はノックの聞こえた場所、窓を開ける。すると、ライアーが自然な動作で窓から部屋に入って来た。


「やあ、調べて来たよ」


 ライアーは軽く手を挙げて挨拶すると、自分の部屋のように椅子で寛ぎ始める。


「紅茶でも淹れましょうか?」


 そう言うと、ライアーは少し迷うそぶりを見せるが首を横に振る。


「やめておくよ。僕が此処に来た痕跡は残したくない。王女サマも認めた君の腕は気になるけどね。ブラッドが絶賛していたよ。ナイトの淹れた紅茶は絶品だってね」


 ライアーは揶揄うように言う。あまり過度な期待をされても困るのだが。


「てことで、早速だけど報告するよ。ナイトの予想通りマブチは明日動くつもりだ。マブチの部下がイチノセに接触を図った。各班のリーダーで森の奥の魔物を討伐するって名目でイチノセを呼び出した。場所は此処」


 ライアーから印の付いた地図を受け取る。場所は、中央の柵よりも奥。強力な魔物が出現すると言われていた場所だ。


「ありがとうございます。助かります」

「これは、ブラッドの修行を耐え抜いたお祝いって事で、貸しにはしないであげるよ」


 ライアーは憐れむような視線を向けて来る。確かにブラッドの修行は厳しかったが、そんな目で見るのは止めて貰いたい。


「それより、君は面白い事を考えるね。魔素で文字を書くなんて。僕も今度から使わせてもらうよ」


 そう、僕は魔素を操作し空中に文字を書いてライアーに調査の依頼をした。この方法なら周囲の魔素を知覚できる人間にだけ伝える事ができる。

 今は少し集中する必要があるが、慣れればその必要も無くなるだろう。


「一つ質問してもいいですか?」

「ん? いいよ」


 立ち上がりかけたライアーはもう一度深く椅子に腰かける。


「陰で魔王を倒す事は可能なのではありませんか?」

「可能だよ」


 ライアーは即答するが、ただ、と続ける。


「100パーセントじゃない。もし、魔王が此方の想定以上の力を持っていて、此方が全滅すればそれで人族は終わりだ。はっきり言って、陰の五人で人族の全戦力より強い。まあ、他の国も隠している戦力はあるだろうからそれも加えると分かんないけどね。今までも僕達が魔族の幹部を何体か始末したから何とか前線を保てている。そんな僕達を万が一にも失う訳にはいかないから魔王討伐には行けないんだ」


 一応理屈は通っているが、それが全てでは無いだろう。カトレア殿下は魔族との戦争の後を見据えている。

 魔王を倒した後、始まるのは人間同士の争いだ。他国に隠された戦力がある以上、迂闊に陰を動かす事はできない。陰を失えばその後の覇権争いの脱落を意味する。


 しかし、人族最大の国家として戦争に貢献しない訳には行かない。

 そこで、魔族の幹部を始末する事で戦争への貢献と、幹部を始末できるだけの戦力を持っていると他国にアピールしたのだろう。


「なんか、君は全部気付いている気がするな。ウォッカなんかは何も考えていないのに。ま、兎に角ナイトは自分の任務に集中しなよ。結局の所、陰はカトレア様の指示に従うだけだから」


 そう言ってライアーは窓から出て行く。ライアーの言う通り、今は自分の任務に集中する。


 明日、僕は馬淵を、裏切り者を殺す。

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