第5章 ― そして、本を閉じる ―
朝が来た。
本棚の奥に差し込む光は、昨夜よりもやわらかかった。
葉月は書き終えた日記帳を静かに閉じ、膝の上に置いた。ページには、ルカやシアン、そしてあの“未完の少女”の姿が描かれていた。
「終わったんだね……」
その声に、ルカがそっとうなずいた。
「でも、物語に“終わり”なんて本当はないの。読まれるたびに、登場人物はまた生きる。あなたがそうだったように」
葉月は本棚の向こうを見渡した。
その場所にあった無数の背表紙は、もうすべてが“読みかけ”ではなかった。
ほんの少し、形が整っている。光をまとい、誰かに読まれる準備を整えているようだった。
「……帰らなきゃ、ね」
「うん。でもね、葉月。また来られるよ。あなたが読んでくれれば、またここで会える」
「わたし、忘れないよ。あなたたちのこと、絶対に」
ルカが差し出した手に葉月が触れた瞬間、本棚の奥に風が吹いた。
ページがめくれる音。言葉が空気に溶ける気配。
それらすべてが、優しい別れの合図だった。
◇
気がつくと、葉月は自分の部屋の床に座っていた。
夜明けの空は、薄桃色に染まっている。
あの本棚は、変わらず壁際にあった。けれど、奥へ続いていた道は、もうどこにも見当たらない。
彼女はそっと手元のノートを見た。
まっさらなページの一番上に、こう記してある。
「読まれなかった登場人物たちへ。私は、あなたたちの物語を読んだ。これからも、読みつづける」
◇
それからの日々、葉月は時折、静かに本を開いた。
図書館でも、古本屋でも、ページの隅に“名もなき誰か”の存在を探した。
誰にも知られずに消えかけた声が、そこにある気がした。
そして――彼女は物語を書くようになった。
登場人物には、名前を。
出来事には、終わりを。
そのすべてに、“忘れられなかった”という希望を込めて。
読まれなかった本がある限り、
きっと、またどこかの誰かが“読む”。
魂が、もう一度そこに宿るように。
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