第5章 ― そして、本を閉じる ―

朝が来た。

本棚の奥に差し込む光は、昨夜よりもやわらかかった。

葉月は書き終えた日記帳を静かに閉じ、膝の上に置いた。ページには、ルカやシアン、そしてあの“未完の少女”の姿が描かれていた。


「終わったんだね……」


その声に、ルカがそっとうなずいた。

「でも、物語に“終わり”なんて本当はないの。読まれるたびに、登場人物はまた生きる。あなたがそうだったように」


葉月は本棚の向こうを見渡した。

その場所にあった無数の背表紙は、もうすべてが“読みかけ”ではなかった。

ほんの少し、形が整っている。光をまとい、誰かに読まれる準備を整えているようだった。


「……帰らなきゃ、ね」

「うん。でもね、葉月。また来られるよ。あなたが読んでくれれば、またここで会える」


「わたし、忘れないよ。あなたたちのこと、絶対に」


ルカが差し出した手に葉月が触れた瞬間、本棚の奥に風が吹いた。


ページがめくれる音。言葉が空気に溶ける気配。

それらすべてが、優しい別れの合図だった。



気がつくと、葉月は自分の部屋の床に座っていた。

夜明けの空は、薄桃色に染まっている。

あの本棚は、変わらず壁際にあった。けれど、奥へ続いていた道は、もうどこにも見当たらない。


彼女はそっと手元のノートを見た。

まっさらなページの一番上に、こう記してある。


「読まれなかった登場人物たちへ。私は、あなたたちの物語を読んだ。これからも、読みつづける」



それからの日々、葉月は時折、静かに本を開いた。

図書館でも、古本屋でも、ページの隅に“名もなき誰か”の存在を探した。

誰にも知られずに消えかけた声が、そこにある気がした。


そして――彼女は物語を書くようになった。

登場人物には、名前を。

出来事には、終わりを。

そのすべてに、“忘れられなかった”という希望を込めて。


読まれなかった本がある限り、

きっと、またどこかの誰かが“読む”。

魂が、もう一度そこに宿るように。

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