第5章:美しくなくても、生きていい

ある晩、和子は帰宅後にふとメイクを落とさずに鏡を見た。

目元に少しだけ疲れがにじんでいた。

でも、それを見て思った。


――ああ、これも私なんだな。


整えられた髪でもなく、アイラインの引かれた目でもなく、

ただ少し疲れた顔の「私」が、確かにそこにいた。


ふと、昔ママが言っていた言葉を思い出す。


「混ぜご飯はね、しっかり混ぜたら混ぜた分だけおいしくなるのよ」

――いろんなものがあるから、ちゃんと混ざって、深い味になる。


きっと私もそうなのかもしれない。

傷ついたことも、疑ったことも、愛されなかったと感じたことも。

全部混ざって、今の私になる。

全部混ぜて、ちゃんと生きていく。


「美しくなくても、生きていい」

そう思えた瞬間、胸の奥に温かいものが生まれた。


美しくあることは、罰じゃない。

誰かを壊すほどの罪じゃない。

美しさは与えられたものじゃなく、受け止めるものなんだ。


伯父の死は消えない。

だけどその死まで、自分のせいにして生きるのはやめよう。

伯父が苦しんだ理由は、伯父だけのもので、

私が背負うべきではなかった。


そんなふうに、やっと思えた。


和子はそっと鏡から目をそらした。

もう「映っているもの」が怖くはなかった。

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