第4章:賞賛という傷

伯父の死から数年が経った。


社会人として働き始めた和子には、何の変哲もない日々があった。

職場では丁寧で気配りのある人として評価されていた。

ランチの誘い、さりげない好意、街中で振り返られる視線。


――「きれいですね」


その言葉は、刃のようだった。


褒められれば褒められるほど、伯父の顔が浮かぶ。

あの目。あの手。あの、壊れていった心。


「きれい」と言われるたびに、

「また、誰かが壊れてしまうんじゃないか」と思った。


鏡の中の自分を見つめながら、思う。


――この顔は誰のもの?

――どうして、怖いと思うの?

――どうして、うれしくないの?


ある日、親しくなった同僚がぽつりと呟いた。


「和子さんって、なんかいつも謝ってばっかりですよね。

もっと自信持っていいのに、すごくきれいなんだから」


それを聞いた瞬間、和子の心は少しだけひび割れた。


「きれい」という言葉は、憧れでも、喜びでもなく、

彼女にとっては、呪いだった。


――きれいになりたかった。

でも、なった代わりに大切な人が死んだ。

だから、自分が美しくある限り、また誰かを傷つけてしまう。


そうやって和子は、

自分の美しさを憎み始めた。

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