GRI本部にて
何だ、何が起こっている?
俺は必死に考えるが、何も答えは生まれない。
あまりに突然の出来事だった。
つい昨日、俺たちをサポートすると名乗りでてきた男――神崎信之介。その彼が、俺に声をかけてきた。後ろに止めてあった黒塗りの車の助手席に誘われ、今はどこかに走り出している。
――いやいや、俺もなんで素直に乗るんだよ。
ほんの少し前の自分が馬鹿みたいで、イライラする。
焦り悩む俺の横で、ハンドルを握りながら神崎さんが言う。
「さて、久米川君」
ルームミラー越しに目が合う。
「君が何故ここにいるか、理解しているか?」
「……全く」
「そんなに怯えることはない。つい昨日言ったばかりだろう――いや。彼女に言われた、かな」
彼は無表情に言う。
「『我々は君たちに危害を加えるつもりはない。むしろ、君たちの戦いをサポートしにやってきた』とな。信じてくれ」
やはり、彼は俺の正体がわかっているらしい。俺は静かに唾を飲む。
危害は加えない。信じろ。そう言われても、怖いものは怖い。単純な言葉で信用を買えるほど、俺は純粋じゃない。
俺は平凡な高校生だったんだ。それがどうして、政府の人間の助手席に乗る羽目に。
やはり巨大ロボットの出現は、人間にとって規模の大きすぎる事件なのだろう。
神崎さんの分厚い手がハンドルを回す。一体どこまで行くつもりなんだ。
「目的地に着くまでに、少し時間がかかる。その間に、何か質問があれば訊いてくれ」
俺は少し考えて、恐る恐る口にする。
「……じゃあ、いくつか」
「どうぞ」
俺は首だけ動かして神崎さんの横顔を見た。
謎ばかりのこの人は、果たして真実を教えてくれるのか。心配は多かったが、俺にはタイムリミットまでに聞きたいことがある。観念して、口を開いた。
「まず、どうして俺の正体がわかったんです?」
「声の幼さや丸山橙李のことを考慮して、君たちが高校生だと仮定した。あとは録音した音声を使っていろいろと」
「ちょっと、録音していた音声って?」
「昨日、君と柴田桃花、そして卯乃涼香が答えたやつだよ」
まさか、録音されていたとは。全然気が付かなかった。やっぱり、彼には信用しきれない怪しさがある。
「俺は今から、どうなるんですか」
「特にどうもならないさ。五体満足で生きて帰れることは、確実に保証する」
その言葉に少し安堵する。
「この車は、どこに向かっているんですか」
「それは行ってみてのお楽しみだ」
初めてはぐらかされた。言えない事情でもあるのか。
「他のメンバーはそこにいますか?」
「いや、いない。生憎、柴田桃花はもういないし、卯乃涼香は気難しく扱いづらい。それに加え、他のメンバーはまだわかっていない。君しか適任がいなかったと思ってくれ」
彼は満足気に右側の口角を上げた。
「それに、君はあの学校近くの道に現れた。こちらは特に期待していなかったのに。まさに必然的だな」
『適任』って、何のことだろう。返答のあとに語られた不穏な言葉に、疑念と不安が募っていく。
――というか……
「知ってるんですね、柴田が死んだこと」
「陰ながら見ていたからな、全て」
俺は驚いて目を開く。全く気づかなかった。どこにいたのだろう。
神崎さんはため息混じりに呟いた。
「当たり前ながら初めて見たよ、操縦士が死ぬ所を。あれが核なんだな」
信号が赤になる。ようやく、彼は俺の事を見た。
「中にいる人はわかるのか?」
「何をです」
「……いや、ならいい」
何を言いかけたんだろう。俺は少し戸惑う。
信号待ちの間、余裕な時間が出来た。訊くなら今だ。俺はようやく、ずっと考えていた質問を口にした。
「あなたは、俺たちのことをどう思っていますか。世界を守る救世使ですか。それとも、人々に危害を加える恐れのある悪者ですか」
彼は少し考えるように目を伏せたあと、ゆっくりと口を開いた。
「どちらでもない。君たちは守られるべき子供だ。こんな状況だが、その事実だけは変わらない。だから俺は、君たちが生き残るためのサポートをする」
信号が青に変わる。車は真っ直ぐ道路を走り、途中の角を曲がった。ただでさえ田舎の町なのに、こんな所まで来たら何もない。山と畑と空だけが広がっている。
俺が次の質問を考えているうちに、車はどんどんと進んで行く。
とうとう、車体が動きを停めた。
「到着した。今日の質問はもうおしまいだ」
「卯乃みたいなことを言いますね」
「そうか。意外と仲良くなれるかもな」
彼は口角を上げ、僅かに笑う。
シートベルトを外して、車を降りる。少しだけ緊張が緩んで、思わず大きく息を吸った。
目の前に広がるのは、山沿いに位置する一つの四角い建物だった。
手前に設置されたグレーの小さな看板には、GRIと書いてある。巨大機兵特別捜査機関だから、Gigantic Robot Investigation、とかだろうか。英語が苦手な俺の頭に、何故か答えのような文字が浮かんできた。今日は冴えているみたいだ。
神崎さんがほっと安堵のため息を吐いた。車内での俺が従順で、逃亡の可能性など気にもとめていないらしい。隙だらけじゃないか。
彼から目をそらすと、近くの山が目に入った。妙な既視感がある。理由を探ろうと見上げた瞬間、山の側面から顔を出すあるものに気がついた。
「……レーヴ」
この山のすぐ向こうに、レーヴがいる。この施設は、レーヴの真反対に位置しているらしい。
「久米川君?」
訝しむように、神崎さんが俺に近寄る。
彼はきっと、他者を理解していないのだろう。
突然こんなところに連れてこられて、恐怖しない人間がいるだろうか。俺は神崎さんの方を見て、笑う。
戸惑いを隠せずに、彼は俺に手を伸ばした。
隙だらけの神崎さん。そして、レーヴの操縦士である俺。逃げようと思えば、簡単に逃げられる。
彼が目を離した隙にあの言葉を唱えれば、逃げ去ったと勘違いしてくれるだろう。まさかレーヴの中に逃げ込んだとは思わないはずだ。
――そうと決まれば、早く逃げないと。
その意志とは反対に、口は勝手に言葉を紡いだ。
「どうしたんですか。早く行きましょうよ」
俺は自分の口を抑える。
――今、なんて?
「……ああ。そうだな」
神崎さんに手を引かれて、されるがままに施設の中に入った。
中はそこそこ広い部屋だった。長い机と多くの椅子が中央に設置され、奥にはホワイトボード、横には本棚がある。本棚に並ぶのは異常に分厚い本ばかりだった。背の低い仕切りを挟んで、簡易的なキッチンもある。
「ここは……」
「巨大機兵特別捜査機関の本部だ」
「それにしては小さいですね」
「まあな」
思い詰めたような暗い表情で、神崎さんは頷く。今の言葉のどこかに、傷つける表現があっただろうか。焦る俺の前に出て、神崎さんは大きな声を出した。
「いるか、
数秒の間隔があって、「はいはーい」という声が天井から聞こえた。
天井の一部が開き、中から梯子が降りてくる。軽やかに音を立てながら、黒髪の女性が降りてきた。彼女は俺見たあと、あらと納得の声を出す。
「彼が救世使ジェイド?」
「ああ。本名は久米川実里。志麓高等学校の二年生だ」
芦屋と呼ばれた女性は、同情するように目を細める。楕円の眼鏡の奥で鎮座するその瞳に、俺はどれほど哀れに映っているのだろうか。
「こんにちは。私は芦屋
「……よろしくお願いします」
差し出された手をおずおずと握り、握手する。芦屋さんは控えめに微笑んだ。
神崎さんがタイミングを見計らって口を開く。
「今回君にここへ来てもらったのには、わけがある」
「一体どんなわけですか」
「簡単に言えば、情報を教えてもらいたいのよ」
情報。少し抽象的な言い方だった。
「俺は卯乃と違って、レーヴの事を詳しく知りません。あるとするなら、せいぜい昨日話したことくらいですよ」
「俺が知りたいのはレーヴの事じゃない」
神崎さんの目が俺を射抜く。
「知りたいのは、レーヴの操縦士の事だ」
「……は?」
何故操縦士を知る必要があるのか。考えられる可能性は沢山ある。
例えば、核と操縦士の関係について。核が壊れたら操縦士は死ぬが、レーヴと繋がっていない時に操縦士が死んでも、核が壊れるかは定かではない。
オルダーは核を狙っているのだから、その核を起動させる操縦士を皆殺しにすれば、世界終末の危機は免れる。というか、それが一番手っ取り早い。
言葉の意図を想像して、俺は二人をまくし立てる。
「上から言われてるんですか。例えば、操縦士を皆殺しにしろとか、全員を脅迫しろとか……」
「上は関係ない。これは俺の独断だ」
「じゃあなんで。ちゃんと教えてくださいよ。今のあなたは、とてもじゃないが信用できない」
ためらいもなく、神崎さんは断言した。
「保護だ」
「ホゴ……?」
「車の中でも話したろう。君たちはまだ守られる立場の子供だ。それなのに、この世界の為に危険を犯してまで戦ってくれている」
彼は言いながら、ネクタイを締める。
「大人がそれをのうのうと放っておいていい訳がない。保護をし、徹底的にサポートするのが最低限の勤めだろう」
「神崎さん……」
俺は彼を見誤っていたのかもしれない。
彼の瞳には不快な同情とともに、こちらを案じる暖かな優しさが込められていた。
神崎さんの手が俺の肩に触れる。
その瞬間、扉が大きな音を立てて開かれた。
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