大人と子供
「待てや!」
この地域にそぐわない特徴的な方言のおかげで、顔を見なくても訪問者の正体がわかった。
「は、浜田!?」
「未成年連れ込んで何しようとしてんねん! 臓器売買でもするきか、犯罪やぞ! 大丈夫か久米川。はよ帰るで」
凄まじい剣幕で神崎さんに詰め寄り、俺の前で庇うように手を広げた。神崎さんは目を見開いている。後ろの芦屋さんは引き気味だ。
「ど、どうしてここが?」
「レーヴから出たら、なんでか知らんけど学校についてしもてん。チャリ置いて来てたん思い出したからええんやけどな。で、外出て家帰ろうとしたら――」
腕を組みながら、浜田は上を見る。一連の出来事を振り返っているらしい。
「なんやフラフラしとる久米川が、黒塗りの高そうな車に連れ込まれてんのが見えたもんやから、チャリこいで慌てて追っかけたんや」
「あー……」
確かに、あの光景は傍から見ると犯罪めいていたかもしれない。その時の俺は呆然としていて、されるがままの状態だったのも原因の一つだ。
「別に連れ去られたわけじゃないよ。それに、この人のことは信用してもいいと思う」
「なんでやねん! だってあの車見たやろ。こんな田舎であんな高そうな車乗りまわしとるやつ、怪しすぎへん!?」
「えーっと……」
俺は短く事情を伝える。浜田はやや腑に落ちないと言った表情のまま頷いた。
「そうか……そういうことがあったんやな?」
「うん」
「え、俺もしかしてアホ?」
唐突な疑問に、俺は面食らった。表情が思わず苦笑いになる。
「うん?」
「俺さっき勝手に勘違いした挙句、けっこう調子乗ったこと言ってたやろ? 正義のヒーロー感あってテンションごっつ上がっとったから……うわ〜っ、やってもーたー!」
頭を抱えて後悔を叫ぶ浜田。俺はどう声をかけてやればいいのかわからなかった。
「挨拶しといた方がええんかな。保護してくれはんのやろ?」
「うん」
浜田は一歩前に出て、勢いよくお辞儀した。
「俺は浜田黄壱。レーヴの操縦士の一人や。さっきはほんまにすんません!」
「気にしなくていい。俺は神崎信之介だ」
「私は芦屋円。よろしくね」
神崎さんは懐からメモを取り出す。
「それで、君のコードネームは?」
ガバッと顔を上げて「スフェーンやで」と名乗る。
神崎は無表情でペンを滑らせる。書いている内容は容易に想像できた。
「久米川君。他のメンバーは?」
俺は少し警戒して彼を見る。
だけど、いつまでもうじうじしていたって、何も始まらない。少しでも物事を進めた方が、進展もあるんじゃないか。
意を決して、俺は口を開いた。
「全員同じ学校、同じ学年の生徒です。ルビーは六組の永井康弘、アズライトは五組の小林瑠璃」
「計七人……これで全員だな」
神崎さんが素早くメモに目を通して確認する。
「ちなみに聞くが、レーヴの操縦士になってから、困ったことはないか?」
「困ったこと?」俺と浜田の声が揃う。
「ああ。例えば、戦いのストレスで勉強に身が入らないとか」
俺は少し迷う。
レーヴに乗ってから、俺の中身がおかしいと言うべきだろうか。レーヴの事を考える度に、恍惚と恐怖の感情を行き来している。まるで双極性障害みたいに。これは、レーヴに乗る事で起きる脳の障害か何かか?
いつの間にか隣に来ていた浜田が、小さく「そんなんなくても勉強厳しいねんけど……」と呟いた。
その様子を見た神崎さんが破顔する。
「ないならいいさ。でも見つかった時は、遠慮せず言ってくれ」
「それじゃあ、今日は解散にしましょ。ここまで来てくれてありがとう。遅くまでごめんなさいね」
神崎さんが車のキーを取り出して回す。見せびらかしているつもりらしい。
「二人とも、送ろうか」
「いや、俺はいいっす! 自転車あるし。じゃあな久米川。ほんならまた明日」
「あ、うん。また明日」
浜田は全速力で帰って行った。取り残された俺は、しばらくその跡を眺めていた。
浜田には自転車があり、それを漕ぐ足がある。俺には足があっても自転車がない。帰り道すらわからない。わかるのは、家からここまでの距離がかなりあるということだけだ。
途方に暮れていると、神崎さんが「……君は送ろう」と言ってくれた。
「お願いします」
俺はまた黒塗りの車の助手席に乗る。
「……君はないのか」
神崎さんがエンジンをかけると同時に、ぼそりとつぶやいた。
「え?」
「レーヴに関して、困ったこと。君はあるんじゃないか」
俺は呆然と横を見る。彼は真っ直ぐ前を見ているため、目が合わない。けどわかる。見抜かれていた。
「……あるには、あります」
表情には出ていないが、彼が動揺したのがわかった。
「それは、どんな?」
「ごめんなさい。今はまだ言えません」
俺は喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。ちらりとルームミラーを見ると、俺の表情には不安が浮かんでいた。なるほど、これは疑われても仕方ない。
「自力で解決できることならそうしたいし……あまり、俺の中でも確かなことじゃないので」
「そうか。しかし、話せそうになれば教えてくれ。力になる」
神崎さんは俺を見て、力強く頷いた。疲れ果てた大人の見た目をしているのに、中々のガッツだ。
俺は思わず息を吐く。
「本当に、良くしてくれますよね。本当にそれは、俺たちが子供だからですか? 政府の命令でもなく?」
「ああ。政府も何も関係ない。それが真実だ」
オールバックの髪をかきあげながら、アクセルを踏みこむ。車が敷地を出て、道路に乗り込んだ。
「子供はまだまだ、大人を頼って成長していくものだろう」
「そうですかね」
「いや、実際はどうかわからない。なにせ、俺は本当の親を知らん。そのせいか、小さい頃から施設の大人を頼るのは苦手だった」
さらっと気まずい事実が発露して、唖然とする。この人にとっては、親がいないことは世間話の一環なのか。もう慣れているのだろう。
「ならどうして俺たちには『大人を頼れ』と? 価値観を押し付けないでくださいよ」
「違うんだ」
少しだけ、神崎さんの声が荒くなる。驚いて彼を見ると、彼はただ悩ましげに眉間にしわを寄せていた。
「ただ、俺が出来なかった分の苦労を、君たちに味わって欲しくない。今の状況は大いに間違っていると思う。だから頼って欲しいんだ」
言い終わったあと、神崎さんは力なく笑ってちらりと俺の目を見た。
「勝手なエゴで悪いな」
この謎の一時間を経てわかったことがひとつ。俺たちの新たな協力者は、根っからのお人好しだ。
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