巨大機兵特別捜査機関
接触
「イントラーダ」
オルダー襲来の前日――七月十九日。
時刻は放課後。俺はふと思い立って、コックピットに入ることにした。特に理由はない。ただ、何かに導かれるように、例の合言葉を口にした。
部活の時間ということもあり、誰もいない。
浜田は野球部だし、小林は委員会、康弘は部活をサボって友達とカラオケ。あと、柴田が吹奏楽部だった。卯乃は知らない。
コックピットの中は、しんと静まり返っていた。俺は中央の操縦席に近づく。
俺はその上に刻まれている文字を撫でた。
――
もう二度と、この文字に色が宿ることはない。オレンジ色の彼が心底懐かしかった。
優しくて、真面目で、爽やかないい人だった。それがもう、過去の人になってしまったなんて。
あと何回、この感覚が俺の中で
ふと目線を下ろすと、椅子の下に何かが落ちていることに気がついた。
「なんだこれ」
長くて薄っぺらい、真紅の布。
その中央には、黒く滲んだ文字があった。
――これは、もしかして……!
「久米川君?」
体が跳ねる。振り返ると、そこには思い詰めた表情の柴田がいた。
俺は恐る恐る声を出した。
「……部活は?」
「休んだ」
「なんで」
「ここに来なきゃダメだったから、かな」
彼女も俺と同じだと悟った。
『何か』をするために、ここに来た。
でも、その『何か』がわからない。
分からなさすぎて、少しイライラする。
まるで泥沼の中に手を突っ込んで、手探りのまま形すら思い出せない失くしものを探しているような気分だ。
「それって、丸山君のハチマキ?」
彼女の長い指が、俺の手のひらで垂れ下がる布切れを指す。
「あー、うん、みたい。血に隠れて見えづらいけど、必勝って書いてある」
柴田の瞳が、ハチマキをじっと見つめる。意を決したように唇を結び、勢いよく解いた。
「それ、貰えない?」
「え?」
「欲しいの」
「な、何のために?」
柴田は大きく息を吸い、その透き通った声を響かせた。
「好きだったから、丸山君のこと」
「……ええ?」
俺は思わず聞き返した。
だって、俺たちはほんの少し前に会ったばかりだ。いや、柴田と丸山は顔見知りだったっけ。
柴田の目に、涙が浮かぶ。顔を真っ赤にして俯いた。まるで俺が泣かせたみたいだ。
「よかったら、その……話してごらん? 溜め込むより、マシだと思うけど」
正直のところ、慰めたいだけじゃない。単純に、いつから恋心があったのか、何故好きになったのかが気になったのだ。
柴田は鼻をすすりながら頷いた。
「まず、いつから」
「一年前から。段々と」
柴田は俺からハチマキを受けとって、それを握りしめた。
「うちの学校って、空手部が使う武道場の奥に、吹奏楽部の楽器庫があるでしょ。楽器を取りに行く時に、誰よりも一生懸命に練習する丸山君の姿をよく見てて。それで、かっこいいなあって……」
「なるほど」
「オーディションに落ちても、上手くいかなくっても、彼の練習姿を一目見ただけで頑張れた。ずっと憧れていて、好きだったの」
「うん」
「この一件でようやく話せて、嬉しかった。とってもだよ。思ってたよりずっと真面目で、優しくてせーじつで……だから」
彼女はしゃがみこんで、声を震わせた。
「死んじゃって、すっごく悲しいの」
しばらくの間、俺も柴田も動きを止めていた。なんて声をかければいいのか分からなかったのもあるが、何より柴田が慰めを求めていないのは明白だった。ただ溢れてしまっただけなのだろう。
大きくため息をついたあと、彼女は顔を上げた。
「ねえ、久米川君」
「なに?」
「私、やらなきゃダメなこと、全部終わらせた」
頬に添えられた彼女の手が、がしがしと目元の涙を拭った。
「だからもう、いつレーヴを操縦して死んじゃっても大丈夫だよね」
――彼女はもう、そこまで覚悟を決めたのか。
置いてけぼりで虚しいような、素直に尊敬するような。また、よく分からない変な気分だ。
その時だった。
『突然の訪問ですまない。地球の救世使たち、今そこにいるのであれば返事をくれないか?』
モニターの外を見ると、一人の男が俺たちを見上げていた。
オールバックの髪に、凛々しい目。それでいて、どことなくくたびれた雰囲気がある。何となく察した。この人、絶対普通の人間じゃない。
――レーヴ モード ダンビュライト
けむりのように素早く消えたその声は、実際にしたのだろうか。それとも、頭の中で勝手に響いたのか。それを理解する前に、レーヴが姿を変えた。
ちょうどよく、柴田が声を上げる。
「だっ、誰?」
『俺は
俺は訊ねる。
「政府の方ってことですか……?」
『ああ。まあ、難しいことは気にしなくてもいい。一つ解っておいて欲しいのは、われ――』
「『我々は君たちに危害を加えるつもりはない。むしろ、君たちの戦いをサポートしにやってきた』ですか」
今度こそ確実に声がした。振り返ると、そこには顔をしかめた卯乃の姿があった。
「嫌な訪問者が来たわね」
「卯――」
「ダンビュライトと呼んで」
「だ、ダンビュライト?」
「そう」
操縦席に刻まれた文字のことだろう。彼女はコードネームと呼んでいた。では、柴田の事もペツォッタイトと呼んだ方がいいのだろうか。俺はそのコードネームの言いづらさに顔をしかめる。
「神崎さん、ですね」
卯乃涼香ことダンビュライトが、冷静な声で指摘した。
「つい先日に、関わるな、と言ったはずですが」
神崎さんは肩をすくめた。
『そういう訳にはいかないんだ。君たちが操縦するロボットは、大きさも能力も半端じゃない。町に被害を及ぼす恐れがある。悪いが、見逃してくれないか』
ダンビュライトはため息をつくも、最終的には頷いた。レーヴの影が、彼女の動きと連動して大きく頷いている。
『では、情報共有をしようか』
「ご勝手に」
神崎さんが小さく咳払いをする。
『現在、我々政府が君たち『救世団』について知っていることは三つ』
神崎さんの指が三本、天に向く。
『目的は地球の滅亡を防ぐこと。このロボットは姿形を変えること。団員は生存者六名、死者一名であること』
生存者と死者の言葉に、眉をしかめる。そこまで思い切って言われると少し不謹慎だ。
俺たちの――柴田の気も知らないで。
目の前ですっくと立つ男に、じわじわと苛立ちが募っていく。
その気になれば、こんな男握りつぶして殺せるというのに。その可能性に、相手も気がついているはずなのだ。その上でこの態度なら、俺たちを見下している。
もしくは、俺たちにはそれが出来ないと悟っているのか。
『他に何がある? 出来ることなら、リーダー以外に答えて欲しい』
「ジェイド」ダンビュライトの視線が俺を刺す。覚えていることを、できる限り正確に告げる。
「えっと……このロボット・レーヴは、操縦士によって能力を変えます、あと装甲の硬さも。俺たちには宝石の名前が与えられていて、そのモース硬度にそって硬さが決められています」
『宝石か……確か、ダンビュライト、ペツォッタイト、ジェイド、スフェーン、サードニクス、アズライト、ルビー、だったかな』
「は、はい」
素晴らしい記憶力だ。俺は思わずたじろぐ。
『情報の共有はこんな所か。では、こちらの願いを聞いてもらいたい』
願い?
俺たちは顔を見合わせる。
神崎さんが発する言葉を一言も漏らさぬよう、耳をすませた。
『俺も中に入れてくれ』
卯乃が即答した。
「それは出来かねます。この中に入れるのは、選ばれたものだけですから」
『そうか』
少し考えたあと、神崎さんは懲りずに発言する。
『では、次回の戦闘では我々が援護する。君たちが危険な目に合いそうな攻撃は、我々が――』
「必要ありません」
またまた、ダンビュライトは言葉をぶった斬った。全く容赦がない。
しかし、彼女の言葉の続きは、俺にとっても興味深い内容だった。
「と言うよりも、そんな行動は無駄なのです。オルダーに効果があるのは、レーヴの攻撃だけ。何も出来ないのにそこに居られては、邪魔になるだけです」
『……そうか、わかった。では、我々に何か出来ることはあるか?』
俺は思わず「ええ」と軽蔑の声をもらした。本当に懲りないなこの人。ここまで拒絶されて、まだ粘るのか。
今度も「何もありません」と切り捨てるのかと思った。しかし俺の予想に反して、ダンビュライトは真剣な眼差しで薄く口を開いた。
「今回の戦闘で、リセットが行われます」
『リセット、というと?』
「端的に言うと、操縦士の入れ替えです。このリセットは、オルダーとの戦闘が行われる度に発生する……」
つまり、直近のリセットは明日か。俺は情報を飲み込んで、繋げていく。
「ここでリセットされるのは、前操縦士の体です」
『つまり?』
「前操縦士……丸山橙李は、オルダーに潰されて死にました。その体が綺麗に戻り、自宅のベッドの上に転送されます。解剖しても、戦闘の跡は残りません。脳死として処理されます」
体が、元に戻る。
そんなことがあるのか、と思わず疑った。だって、彼が死に血を流した証は、柴田がたった今手に持っている。
でも、不思議すぎる現象は、もう何度も体験してきた。レーヴの存在自体、不可思議で仕方ないのだ。
「私があなたに頼みたいのは二つ。一つは、彼の死にレーヴが関わっていることの隠蔽です。もう一つは……」
ダンビュライトは、空いた口を引き結ぶ。その状態で、十秒が経った。神崎さんは心配そうに声をかけてくる。
『どうした。何を言い淀む。何だっていい、言ってみなさい』
黙り込むダンビュライトの視線の先には、刻まれた文字があった。
Sardonyx。俺もいつか、彼のように光らぬ文字を持つことになるのだろうか。
「せめて……」
ダンビュライトは小さくため息をつく。悲しそうに暗い瞳を伏せて呟いた。
「我々の死体を、同じ墓に埋めてください……」
神崎さんは驚いたように目を見開いた。彼の表情が、先程までと変わる。成人と会話するような真面目な顔つきから、子供をあやすような柔らかい表情に緩んだ。
『しかと聞き受けた。なんとか、君の希望に添えるようにしよう』
卯乃涼香。ダンビュライト。白い宝石の持ち主。謎だらけのレーヴを、隅々まで知り尽くした謎の女。
彼女は俺の知らないところで、どんな想いを隠しているのだろう。ふと、そんなことを考えた。
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