ダンビュライト

 遠くから、木々を薙ぎ倒す大きな人型ロボットが現れた。ずん……ずん……と足を鳴らす度に、地面が揺れる。それが、コックピット越しに伝わった。

 大きさはきっと俺たちが乗っているものと同じくらい。違うのは色だ。こちらが真っ黒な体を持つのに対し、相手はすみれがかった青の体をしていた。

 手には長い槍を持っていた。刃は縦に長く、中央には紫色の宝石が埋め込まれているようだ。それが、両端についている。

「まずは私に任せて」

 そう言うと、卯乃は机に浮かび上がった文字に触れる。文字は再度光を宿した。その時、ロボットの機体が大きく揺れた。

「うわ!」

 何が起きたんだと、俺たちは窓に近づいて真下を見る。黒かったはずのロボットの腕は、薄い白に染まっていた。体が徐々に変形して、長い武器が現れた。

 武器は大きな万年筆だった。胴の中央には白い宝石が埋め込まれてある。ペン芯には縄のような模様が入っている。

「す、凄い! いま、ロボットが変形した!」

 俺は思わず叫んだ。肩を強く叩かれる。横を見ると、康弘が卯乃を指さして言った。

「実里、あれ」

 見ると、卯乃の姿まで変わっていた。長い黒髪と瞳が白くなっている。まるでロボットと一体化しているようだ。

「レーヴ モード ダンビュライト」卯乃は冷静な目付きで敵を睨み、力強い声で言った。「発進」

 ロボットが前に歩みでる。俺の興奮も最高潮に達した。

 動いてる、本当に動いてる!

 信じられない。まさか夢ではないだろうな。つい疑ってしまう。

 卯乃が操縦するロボットはぐんぐんと前に歩き、敵に武器を振り下ろす。敵は腕で刃をガードした。相手の青の装甲が削れる。

 長い槍がこちらに向かってくる。卯乃はロボットの腕を動かし、槍を片手で掴んだ。そのまま機体の近くに引き寄せ、足を使って器用に折る。

 もう一度、彼女は万年筆を振り上げる。今度は敵の頭部を狙った。ガリガリと削れて傷がつく。その振動が、コックピットにも伝わった。

 小林が訊ねる。

「あの敵って……?」

「私はオルダーと呼んでいる。このロボットと似た、それでいて全く別のロボット」

 話しながら、卯乃は攻撃を辞めない。

「あれにも、人間が乗っているのかな」

「いないわ」

 遂に頭部を貫いた。バキバキと大きな破壊音が鳴る。オルダーが衝撃のあまり後方に倒れた。

 妙に手馴れた手つきだった。

「あれを動かしているのは、私たちみたいな人間じゃない」

 オルダーに馬乗りになり、卯乃は相手の左胸に武器を突き刺す。他の部分よりも硬い。明らかに、何かある。

「それでも、このロボットと同じように核を有している」

「カク? それって、コックピットの事?」

 食いついた僕の質問にも、卯乃は丁寧に答えた。

「いいえ、核はコックピットと繋がっている部分。それとは別よ。二つのロボットの違いは、核の量にある。こちらは七つ、相手は一つ」

 最後に一突き。ようやく装甲が破壊された。剥がれた部分を掴み、横に開いていく。軋むような音を響かせながら、機械の中から青色の球体が現れた。これが、核か。

 俺はその姿を食い入るように見る。妙に厳かだ。冷たい感情で溢れている。それが、コックピット内に伝わってきた。思わず誰もが黙り込む。息の音すらしなかった。

 この核は、どういう原理なんだろう。その好奇心が、俺の思考を支配する。

「それら全てを壊せば、ロボットは動かなくなる。アドバンテージは私たちにある。でも、一度壊れた核はもう二度と治らない。つまりは消耗品」

 俺たちが乗っているロボットの大きな手が、核に触れる。オルダーがもがくも、逃れられない。卯乃は片手で核を握りつぶす。指の間から青色の液体がふきだした。オルダーの体が硬直し、伸ばしていた腕がすぐに地面に堕ちた。

「……詳しいな、卯乃」

 丸山が呟いた。その目には怪訝が浮かんでいる。

 本当にそうだ。まるで、このロボットが現れる前から存在を知っていたような。乗ったことがあるかのような。

「あなたたちだって、これから嫌という程知ることになるわ。だから、気にしなくていい」

 卯乃はそう言って、僅かに微笑んだ。

「早く逃げて。こんな被害だもの、きっとすぐに警察が来る。見つかったら面倒よ」

 俺は、そこで初めて戦闘の形跡に目を向けた。木々はなぎ倒され、土はめり込み、挙句の果てには道にロボットが壊れた状態で倒れている。確かに、ここで見つかるのはまずい。

 その時大きなモニターが切り替わり、文字が表示された。

『七月 十五日 十六時』

 その隣には、現在も減り続けるタイムリミット。ピッタリ七月十五日の十二時になる計算だ。

「もしかして、これ……」

「そう。次のオルダーが襲来する日付け」

 卯乃は首を傾げた。

「さて、次は誰がやる?」

 誰も答えなかった。俺だって本当はやってみたい。けれど、まだわからない事ばかりで勇気が出ない。

 卯乃の視線がぐるりとまわる。左端の丸山から、右端の俺まで。

「俺がやる」

 そんな中、丸山が手を挙げた。

「なるべく、色々なことを教えてくれ。俺が全部試す。その方が、他の皆もやりやすいだろう」

 しばらく黙ったあと、卯乃がゆっくりと唇を開く。

「そう。ちなみに、今回でこのロボットにあなたたちが操縦士として刻まれたから、次回からはどこにいても『イントラーダ』と言えばここに来れる。帰る時はこう」

 彼女は人差し指を立てて、こう言った。

「『フーガ』」

 卯乃の姿が消える。

 イントラーダが入る時で、フーガが出る時。もう覚えた。目を閉じて、早速言葉を唱える。

「フーガ」

 六人の声が重なった。

 目を開くと、俺は自分の家の玄関にいた。

「次は、七月十五日か……」

 非現実的な出来事に、俺はうっとりと息を吐いた。

 楽しみなような、不安のような。

 この大きな感情の波は、凪を知らない。

 扉を開いて家の外に出る。ロボットは、またいつもの位置に戻っていた。

 違和感を覚えて、あの場所まで走る。

 行ってみると、先程のオルダーは姿を消していた。そこに残っていたのは、なぎ倒された木々とめり込んだ大地だけだった。

 思わず絶句した。

 足が勝手に動き出す。そのスピードは段々と早くなった。

 家まであと十メートル程。真っ直ぐの道を走る。荒い息を整えて、自分の家がある町並みを眺めた。

 なんだか、いつもと違う感じがした。


 一度目のオルダー襲来

 操縦士残数――七

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