ロボット・レーヴ
次の日、高校には生徒の誰よりも早くに着いた。いつもの習慣だ。
俺は窓の外を見て、ごくりと唾を飲んだ。
やっぱり、ロボットが元の位置に戻っている。
どうやら、パイロットが居なくなると状態がリセットされるらしい。
――一度壊れた核はもう二度と治らない。つまりは消耗品。
そんな卯乃の言葉を思い出す。
「……そういえば、核が壊れたらどうなるんだろう」
あのオルダーは心臓部に核があった。つまり、コックピットが壊されずとも、核が壊されて敗北する可能性がある。
その場合、動けなくなるだけで、俺たちには支障がないんじゃないのか。
そもそも、七つの核を守らないといけない理由とはなんなのか。
考えていると、康弘がやって来た。
「よっ、実里」
「おはよう」
康弘が自分の机にカバンを置くと、俺の前にやってきた。
これが俺の日常だ。始めに俺で、次に康弘が来る。そして、他のクラスメイトが来るまで話して、来たらサッとはける。
康弘は一軍の陽キャで、俺は三軍以下の普通の目立たない人。幼なじみという関係上、イジる側とイジられる側として、授業中に話すことはある。でもそれ以外は、何となく人前で話せない。
とはいえ、性格が合わないわけじゃない。むしろ逆だ。だからこそ、こうしてわざわざ朝早くに高校に来て話している。この時間は、俺にとってとても楽しい。普段は人前で喋れる立場じゃないからこそ、短い時間が大切に思える。
「なあ、聞いた?」
「何を?」
俺が首を傾げていると、康弘は声の大きさをぐっと下げて言った。
「今日から五日間くらい調査するらしいぜ、例のロボットの周辺」
俺は思わず声を上げた。
「やっぱり? 夜中にサイレンが鳴ってたから、そんな気はしたんだけど」
「いやあ、あれマジ怖かったよな。意外と遅かったけどよ」
「だね。もっとすぐに来るものかと思ってた」
何故こんなにも遅かったんだろう。気づかなかった? あの大規模な戦闘で、そんなことあるか?
「でもまあ、今日はロボットが動いた話題でもちきりだろうな。新聞にも載ってたし」
「そうだね」
いずれにせよ、これからはロボットの監視が厳しくなるかもしれない。
俺はロボットを眺めて、ぼんやりと呟いた。
「間に合うかな、十五日」
「いけるだろ。一週間あるぜ」
「それもそうか……」
その時、廊下から小さく足音がした。俺たちの耳は、日々の甲斐あって研ぎ澄まされている。互いに頷いて、康弘は自分の席に戻った。俺はまた一人になって、静かにロボットを眺めた。
再びロボットに乗る日を楽しみにしていたからか、当日はあっという間にやってきた。
今日は日曜日。俺は部活(一応そうなっている)のために学校へ来た。
「はーい。これにて今日の創作同好部の活動を終わりまーす。以上、解散!」
三年の部長の挨拶が終わると同時に、俺は鞄を背負って教室を出た。
すると、たまたま廊下の向こうから康弘が歩いてきた。一緒にいるのは部活の友達だろう。すれ違いざまに「いよいよだな」と笑いかけてきた。ああ、楽しみだ。
あれから、政府はもちろんロボットを調査した。しかし、最終的に何の成果も得られぬまま、立ち入り禁止が解除された。これで思う存分ロボットに乗れる。
――でも、また激しいことしたらバレるよな。気をつけないと。
俺は左腕につけた時計を見る。
今は三時三十分。もう行ってもいいはずだ。
そわそわしながら図書室の前を通る。ふと、メンバーの中に図書委員がいたのを思い出した。
たしか、名前は小林瑠璃。
いるかな、と覗いてみると、ポツンと本を読む彼女の姿が見えた。とても分厚い図鑑だ。
部活に入っていないらしいのにわざわざ学校に来たのは、本を読むためだろうか。オルダー襲来のことを忘れてないだろうな。
ついじっと見ていると、視線に気がついたのか小林と目が合った。俺は思わずビクッと体を硬直させた。
「あ……どーも」
俺が会釈すると、彼女も慌てて会釈を返してきた。気まずくなって、図書室の前を通り過ぎる。
二階には、図書室の他に音楽室がある。吹奏楽部が使う、広めの部屋だ。吹奏楽には、柴田桃花がいた。今度は見すぎないように気をつけて、窓越しに様子を伺う。
柴田は友達らしき女子数人と談笑しながら、楽器を磨いていた。その手つきは、大切な宝物に触れるように丁寧だ。あれは確か、トロンボーンという名前だった気がする。
そんなことを考えながら、階段横の男子トイレの中に入る。偶然なことに、次の操縦士――丸山がそこにいた。重そうな空手着の入った袋を背負っている。
どきりと心臓が跳ねる。挨拶した方がいいよな、と迷っていると、先に丸山が口を開いた。
「おはよう久米川」
彼の一言に、人見知りな俺でも勇気を貰えた。笑って挨拶を返す。
「お、おはよう。今から?」
「ああ。久米川もか」
「うん。俺も今から」
この会話が誰かに聞かれていたら、どう思われるだろう。ふと、そんな考えが頭をよぎった。主語が抜けっぱなしの会話を聞いて、『ロボットに乗るんだな』とわかる人間なんて、到底いない。
「早くロボットに乗りたくて。丸山もそうだったりする?」
彼は首を横に振った。
「いや、俺は練習がしたくてな。敵――オルダーが来る前に、性能を知っておくべきだ。本番に教えてもらうんじゃあ、遅すぎる」
「偉いね」
「そうか? ありがとう」
俺たちは声を揃えて、例の言葉を唱えた。
「イントラーダ」
コックピットに入る。もう既に卯乃が来ていた。
丸山が頭を下げる。
「すまない、卯乃。遅れたか?」
「ええ、「自主練に付き合ってくれ」と言った側が五分の遅刻。あなたに限って珍しい。何かあった?」
「あー……いや」
彼は少し歯切れの悪い声を出して、頭を搔く。
「顧問に今日は部活を休むと伝えたら、「嫌なことでもあったのか」と過剰に心配されて、時間が潰れたんだ。俺も慣れていないから、手間取って……」
顧問がそこまで心配するなんて、普段彼はどんな部員だったんだ。皆勤賞で、自主練も欠かさない人物だったのか。はたまた部内で孤立した人物だったのか。
俺は今一度彼を見る。
短い髪に、規定の着方をした制服、キーホルダーの一つもないカバン、などなど。なんという模範生。優等生そうな小林だって、キーホルダーは付けていたのに。俺は少し感動した。これは疑いようもなく前者だ。
俺が感心していると、ドタドタと音がした。後ろを振り返ると、残りのメンバーが全員来ていた。
康弘が頬をかいてはにかむ。
「やっほー実里。やっほーお二人さん。俺ら早く来すぎた?」
卯乃が首を横に振る。聞かれてもいないのに、康弘が言った。
「移動しようと思って、空き教室に行ったらばったり会ってさ。丁度いいし、みんなで来たんだよ」
卯乃は少し微笑む。
「考えることは皆同じなのね」
メンバー全員がぞろぞろと自分の席に座る。卯乃だけが、丸山の後ろに立っていた。場が静まると、冷静な顔つきのまま彼女が言った。
「今から、このロボット――レーヴの説明をする」
レーヴ。それがこのロボットの名前らしい。俺は声に出してみた。
「レーヴ、か」
「えー、名前は皆で考えるべきとちゃうん?」
浜田の抗議を無視して、卯乃は続ける。
「丸山君。まずは、あなたの操縦席に刻まれた文字に触れて」
「おう」
すると前回同様、ロボットと丸山の見た目が変化した。両方とも綺麗なオレンジ色に染まっている。
隣の席に座っていた柴田がカバンの中を探り、小さな鏡を取りだした。鏡に映る自分の姿を見て、丸山はうんざりと呟く。
「チャラチャラした見た目は嫌いなんだが……」
「大丈夫、直ぐに慣れるから」
適当にあしらったあと、卯乃は操縦席を愛おしそうに撫でた。
「これで、あなたはこのロボットに眠る七つの核の一つと同化した。あとは、レーヴを動かすだけ」
「わかった。どのボタンを押せばいい?」
「動かすのにボタンはいらない」
卯乃が指でこめかみを指した。
「ロボットを動かすのは、私たちの思考。右端のメーターを見て」
上下に長く、上が百パーセント、下がゼロパーセントと書かれたメーターがあった。今はゼロパーセントになっている。
「それが、操縦士の思考力を表している。レーヴは操縦士がこう動けと考えれば、考えた通りに動いてくれるわ。でも、今はまだ出来ない」
「どうすれば?」
「『レーヴ モード』と唱えるの。モードの次は、あなたの持つ
丸山は眉間に皺を寄せつつも頷き、叫んだ。
「レーヴ モード サードニクス!」
コックピット内の壁や床に、脈のような橙色の光の線が浮かび上がる。それらは中央の丸山の席に集中した。
思考力のメーターがぐんぐんと上がっていく。オレンジ色の線は、四十の少し上で止まった。
「一度、前に動けと念じてみて」
「ああ!」
彼は目を閉じる。四秒経って、レーヴはぎこちない足取りで一歩前に進んだ。
「す、凄いな、これは……」
丸山は夢を見る子供のように口角を上げていた。
――いいなあ、羨ましい! 俺も早く、この巨体を動かしたい。絶対に気持ちがいい。
俺が感情の昂りに襲われている中、不思議そうな顔をした柴田が卯乃に訊ねた。
「あれ、武器は?」
「今から説明する」
卯乃は両手を広げた。
「武器はロボットのモードによって変わる。操縦士の特性に合わせて、ね」
その右手が丸山に向く。
「空手部の丸山君の場合、武器はないけれどロボットの性能が上がっている――攻撃の力強さとか。ひとまず、機体が武器だと考えて」
「なるほど」
一幕置いて、卯乃が再び口を開く。
「次に、操縦席に取り付けられているボタンとレバーの説明」
俺は一度、操縦席に取り付けられたボタンやレバーを見る。
「そこの赤いレバーを引いてみて」
赤いレバー。俺のところにもあった。
丸山によって、レバーが引かれる。すると、ロボットの目の前に薄い膜のような長方形の物体が現れた。
俺は思わず声を上げた。
「もしかして、これってバリア?」
「ご名答。これは、戦闘中に操縦士以外も使える。向いている方向に縦長のバリアが出るから、覚えておいてちょうだい」
今回の操縦士でない俺も、戦闘中に集中する必要があるのか。よし、頑張るぞ。俺はぐっと拳を握りしめて期待に胸を震わせた。
「次、青のボタン」
青のボタンが押される。すると、コックピット内がガタガタと揺れ始めた。
丸山が驚いたように目を見開く。
「な、何が起きているんだ……?」
「分離。レーヴが二つに別れるの」
「すんげえ……マジモンのロボやん!」
「えぇ、今更?」
小林が苦笑する。その手には、大きな本が抱えられていた。
卯乃が丸山を一瞥する。
「もう一回同じボタンを押して。元に戻る」
言われた通りに動いたあと、丸山は「分離はなんのために行うんだ?」と訊いた。
「それは操縦士次第ね」
卯乃は話を切り替えるために、少し大きく息を吸った。
「今から言う二つの情報はご参考までに。まずは一つ目。レーヴの受けたダメージは、操縦士も感じるの」
それを聞くと、思わず悪寒がした。場に少しの緊張感が生まれる。
コックピットに蔓延する空気がピリついた。どうやら、今からとても大事な情報が伝えられるみたいだ。
すうっと耳が冴える。彼女の言葉を一言も逃さないように。
「ダメージで傷ついた操縦士は、痛みに気を取られてレーヴを動かせない時がある。オルダーは私たちを見逃してはくれないわよ」
ごくり。唾を飲む音が聞こえる。
「二つ目、起動されている核――今回で言うところの、丸山君が繋がっている核――が壊れると、操縦士は死んでしまう」
「死にたくなければ勝つしかない、とな」
丸山が難しそうに表情を歪ませながらも、いち早く情報を飲み込んだ。
「そうね」
俺は大きなモニターを見る。オルダー襲来まで、残り一分だ。心臓が早鐘を打つ。怖い。けれど、それ以上の興奮があった。
「最後に、赤のボタン。これは自爆用。押すとウイルスが機械中に蔓延して、核が崩壊する。従って、レーヴも動かなくなってしまう」
「じじ、自爆ぅ!? なんのためにそんなことすんねん」
「さあ、使いようがあるかもしれないわ。それと、分離中に片方が自爆したら、もう片方は触れないように。ウイルスが移るわよ」
やっぱり、おかしい。
どうして彼女はこんなにも詳しいんだろう。
とはいえ、訊いても彼女は答えてくれないだろう。だから、こちらもわざわざ聞くべきじゃない。皆もそれがわかっているのだろう。
その時、耳に何かの音が届いた。
ずん……ずん……
あの音だ。
重厚な鉄の塊が、地を踏み締めてくる時の音。
「さて、オルダーが来たようね」
丸山が、操縦席の傍に置いたカバンの中から、白いハチマキを取り出す。中央には、『必勝』という文字が書いてあった。
「丸山君、あなたがこのロボットに懸ける夢や想いはある?」
突然の質問に、彼はハチマキを握ったまま動きを止めた。
「特にない――いや、強いて言うならば、俺のあとに続く奴の参考になれるよう、頑張りたい……だろうか」
「わあ、真面目ですね。素敵」
「そうか?」
「うん」
柴田が笑顔で頷く。卯乃は静かに髪を耳にかけた。
「このロボットで戦うのに必要なのは、慣れと、恐怖に抗う勇気。そして、柔軟な想像力の三つだけ。幸運を祈るわ」
きゅっと紐が頭を締め付ける音がした。
「任せろ」
丸山の雄々しい声が、コックピットにこだました。
「レーヴ、発進!」
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