第三話 東京都異世界区③
自分が異世界の王様の城に入ることになるなんて夢にも思わなかったけれど、いざ入るとなると少しわくわくしてきた。それに、レリィの力になれるならまんざらでもなかった。
レリィが城門にいる兵隊と話して、案内されるがままに城内を進み、王座の間の扉の前まで来た。
「魔女レリィアン、王様は中におられます」
「案内ありがとう」
扉の前で二人並んで息を整える。レリィが小さな声で「行くわよ」と言いながら扉に手を伸ばした。うなずいてまっすぐ扉の方を向く。
王様に会うって、どんな顔で入っていけばいいんだろうか。
コンコン。
レリィが扉をノックすると中から声がした。
「入れ」
レリィに続いて俺も入る。中央のレッドカーペットの先には大きな玉座があり、そこに白髪白髭の少し老いた男性が座っていた。左右にはボディーガードだろうか、数人の騎士が控えている。
――あれが、王様。
玉座の前まで歩き、レリィがかがんだのにならって、俺も隣にかがんだ。
「よう来たのう、レリィアン。これはどうなっておる。そなたが訪ねてきたということは、なにか知っておろう」
異世界に転移していることは流石に王様も認知しているらしい。
レリィの方を見ると、やっぱりバレてたか……と思ってるのが顔に出ているけれど、これだけ大規模な異世界転移をしてバレないはずがない。
バレていない可能性に賭けていたレリィを見て笑いそうになるのを堪える。
「王様、そのことなのですが……」
レリィが話し始めたとき、後ろの玉座の間の扉がコンコンコンとノックされた。思わず後ろを振り向く。
他の来客かな、なんて思って見ていると、ゆっくりと開かれた扉から、見慣れた緑の四角いリュックを背負った男が現れた。
「すんませーん。ウーバーフーズでーす」
思考が止まる。わけがわからない。
「えっと、この注文のベントーク様っておられますかー?」
配達員の男は玉座の間で呼び掛けている。
おいおい、絶対住所間違えてるだろ、と言いそうになったがなんとか黙る。ここは玉座の間だ。なにが失礼になるかわからない。
「わしがベントークじゃ」
だれだよこんなところに出前頼んだやつ、と思いながら声の主を見ると、頼んでいたのはまさかの王様だった。
王様は玉座から立ち、男のところまで歩いていくと、「ご苦労じゃ」と言って出前を受け取り、男は「ありがとーござまーす」と言って帰っていった。
目の前のやり取りを理解しきれず、玉座に戻っていく王様を茫然と眺める。隣でレリィも呆気にとられている。
王様は席に着くなり出前の袋から容器を取り出し、食べながら上機嫌でレリィに話しかけた。
「話の途中じゃったの。レリィアンよ、こんな面白い魔法があるならなぜはよう言わんかったんじゃ」
「え?」
怒られると思っていたレリィはご機嫌でラーメンを食べる王様を見てポカンとしている。
「こんな珍妙な魔法、それもここまで大規模な魔法を使えるのはわが王国でもそなたくらいであろう。おっと、これはラーメンというんじゃったな、これまた絶品な」
「は、はあ……」
レリィは王様が自分よりもこの世界に順応して、この世界のシステムを使いこなしていることに、頭が追い付かないらしい。
異世界の王様と聞いてどんな人物だろうと少し不安に思っていたけれど、ラーメンをうまくすすれずに食べている様子を見ると、なんだかただの観光客に見えてきた。
「して、これはわれわれの王国が転移したという見立てでよいのかな」
「は、はい。私が王国を異世界に転移させました」
「そうかそうか、よいよい。戻す方法はわかっておるか?」
「もちろんです。転移させたときと同じ魔法を使えば元に戻すことができるはずです。が……、この世界では私の魔法がうまく使えず……、ですから、なぜ使えないのかを究明し、解決すれば戻せるかと」
「まあよい、緊急の問題があるわけではない。戻せるようになるまでこの世界のグルメを堪能しながら待つとするかのう。幸い、異世界に転移したことで一時的に連合軍の侵攻を避けておる」
勇者召喚は亜人の軍勢に対抗するためだってレリィが言ってたな。たしかに、エルフや悪魔も異世界の垣根を飛び越えてやってくることはないんだろう。
話が一段落したところで、
「ところで、そなたは?」
と、王様は俺の方を向いて言った。なんと答えようか困っていたところ、レリィが助け舟を出してくれる。
「この世界の者です。私に協力して、私をここまで案内してくれました」
「そうであったか。そなたもご苦労じゃったな」
なんと返事していいかわからず、俺は「どうも」とだけ呟く。
そのときだ。また後方で音がした。
今度はなんだ? また出前か? それとも通販か?
呑気なことを思っていたがどこか様子がおかしい。辺りの空気というか、気配というか、何か変わるのがわかった。
異変を感じ取ったのは他の人たちも同じようで、レリィは床に置いていた杖に手をかけ、王様警護の騎士は剣を構える。
異変は背後から感じた。振り向いた先には、謎の割れ目があって――
ピシリ。
広い玉座の間の空中に、亀裂が走る。そして空中が、空間が少しずつ剥がれ落ちていく。
ピシリ、ピシリ。
そしてその亀裂の狭間を突き破って何者かの手が見えた。
「こんなところまで逃げようとはな。逃げ切れると思うなよ、ニンゲン!」
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