第四話 亜人連合軍

 空間のひずみを突き破って何者かが現れた。

 ひずみは大きくなり、時空の向こうからひとり、ふたりと玉座の間に入ってくる。


 ――なんだよ、これ。


「何者だ!」


 王様の隣にいた騎士が声をあげる。

 騎士の声に怯むことなく、五人の人間が浮遊したまま空間を越えてやってきた。


 全員ブロンドの髪で鼻が高い。そして、人間というには異様に尖った耳。これはもしかして、


「我らは亜人連合エルフ部隊。よもやニンゲンども、こんなところまで逃げようとはな」


「われらの城にたった五人ぽっちで襲撃とは、なめられたものだな!」


「フェイラーか。相変わらず勇ましいな」


 エルフは空中から俺たちを一瞥して呟く。


「国王ベントークに騎士団長フェイラー、そして魔女レリィアン、騎士二名、なかなかの顔ぶれじゃないか、……ん? 貴様は……」


 エルフの視線が俺を向いて緊張感を覚える。服装が異世界人っぽくなかったからか、少し怪しむようなそぶりを見せた。


「ニンゲンども、なにを考えているのかは知らないが大人しくしてもらおうか。君たちに勝ち目はない」


「なんだと? ここ数年、少し力をつけたくらいで粋がるなよ。亜人族が」


 フェイラーと呼ばれていた男と中央に浮遊する女性のエルフが睨みあう。まさに一触即発、そんな空気感だった。


「私が時間を稼ぐ。その隙に王を安全な場所へ」


 フェイラーは他の騎士二人に指示をして、エルフの方に向き直った。


 ――俺はどうする? 逃げるか?


 この状況で瞬時に冷静な判断なんてできるはずがなく、迷ってしまう。


 レリィの方をちらりと見ると、とても不安そうな顔で杖を構えていた。レリィもこの王国の人だから、王様を置いて逃げるわけにはいかないんだろう。


 俺にはこの王国にも、王様にも思い入れがない。だから全速力で逃げてもよかった。でも、このまま逃げてしまってレリィとお別れというのは、なんだか味気ない気がした。


 出会ってからまだそれほど時間はたってないけど、そう思える魅力がレリィにはあった。


「フェイラーよ、無謀と勇敢は違うぞ?」


「ふん、なにが目的かは知らんが、たった五人でなにができる?」


 直後、玉座の間の扉が開き、剣や弓を持った衛兵が十人ほど入ってきた。


「このエルフどもを捕らえよ!」


 騎士団長の号令で弓兵が矢を放つ。


「当たるかよ、そんな攻撃」


 エルフの背中が発光し、光の羽がはえた。五人のエルフは空中を翻って矢を回避。そして空気中に光の矢を生成し、騎士に向けて放つ。


「なんで……!」


 衛兵が次々と倒れていく様子を見て、隣にいたレリィが驚きの表情を浮かべていた。エルフたちが魔法を使って衛兵たちを圧倒する姿を見て呟く。


「なんでエルフたちはこの世界で魔法が使えるの……!」


 全滅した衛兵、無傷で舞うエルフ。


「こんなものか? 敵の城に攻め込んだというのに、少ないな」


「そういうことはこの私を倒してから言うんだな」


 転移してきた弊害だろうか、騎士の配置が追い付いていないらしい。これ以上の応援は期待できない。


 五人のエルフがフェイラーめがけて飛行しながら攻撃するのを剣ひとつでなんとか凌いでいるが、長くはもたなそうだ。


 ――俺に、なにができる?


 武器はない。魔法もない。格闘技の経験もない。

 できることを探していると、隣でレリィが魔法の詠唱を始めた。


「もしかして……イチかバチか、やってみるしか!」


 ――この世界では魔法は使えないんじゃ?


 レリィは杖を振るい、叫ぶ。


「うねる水流よ! 亜人たちを押し流して!」


 隣にいた俺も確かな空気の流れを感じる。これが魔力なのか?

 しかし、レリィの魔法から出たのは杖を少しだけ滴る水だけだった。


「失敗……?」


「ははは、あの魔女レリィアンもこの世界じゃ思うように魔法が使えないってか?」


 エルフのひとりがレリィに光の矢を向ける。


 ――まずい!


 咄嗟にレリィの手を引いて矢を回避。

 さっきのレリィの水魔法は完全に不発じゃなかった。水が滴ったということは魔法は発動していた。


 つまり完全に魔法が使えないわけじゃなく、なんらかの要因で本来の力を発揮できていないのだろう。


 なら俺はレリィが魔法を使えるようになるまで時間を稼ぐ。それが俺のできることだ。


「異世界人か? 部外者なら逃げるが身のためだぜ?」


 エルフが睨む冷たい視線に背筋が凍りそうになる。


「忠告どうも。でもおあいにくさま、そんなにお利口さんじゃないんでね」


 時間を稼ぐ。俺はそれだけでいい。そう思えば少しは気が楽になった。


「利口になれないそんな自分を地獄から恨むんだな!」


 光の矢が放たれる前に俺は走り出した。

 会話でも挑発でもなんでもいい。とにかく時間を稼げ。

 光の矢を避けながら走る。


「エルフの魔法はこんなものか? 案外大したことないな」


「はじめから本気を出すかよ!」


 エルフがさっきより倍以上多い矢を生成。


 ――まじかよ。


 これ、避けれるか? いや、避けるしかない。

 矢が発射される直前、隣のエルフが耳打ちをした。


「あの異世界人を狙う意味はない。なんの力もない。殺す価値もない」


 それを聞いたエルフはニヤリと笑って照準をレリィに変えて即座に放った。

 レリィはとっさに防御魔法を展開しようとするも不発。


 ――危ない!


 俺はレリィに飛び込むようにして矢を避けた。が、二人とも倒れ込んでいて、エルフを見ると既に次の矢を構えていた。


「なんだよこれ」


 急に現れたエルフたちが魔法で蹂躙していく光景に声が漏れる。俺の無力はバレた。俺にできることはもうない。だけど、


 ――守らなきゃ。


 迫ってくる矢から逃げるのはもう間に合わない。俺はレリィに覆いかぶさるようにしてかばう。


「シメイ、逃げて!」


 レリィがそう叫ぶが、抱きしめる力を強めて、矢に背を向け痛みを覚悟した。

 そのとき、


「待て!」


 フェイラーと戦っていた女性のエルフが声をあげた。そして、なにやらだれかと連絡をとっているそぶりを見せたあと、


「撤退だ」


 とエルフに指示を出した。


 撤退?

 どういうことだ?

 城に攻め入ってきて、しかもこの圧倒的有利な状況で撤退だって? 


「命拾いしたな、ニンゲン」


 助かった?

 理解は追い付かなかったが、時空の亀裂を越えて帰っていくエルフを見て安堵した。


「これだけのことをして撤退とはなんだ?」


 フェイラーの問いかけにエルフが答える。


「今は一度撤退する。忘れるな、決戦の日は近い」


 そう言い残してエルフたちは去っていった。次第に亀裂が塞がっていった。


「私たち、助かったの?」


 庇おうとして密着したままだったから、レリィが震えているのが直に伝わってきた。


「そう、みたいだね」


 放心状態で言葉を返す。

 でもなぜエルフは帰っていったんだろうか。こんなことをすれば城の警戒は強くなる。対策も練られる。


 戦果は負傷した騎士十人程度、エルフたちにとってメリットがあったようには見えないし、そもそも俺はエルフたちが攻めてきた理由も知らない。


 疑問に思っていたのは他の人たちもそうだったようで、王様も、騎士団長も、レリィも表情を陰らせていた。そんな中王様が口を開く。


「難しいことを考えとってもすぐにわからんもんはわからんからの。まずは負傷した騎士の手当てを」


 それを聞いて傍にいた騎士が動き出す。

 そのあと、王様は俺とレリィに向かって言った。


「こんなことがあって気まずい気持ちもあろうが、今日はもう夜も遅い。部屋を用意したからの、泊まっていくとよい」


 スマホの時計を見ると、もう終電の時間はとっくに過ぎていた。たしかにこんな後だから不安な気持ちはあったが、泊まる場所もない。


 エルフたちの様子を見るに、またすぐに襲撃があるようにも思えなかったから、王様の言葉に甘えて泊まることにした。

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