第二話 東京都異世界区②
俺は少女を連れて遠方に見える城まで案内することになった。少女は異世界から来たそうで、この世界のことはからっきしらしい。
もちろんなんで俺が案内役なのかはわからなかったけれど、別段やることもなかったから引き受けることにした。なんとなくだけれど、この少女といれば退屈しなさそうな気がした。
そうして、俺たちは今電車に揺られている。
お台場方面の海だった場所が東京都異世界区なっていて、地続きで繋がっているとネットニュースに書かれていた。
「わあ! これが電車っていうのね!」
少女が隣で目を輝かせながらきょろきょろしている。
「これは魔力で動いているの? こんな大きなもの、だれが動かしているの?」
少女は楽しそうにしているが、正直おとなしくしていてほしい。
ただでさえ魔女みたいな、コスプレみたいな服装が個性的なのに、騒ぐと余計に目立つ。周りの視線がちくちく刺さる。
「これはなにかしら! ドラゴン? カード? 戦うもの? 遊ぶもの?」
電車の次は車内の吊り下げ広告に描かれたカードゲーム〈デュエル・スターズ〉を見てはしゃいでいる。
少し前まで俺が遊んでいたカードゲームだ。
「また今度教えてあげるよ」
最近のカードは追えていなかったから、一緒になって広告を見てしまっていたが、我に返って少女に尋ねる。
「電車よりもカードよりもさ、なにが起きたのか教えてくれないか? 案内してるんだからさ、君が異世界人だっていうならこの世界に来ることになった経緯とか、教えてよ」
俺が話しかけると、少女は落ち着いてこちらに向き直った。
「いいわ、助けてくれるんだものね。特別に教えてあげる」
真面目な顔になって話し始める。
「今朝、王様に呼び出されたの。内容は世界を救う勇者を召喚してほしいってことでね」
「勇者?」
「うん。王様の話だと、亜人連合軍が勢力を強めていて、現状の王国の戦力だけでは耐えしのぐことが難しいってね」
少女は「亜人というのはエルフとかゴブリンとか、人型の悪魔とか。人であり、人ではない性質を持つ存在よ」と付け加えて説明を続ける。
「そのために異世界から新たな力を召喚して、対連合軍の戦力としたいって相談を受けたの。私はすぐに異世界召喚魔方陣の開発に取り掛かって、なんとその日のうちに完成しました!」
誇らしげに話していたが、そこで急にもごもごし始めた。
続きが気になる。
「それで、どうなったの?」
「それで……いや、あの、別に間違えたとかじゃないんだけど、あの、ちょっと召喚のやり方をミスってしまったというか……なんというか……」
どうやら召喚を間違えたらしい。
歯切れの悪い口調だったが、突然開き直ったように明るくなる。
「そうです! 逆に、異世界に私たちの世界を召喚することに成功したのです! これはこれで魔法は成功です! ……まあ、でも、こうなってしまったのは流石に王様に報告しないわけにはいかないので……」
――どんな怒られ方するんだろ。
「あ! 今私の怒られてるところ想像したわね! 考えないようにしてたのに……」
少女は王様に怒られることを想像してしなびていく。
「ま、まあ、黙ってるよりは絶対言いにいった方がいいからさ!」
「そ、そうよね! やっぱり私に間違いはないんだわ!」
あんまりしおらしくなるのが可愛かったから、そんなことはないでしょ、と言いたくなるのをこらえて、やんわり慰めておいた。
「教えてくれてありがとな。俺、シメイ。短い付き合いになると思うけど、よろしく」
「私はレリィアン・ペンダント。レリィって呼んでね」
そういえば名前言ってなかったなと思って、改まって名乗るのをお互いに気恥ずかしく思いながら握手した。
じきに電車は目的地に着いた。電車を降りて数分歩くと、見慣れない街並みが目の前に現れた。
全く日本には見えない。建物、地面、空気感、そのすべてが現実離れしていて、思わず息をのむ。
RPG世界のような、古い小説のような、幻想の光景。振り返ると見慣れた東京の夜景なのに、反対を向くと異世界。まるで俺が立っている場所で次元が隔たれているようだった。
レリィにはむしろこれが見慣れた光景らしく、なんの驚きも感動もなく異世界区へと入っていく。
「さ、行くわよ」
置いていかれないように慌てて追いかけて、オレンジ色の街灯が照らす世界に入っていった。
ちらちら街に人はいるが、ほとんどは家の中にいるんだろう。スマホの時計を見ると時間は十時を過ぎていた。
「この様子を見ると、やっぱり転移したのは私だけじゃなくて、街の人たちもなのね。行きましょう、きっと王様もいるはずよ」
小さな道をくねくね曲がって、橋を渡り、街の中を歩く。不規則な道のりは迷路みたいで、レリィがいなかったら間違いなく迷っていただろう。
十五分くらい歩いただろうか、大きな通りに出た。
「あれよ」
レリィの指さした方角を見ると、大通りの先に大きなお城があった。さっき家の窓から見たお城が目の前にある。石造りの城壁に囲まれていて、トンガリ屋根の、ファンタジックな宮殿。
「すっげ……」
「やっと着いたわ。飛行魔法がないと不便なものね。さ、行きましょう」
「行きましょうって、俺も行くのか?」
頼まれてここまで一緒に来ていたが、ここからは完全に部外者だ。しかも、一国の王様だっていうなら、一般人が急に会えるものでもないだろう。
「当然でしょ。なに、シメイは私に一人で王様から怒られろって言うの」
顔をしかめて俺に詰め寄ってくる。
なるべく怒られることを考えないようにしていたみたいだが、いざ城の前に来ると急激に不安になってきたようで、両手を震えさせていた。
「こんなところで急にお別れなんて水臭いじゃない! シメイもいっしょに来るのよ!」
かなり、いや、ものすごく強引に連れられる形で、結局俺も城の中へついていくことになった。
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