第一話 東京都異世界区①
おだやかな春の日の夜、俺は大学の課題を終え、ベッドでスマホを見てくつろいでいた。平穏でいつもと変わらない日を過ごしているが、なにもなさすぎて暇をもてあましがちな近頃だった。
好きだったカードゲームも一緒にやる人がいなくなって、やらなくなった。他に趣味もない。
スマホを見るのにも飽きて、ぼーっと天井を見つめる。
「面白いことないなあ」
部屋でひとり呟いたそのときだった。部屋の窓がカタカタと細かく揺れ始める。
地震か?
そう思った直後、大きな地響きとともに、遠くから大きな爆発音のような地鳴りのような音が聞こえた。部屋の中にいてもなにかあったと確信できる轟音だ。
思わずベッドから飛び起き、窓に駆け寄り、音がした方角を見る。
見てみるけれど、夜の暗がりに加えて煙のような、砂埃のようなものに包まれていてよく見えない。
よく見えないが、またなにか音がするのに気が付いた。さっきの地鳴りとは違う、人の声のようにも聞こえる音だ。
「…………ゃぁぁ」
やはりだれかの声だ。ちょうど見ていた方角から。
目を凝らすと、こっちに向かって急加速で飛んでくる何かがあった。
瞬きした瞬間、それは窓の目の前まで迫っていて、
「きゃああああああ!!!!!」
「――ちょっ……」
飛んでくるそれは悲鳴をあげながら窓を突き破って、部屋の中に入ってきた。
焦る間も、待ち構える間もなく、窓の前にいた俺も突き飛ばされて部屋の中を転がり、仰向けで倒れ込んだ。
「いってて……」
理解が追い付かず、「なにが起きたんだ?」と思いながら頭をさする。起き上がろうとするも、なにか重たいものが上に乗っていて体を起こせなかった。
「いっったあ……なんで私がこんな目にあうのよ……」
目の前を見ると、俺の上で馬乗りになってぶつぶつ言っている少女がいた。
綺麗な長い銀髪、蒼く澄んだ瞳、魔女のような帽子と服、そして手に持った杖。
至近距離で目があって、お互いの思考が一瞬停止する。
「きゃああ!」
少女は飛び上がって三歩下がり、俺を睨んだ。
「だれよあんた!」
一瞬、少女の美しさに見とれてしまっている自分がいたが、我に返って聞き返す。
「だれって、君こそだれだい? ここは俺の家だよ」
あまりにも急な出来事だったから少しぎこちない口調になってしまったけれど、少女はその言葉を聞いて部屋を見渡し、納得したような表情になった。
「あらそうなの。それは悪いことしたわね」
そう言って少女は、考え事を始める。
「それよりもなんで失敗したのかしら。魔方陣に間違いはなかったはず……」
なにやらよくわからないことをぶつぶつ呟いているが、俺は部屋の端に散らばった窓ガラスの破片の方が気になった。
「ちょっと、どういうことかわかってないんだけどさ、この窓どうしてくれるの?」
俺の問いかけにちらりと目を向けるが、今はそれどころではないと言わんばかりにすぐに目をそらす。
「そんなことどうでもいいわよ。あとで私が直してあげるわ」
そう言ってまた考え込む。どうしたものかと思いながら少女を見ていたら、少女は五秒くらいじっと考え込んでいたあと、なにかに気づいたようで声をあげた。
「あ~! そうよ、召喚なら魔方陣の中じゃなくて外から唱えないといけなかったわ! ああもう、なにやってるのよ! それで召喚が街ごと反転してしまったのね」
騒ぎながら少女は慌てて窓の方に向かって、
「急いで王様に知らせないと!」
勢いよく窓から飛び出した。しかし、倒れるようにベランダに落ちる。
「ちょっと、急にどうしたの」
「いったあ……なんか魔力の感じが違うわね……。飛行魔法がうまく使えなかったわ。仕方ないわね」
魔法? 魔法って、ファンタジーの魔法か?
見た目も、行動も、発言も現実離れしている少女に、俺は戸惑うことしかできなかった。
少女は慌ただしく部屋の中に戻ってきて、窓の向こうを指さして言う。
「ねえ異世界人、私をあそこまで連れて行って」
「あそこって……」
少女の指さしたところは、さっきは煙に包まれて見えなかったところだった。
窓の外を見ると今は煙がはれていて、遠くに見慣れない城が建っていた。東京では見たことも聞いたこともないファンタジー風の城だ。なにかのイベントだと言ってくれた方が理解しやすいほどに俺の頭は混乱していた。色々と質問したいところだ。
突然現れたその少女は自らを王国一の魔女と名乗り、あの城が別の世界から来たものだと言う。
にわかに信じられる話ではない。でも、窓の向こうのありえない景色が少女の話に説得力を持たせる。
この話を飲み込み切れず、一旦落ち着こうと手に持っていたスマホを見ると、SNSのトレンド一位に東京都異世界区という言葉があった。東京湾があった位置に、突如として謎の街が現れ、そしてその街並みがまるで異世界だという。
「本当なのかよ……」
「私、今魔法がうまく使えないの。異世界人、早くお城まで案内なさい」
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