第2話

「それじゃあ、忘れ物はないよね?」

「どうせ死ぬし、ほとんどのものは置いていくから、ナイフと貯金と最低限の食べ物だけでいいよ」

 彼女は慣れたように僕の手を引いた。

「とりあえず、最後に見たい景色が沢山あるから付き合ってもらうよ」

「…わかった」

 僕と彼女は何度か電車に乗り、いつの間にか知らない景色しか見当たらなかった。

「どこに行くの?」

「着くまで内緒。」

 しばらく電車に揺られた。田舎ということもあり、電車内にも、窓の外にも、僕の視界からは誰一人と姿は見えなかった。そしてしばらくして、とある駅に着いた。

「ここで降りるよ。」


「そういえば誰を殺してしまったの?」

「明菜って居るでしょ?私あの子にいじめられてるの。筆箱を忘れて学校に取りに行ったら、その子が私の筆箱を捨てているところを見つけちゃったから、つい突き飛ばしたら頭から血が流れて、気が動転してコンパスで……」

 それ以上は何も聞かなかった。


 連れてこられたこの場所は、それこそ全く知らない土地だけど、少し懐かしい気分になる空気の川が流れていた。

「昔好きな人と来たんだ。その人、ここの川で溺れかけてたよ。」

 和かに笑う彼女を横目に、僕はのどかな自然の空気を吸った。

「そうだ!」

 すると彼女はハッと思い出して言った。

「動画撮っておきたくて!死ぬ前最後を写したカメラロールを作る。」

 なかなかの発想に若干違和感を覚えて質問を投げかけた。

「そのカメラ自分の?」

「うん。数年前にお父さんがくれた。何個か昔の動画入ってるよ」

「君の事撮ってあげるよ。ほら。この川をバックに…」

「いや、僕こんなんだし……映らなくていいよ…君を撮ってあげるからさ……」

「釣れないの。」

「まぁこの会話も、録音しているけどね」

 これから決まった日付に死ぬ人間だとは思えないほど楽しい時を過ごした。いや、最後の時こそ楽しむべきなのだろうか。

 他愛のない会話で盛り上がると、時間の経過は恐ろしく早く、夕暮れになってきた。

「そういえば寝泊まりする場所どうするの?」

「この近くに全く使われてない公園があるんだ。私がもっと小さい時ですら人気がなかったから、一日そこに中学生が居ても通報させることもないだろうからね。」

「じゃあ死ぬまでそこで過ごすの?」

「いや。みたい景色沢山あるって言ったでしょ?寝場所もその都度変えるよ。」

「なるほどね。」

「私に着いてくれば間違いないから。ね。」

「わかった。今日は持ってきた食材で何とかするか。」

「だね。」

 そうして完全に日が落ちる頃には公園についていた。僕達はドーム状の遊具の裏で夜を越す事にした。

 荷物を整えて、彼女は話を切り出した。体勢を整え、修学旅行の夜のように特別、秘密感のある空間が出来ていた。

「私の惚気話を聞いて欲しいんだけど…いい?」

「いいよ。あ、昔好きだった人の話?」

「ビンゴ!……重たい話なんだけど……今はもう居ないんだよね。その人」

 明るい返事とは裏腹に、彼女はしんみりした様子で話した。

「少し前に自殺しちゃったんだ」

「私の目の前で。悲しかったな」


 しばらく空気はしんみりと冷たかった。夜分遅く、眠る頃にはその感覚は無かった。

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所望で赤信号を渡る 宮世 漱一 @soyogiame-miyako2538

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