第7話 その結婚、間違ってるよ

木陰のベンチに、午後の風が静かに流れる。

セミの声も、どこか遠く感じた。


エミリーとサトシは、ほとんど何も話さないまま、隣に座っていた。


「君と、こうしてまた会ってるのが、まだ信じられないよ」

サトシが小さくつぶやいた。


「私も。10年前の春に、同じ場所で桜を見てたなんて、まるで夢みたい」


そう言って、エミリーは笑った。けれどその目は、どこか寂しそうだった。


「でも――」

彼女の声が震える。

「夢の続きを見に来たわけじゃないの。私は現実を見に来たの、サトシくん。

そして、現実を知って、少しだけ傷ついてる」


サトシは顔を伏せた。


「…彼女は、就職先の社長の娘なんだ。期待されてて。俺も、流れに身を任せた。

好きとか、愛してるとか、そういうことじゃなくて。

“正しい道”だと、みんなが言うから」


「でも、サトシくんはそれで幸せなの?」


風の中に、エミリーの静かな声が溶けていった。


しばらく沈黙が続いたあと、彼は小さく首を横に振った。


「違う。…たぶん、ずっと誰かに決められるまま生きてきた。

でも、君がここに来て、心が騒ぎ始めたんだ。

10年前と同じように」


エミリーはゆっくり彼の方を向いた。

二人の視線が、ふと交差する。


「だったら――私がサトシくんの背中、押してもいい?」


「え?」


「その結婚、間違ってるよ。私は、そう思う」


風が止まり、一瞬だけ、世界が静かになった気がした。二人は気がつくと、見つめ合っていた。いや、見つめ合うしか、その答えはなかった。


サトシが、少し迷うように顔を近づける。


「…エミリー」


まるで、どこかに答えを求めるかのように、エミリーが全ての答えであるかのように、サトシは、か細く、でも確実に彼女の名前を言った。


彼女は目を閉じた。


ほんの一瞬、唇が触れた。

やさしく、淡く、けれど確かに。

ふたりの10年をつなぐように。


「ママー!」


リリーの声が、空気を弾いたように響いた。


振り返ると、リリーがブランコから手を振って笑っている。

その笑顔に、エミリーもサトシも、はっと現実に戻る。


「リリー…待っててね」


エミリーが手を振り返すと、リリーは満面の笑顔を浮かべた。


「…かわいいな」

サトシがぽつりと言った。


「でしょ? 私のたからもの」


その言葉に、サトシはそっと目を細めた。

「__たからもの…か。 俺のたからものは…?」


エミリーは確信した。

―この気持ちは、昔のままじゃない。

これは“今”の私が、“今”のサトシくんを好きになっているんだ。





次回予告:第8話「コスプレ大会、出よう!」

すれ違いを超えて、サトシが提案する新たな旅。

コスプレ大会のステージが、二人の未来を照らす光になる――かもしれない。


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