第8話 北の街、雪解けのキス


札幌の空気は澄んでいて、どこか懐かしい匂いがした。

時計台の前で、エミリーとリリーは写真を撮っていた。

街は東京よりも静かで、だけど確かに生きている──そんな印象だった。


「マミー、なんでこの街は音がやさしいの?」


リリーの問いに、エミリーは少し考えてから微笑んだ。


「たぶん、雪がたくさん降るからよ。音も包んでくれるの。」


その夜、宿の近くの小さなカフェで、サトシと再会した。


「エミリー……ひとつ、提案があるんだ。」


「うん?」


「来月、札幌でコスプレ大会があるんだ。……出てみない?」


驚いた表情のまま、彼女は固まった。リリーはすぐに反応する。


「やる!マミーといっしょにプリンセスになるの!」


サトシは、リリーの笑顔に目を細めた。


「……僕は、もう少し一緒にいたいんだ。

このまま東京に戻って、君と離れるのが、怖い。」


エミリーの胸が、ぎゅっと締めつけられた。


「でも……あなたには婚約者が……」


その言葉に、サトシは視線を伏せた。


「……それが、本当に僕の人生なのか、今はわからない。

でも、君といると……10年前の自分を、思い出す。」


エミリーは、黙って手を伸ばし、彼の指先に触れた。


「ねえ、サトシ……雪って、ロンドンにも降るけど、

札幌の雪のほうが、静かで、優しくて……すこし切ないね。」


サトシが顔を上げる。

目が合ったその瞬間、空気がふわりと揺れた。


二人の距離がゆっくりと縮まり──

白く染まる夜の街に、やわらかいキスが落ちた。


その隣で、リリーが小さな声で囁いた。


「マミー、今、おとぎ話みたいだったね。」



次回第9話 「雪解け前夜 想いは伝えられるのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る